2011年09月15日

「べらぼうめえ」と、夏目友人帳の世界

嫁さんがサーカスを見たいと言い出した。
ディズニーランドでやてる、シルク・ドゥ・ソレイユとかいうサーカスを見たいらしい。

しかし、私には興味がわかない。
シルク・ドゥ・ソレイユも、
キダムも、
サルティンバンコも、
さっぱり興味がわかない。
「きれいすぎる」からです。
サーカス特有の、おどろおどろしさが無い。





実は、私は子供の頃、サーカスをたくさんみています。
といっても、空中ブランコとか、ゾウの玉乗りを見たわけでは無い。
もっと、ドロドロしたサーカスでした。

巨大なニシキヘビを出して、芸をさせるわけでもなく、ニワトリ1羽ごとを食べさせたりする。それだけの、今から思うとかなりショボイサーカスでした。
助手には、手足の無い女性が出てくる。
そして、その彼女を紹介して、同情をひきつつ募金を募ったりする。
公務員の初任給が3万円だった時代に、1万円の寄付する人もいっぱいいました。
もっとも、何人かはサクラだったでしょうが。

母親が、私に百円玉を握らせ、
「寄付しておいで」
と言われました。まだ、4歳くらいの私は、百円玉を握って壇上にかけあがると、私と背丈が同じくらいの小人さんが、シルクハットをぬいで受取り、私の深々とお辞儀をしました。
サーカスの団長は、何本もの針と糸を口に入れ、針に糸を通して見せました。

怪しかった。
今思えば、かなり怪しかった。
まさにフリークスの世界だった。
念のために、フリークスを知らない人のために、この画像を貼っておきます。
昭和7年の映画ですが、昭和30年代の日本にも、こういう人たちが、いっぱいいて、サーカスというか見世物小屋で働いていました。





ある日のこと、このようなオドロオドロしいサーカスの人と、仲良くなったことがありました。
彼は、こっそり楽屋に入れてくれました。
そして、みんなから可愛がってもらったのです。
その時の衝撃は、大きかった。
大きな髭の生えている女性に抱かれたりした。
「僕もサーカスに入りたい」
と言ったのですが、大きくなったらねと言われました。

面白いことに、彼らの多くは新潟県人で、佐渡島出身者もいました。
当時は不思議に思ったものですが、実は、戦前までは新潟出身の芸人が多かった。
それが駄目になったのは、戦後にできた『児童福祉法』のせいだったらしい。
戦前の新潟では、間引きを行う代わりに、軽業師に売られる子供たちが多かったらしい。
そして、才能ある子供たちは、世界中に散っていったとのこと。
新潟では子供をしつけるときに
『サーカスに売るよ』
という言葉を使っていました。
そのくらい売られていく子供たちが多かったのかもしれません。
そのために古いフィルムに写っている軽業師の動画の多くが日本人だったりします。
これは世界最古の軽業師の動画です。





これらの軽業師たちの技は、大道具を必要としません。
身体一つで芸をみせます。
私が子供の頃に見たサーカスというか見世物小屋も同じです。
大きなテントは必要で無く、小さなテントの中で、オドロオドロしい芸をみせていました。
決して、派手な芸ではないのですが、アングラかげんがよかった。

話は変わりますが
『べらぼーめえ』
という言葉を知っていますか?

江戸時代の初期に『べら坊』という子供が見世物で大流行した。
全身真っ黒、頭が尖り、眼はまん丸で赤く、あごが猿のような男が、見世物小屋で大人気になったらしい。
「そんな奴がいるもんか!」
という意味の言葉が
「べらぼうめえ」
という意味の言葉として定着したらしい。

見世物小屋のオドロオドロしい芸は、まさに
「べらぼうめえ」
であり
「そんなものあるはずがない」
なのですが、

あるはずもない世界を信じたい心は、私の中にあった。
で、子供の頃に

「ゲゲゲの鬼太郎」
「河童の三平」
「妖怪人間ベム」
「怪奇大作戦」
「ウルトラQ」

といった番組に熱中しました。
山に登ったり、森に入ったりもしました。
今でも私は、山好きで、年に300回くらい登っています。


この癖は、大人になっても消えませんね。
こういう類いのアニメがあると熱中してみてしまう。

「ひぐらしの鳴く頃に」
「蟲師」
「屍鬼」

などという作品が大好きです。
特に気に入ってるのが
「夏目友人帳」
です。この作品は、とてもいい。
音楽も素晴らしい。
したの動画は、BGMです。
素晴らしい曲なので、一度聞いてみて下さい。





ストーリーは、いたって単純で異能の力をもつ故に孤独になった少年が、妖怪たちと交流する話です。
「星の王子様」
と少し似ていますが、「星の王子様」と違うところは、フリークスの世界を扱っています。
よーするに「気味の悪い世界」です。

しかし、妖怪という気味の悪い世界と、主人公の夏目には共通点があります。
それは「孤独」です。
主人公の夏目には、妖怪が見えるために「嘘つき」にされ、孤独になってしまう。
つまり、夏目には、いつも孤独の中にいた。

しかし、フリークスの内にいれば、孤独でも何でも無い。
人間世界では、孤独な夏目でも、
妖怪の世界では、孤独では無いのです。





思えば、子供の頃、見世物小屋の楽屋で、私が感じたのは、そういうフリークスの内にある、ある種の温かさだったのかもしれません。世間から孤立しているように見える見世物小屋のフリークスたちは、かれらの世界の中では、とても居心地が良い。

それを見たから私は「僕もサーカスに入りたい」と言ったのかもしれない。
だから私は、親に「サーカスに売るぞ」と脅されても嬉しそうにしていました。
私には、フリークスの世界に少しも抵抗を感じなかった。



つづく

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posted by マネージャー at 19:33| Comment(2) | TrackBack(0) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小さかった頃のサーカスは、ホンとにおどろおどろしていて、薄暗くてノスタルジーに溢れていました。私の好きな寺山修司さんが映画にしています。あの人は天才ですね。TDLのアメリカナイズされた文化の前に、『田園に死す』をDVDで見せてあげると解りますよ。
疲労骨折!カルシウムが足りない骨粗しょう症でしょうか、北軽井沢に足りないものは小魚ですね。
Posted by 進之助 at 2011年09月15日 20:32
進之助さん
寺山修司さんも、すごい人でしたね。
この人は、いったい何者だったのか?
もし、まだ生きていたら、どんな作品を作ったのか?
どうして、あんなに若くして死んでしまったのか?
Posted by マネージャー at 2011年09月16日 19:01
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