2010年12月28日

インターネットとユースホステル1

インターネットとユースホステル。

 いまでこそ盛んなインターネットですが、日本に普及しはじめたのは、阪神大震災ののあった1995年。たかが15年前のことです。しかも、常時接続のブロードバンド化が始まったのは、2000年頃で、一般に普及しはじめたのは、2003年頃でした。それまではインターネットなんかは、無いのも一緒でした。

 で、インターネットの普及と共に、衰退していったものがあります。
 ユースホステルです。
 インターネットとユースホステルには、何らかの競合関係があったのです。

 インターネットが登場する前までは、ユースホステルがインターネットの代わりをしていた時代がありました。ユースホステルは出会い系であり、情報の発信源であり、存在そのものがインターネットでもありました。巨大な口コミサイトであったのです。





 それが証拠にユースホステルくらい栄枯盛衰(えいこせいすい)の激しい業種はありませんでした。日本有数の人気ユースホステルが、たった3年くらいで閑古鳥が鳴くなんてことは、普通にありえました。ユースホステルのネットワークそのものが巨大な口コミサイトであったために、少しでも宿が手を抜くと、アッというまに悪口が広まり御客さんが消えてしまうのです。そのぐらいユースホステルの口コミは凄かったのです。

 各種の観光ガイドの本にしても、ユースホステルが制作したようなものです。古本をさがしてみれば一目瞭然です。昔のガイドブックには、今の1割も情報が載っていないのです。しかし、ユースホステルの御客さんが、観光地を発掘し、ユースホステルの関係者が本にして広めたのです。それをバックアップしたのがヤマケイだったりします。






 しかし、それよりもユースホステル新聞の影響が凄かった。

 ユースホステル新聞とは、昔、日本ユースホステル協会が発行していた新聞なのですが、これがただものではなかった。毎月3回も発行していたのです。と、書くと
「あれ?」
と思う人もいるかもしれません。

 ユースホステル新聞を知っている古いユースホステルの会員の皆さんは、
「俺の所には、毎月1回しか送られてこなかった」
と不思議に思うでしょう。

 でも、違うのです。
 ユースホステル新聞は、毎月3回発行されていました。

・1日に会員版
・11日にPR版
・21日に内報版

と、3回発行されていて、会員(ホステラー)の皆さんは、毎月1日に発行される会員版しか見る機会がなかったのですね。ところがユースホステル関係者は、11日に発行されるPR版や、21日に内報版も見るチャンスがあったのです。

 PR版には、ユースホステル業界のことや、新しく設置されたユースホステルについての情報が載っていました。この誌面で私たちユースホステルマネージャーは、ユースホステル業界について幅広く知ることが出来ました。

 内報版には、日本ユースホステル協会の状況や、ユースホステルの理念や、海外の情報や、トラブルの事例や、御客さんの生々しいクレームなどが掲載されていました。他所には見せることの出来ない関係者限定でみる極秘メモなんかもあったりしました。会長や理事長の講演の要旨なども載っていたりしました。

 これら3種類の新聞によって、私たちユースホステルマネージャーは、全国のユースホステル業界状況を逐一知ることができ、御客さんの口コミと合わせて大きな情報網をもっていたのです。しかし、残念なことにユースホステル新聞は、全て廃止になります。ユースホステル新聞への補助金が認められなくなってしまったからです。

 で、かわりにオフィシャル雑紙の「とらいべる」が発行されることになりました。カラーグラビアたっぷりの「とらいべる」なら補助金が出やすいのですね。実際、「とらいべる」は素晴らしい雑紙なのですが、残念なことは、ユースホステル新聞PR版・ユースホステル新聞内報版が全廃されてしまったことです。これによって一種の口コミネットを形成していたユースホステルの武器の一つが封印されてしまったのです。





つづく。

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posted by マネージャー at 23:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ユースホステルの話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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