2011年12月30日

NHKの『坂の上の雲』日本海海戦に思う

NHKの『坂の上の雲』日本海海戦に思う

 NHKの『坂の上の雲』日本海海戦のシーンですが、特撮がよくできていて感心しました。
 しかし、ちょっと不満もある。
 あの特撮を造った人は、海戦のことがよく分かってない。

 あれじゃ、ロシア艦隊の砲弾が、かたっぱしから外れ、
 日本艦隊の砲弾が、かたっぱしから当たってるように見える。

 しかし、そんな事実は無いのです。
 ロシア艦隊の砲弾も、日本艦隊の砲弾も命中率に差はなかったんです。

 ロシア艦隊の砲弾は、かたっぱしから日本艦隊に命中している。
 しかし、当時の戦艦の砲弾は、当たっても装甲によってはねかえされてしまったんです。
 だから当時、戦艦は絶対に沈まないと言われていた。

 ところが、第一次世界大戦以降は、砲弾で戦艦が沈むようになっている。
 どうして、第一次世界大戦では沈むようになったかというと、
 砲弾の先っぽに帽子を被せるようになった。
 この帽子によって、弾が当たっても跳ね返されなくなった。
 戦艦の装甲に、砲弾が、めり込むようになったのです。
 そして戦艦が砲弾で沈めることが可能になったのです。

 しかし、日露戦争では、日本艦隊もロシア艦隊も、砲弾で戦艦を沈めることはできなかった。弾が当たっても、ツルンと滑って跳ね返されるだけだった。そこで、日本艦隊は、砲弾に『下瀬火薬』と『伊集院信管』をつけた。これは、どういうものかというと、ちょこっとでも当たると爆発する砲弾だった。花火みたいなもので、当たると、あたりを高熱で焼き払う。つまり、最初から船を沈めるのをあきらめて、相手の戦闘能力を奪うことだけに専念したわけです。これが勝敗の明暗を決めた。

 もう一度書きますが、ロシア艦隊の弾は日本艦隊に当たっていた。NHKの『坂の上の雲』日本海海戦のシーンのように一方的に日本艦隊の弾が相手に当たっていたわけではない。このへんを視聴者が誤解しないといいんですがね。







 話は変わりますが、これと似たような話が、第二次世界大戦にもあるんです。実は、日本海軍は、かなり高性能な航空爆弾を開発したんですね。戦艦も沈められるくらいの航空爆弾を開発したんです。800キロ鉄甲弾です。これでパールハーバーの戦艦を次々と沈めていった。それに対してアメリカ海軍は、航空爆弾を開発しなかった。陸上を爆撃する爆弾しかもってなかった。つまり戦艦を沈めることはできない爆弾しかもってなかった。だから戦艦武蔵に、25発も爆弾を命中させても戦艦武蔵は沈まなかった。日本海軍の航空爆弾はパールハーバーの戦艦を次々と沈めていったのに、アメリカ海軍の爆撃機は、1隻の日本の戦艦を沈められなかった。

 しかし、このためにアメリカ海軍は、日本海軍に大勝利するんです。

 アメリカ海軍の爆弾は、陸用爆弾と同一の物です。花火みたいなもので、当たると、すぐに爆発する。だから戦艦を沈めることはできないのですが、爆弾の破片をあたりにばらまいて、人間を殺傷させるんです。

 これは、どういうことかというと、アメリカ海軍の爆弾は、戦艦などの軍艦に命中しなくてもよかった。はずれてもいいから適当に投下しておけば、海面に落ちた段階で爆発し、爆弾の破片をあたりにばらまいて、人間を殺傷させる。具体的に言うと、高射砲などの対空火器の人間を皆殺しにできる。そうやって対空火器が沈黙すると、飛行機を打ち落とす火器が無くなってしまうので、悠々と近づいて魚雷攻撃を行って撃沈できるんですね。

 これが日本海軍の航空爆弾だと、当たれば相手を撃沈できるんですが、外れると海に沈むばかりで、何も損害を与えられない。もちろん相手の対空火器も無償です。ですから日本機は、どんどん撃墜されてしまう。これが戦争の明暗を分けたんですよ。日露戦争の日本海海戦も、第二次世界大戦の日米決戦も、紙一重の偶然と必然の要素が大きく重なって、勝敗を決めている。





 ペリー来航の時もそうです。
 この時も、紙一重で、日本は危機を脱した。

 ペリーは、まだ正式配備前の最新式のペクサン砲を用意して日本に向かった。ペクサン砲というのは、弾が炸裂する大砲のことで、アメリカ海軍もまだ正式採用してない最新兵器であり、秘密兵器だった。これを軍艦に積んで、日本を攻撃する気まんまんで浦賀に到着したんですが、その時に交渉にたった日本人が

「ほー、こいつは、ペクサン砲ですね?」

と呟いたんです。

 これには、ペリーも腰をぬかさんばかりに驚いてしまった。
 それを不愉快そうに日記に書いています。
 で、いろいろ聞いてくる日本人を不愉快に思って、兵器の情報を隠すようになる。

 実は、ペリーは、日本人の軍事知識は、インデアンに毛の生えた程度のものだと思っていたんですが、とんでもない誤解だと気がついて、それから以降は、強硬姿勢を抑えるようになるんです。こいつらは、とんでもない文明人だと気がついた。だから

「ほー、こいつは、ペクサン砲ですね?」

という言葉が、日本史を変えたとも言える。
歴史というものは、本当に際どい綱渡りからなりたっています。


今回の震災にしても、紙一重のところで明暗をわけた。
津波の第一報が3メートルだった。
これに安心して帰ったために命を落とした人が何人いたことか。
地理地震のときだって、最初は大した津波ではないと多寡ををくくっていた。
しかし、第一報があてにならないことを知っていた人もいたわけで、
その人たちは生き残ったんですよね。


つづく。

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posted by マネージャー at 22:54| Comment(4) | TrackBack(0) | テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ペクサン砲だと見抜いたのは、中島三郎助辺りの人物でしょうか?

改めて、歴史のシナリオは紙一重で決まっているんですね。

況んや、人と人との出会いをや。

でも、「坂の上の雲」の日本海戦のシーン、私を含めて、大抵の人は、ああだったと思い込むと思います。

やはり、詳しくない事象に対して、人が映像から受ける影響は、相当に大きいと思います。
Posted by みわぼー at 2011年12月30日 23:17
>ペクサン砲だと見抜いたのは、中島三郎助辺りの人物でしょうか?

ビンゴです。
しかし、よく知ってますね。
こんなの、歴史オタしか知らないことなのに。



>改めて、歴史のシナリオは紙一重で決まっているんですね。

ええ、紙一重です。
運といってもいい。
日本海海戦のT字戦法は、その後、一度も起きていません。
第一次世界大戦以降に、T字戦法をやったら、
やった方が全滅してしまうからです。
つまり、T字戦法は、日露戦争の時にしか使えない戦法だった。
日露戦争までは、大砲の砲弾に欠陥があったからです。



>でも、「坂の上の雲」の日本海戦のシーン、私を含めて、
>大抵の人は、ああだったと思い込むと思います。

これが問題なんです。
日本艦隊だけ弾が当たった印象によって、
日本艦隊最強説がでてきてしまう。
これによって科学的な考察をしなくなってしまう。

Posted by マネージャー at 2011年12月31日 23:07
中島三郎助が、兵器などに明るい人物だったことは、どっかの幕末史関連の本で見かけていたので、もしや…と。
三郎助は、息子さんと榎本武揚率いる旧幕府軍に志願して、そして箱館で散った人でもありますね…。

それにしても、あの時代、大砲に欠陥があって、それを利用した作戦を立案し、実行し、成功したこと自体が、本当に運、ですよね。

戦後教育を受けてきた私たちは、大日本帝国の軍隊の実態を学んだり、知ったりする機会が少ない訳で、安易にその知識が得られる映像で、「そうだったんだ」と思いこんでしまうのは、本当に危険な気がします。

そう考えると、映像表現に携わる人たちには、考証をしっかりして欲しいなと思います。

そういえば、「坂の上の雲」の考証陣には、錚々たる歴史小説作家の名前が連なっていましたけれど、名前だけ貸してるって形じゃあないんでしょうね?
Posted by みわぼー at 2012年01月01日 11:15
>そういえば、「坂の上の雲」の考証陣

この連中が、本当に考証したのなら、かなり程度が低いと思われます。
まず原作にない捏造シーンを追加している上に
司馬遼太郎を誤読している。
司馬遼太郎は、海軍の理解が浅かったですが、
肝心なところは外してない。
「当時の戦艦は砲弾で沈まない」
というところです。これは海軍関係者から聞いて知っていたのでしょう。
でも、どうして沈まなかったのか?
という点まで突っ込まなかったから、海戦描写が完璧でなかった。
ただ、それだけのことなのに、NHKの『坂の上の雲』は、大きく誤読して無茶苦茶な特撮を作り上げてしまった。


Posted by マネージャー at 2012年01月03日 20:31
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