2012年01月28日

3日間の入院手術してきました4

3日間の入院手術してきました4

入院して気がついたことがあります。
患者がバーコード化されているんですよね。
腕にバーコードの腕輪をつけて、手術前と手術後に交換するんです。
で、バーコードをぴっとやって、患者を確認してから体温や脈などのデーターをとるんですね。
「おれはコンビニの商品か?」
と自嘲している患者さんがいて大笑いしました。
医療事故を防ぐためのものなんでしょうが、一部の老人は衝撃をうけていましたね。



あと、気がついたことは、看護婦さんの帽子。
ナースキャップが無いんですよね。
聞いたら、もう十数年も前からナースキャップというものは、全国の病院から存在しなくなっているらしいです。どうも機能的ではないらしく、仕事の邪魔になるので今では存在してないらしい。
「あれ? 本当に無いの?」
「無いですね」
「どこかで見たような記憶があるんだけれどなあ」
「コスプレじゃないですか?」
「・・・・・」



面白かったのは、入院患者の中にも主みたいな人がいて、
食堂で御茶を飲みながら世間話しているんですよね。
それはまるでユースホステルみたいな感じです。
和気あいあいと和やかに談笑している。
「どんな会話をしてるのか?」
と、仲間にはいってみたら、お互いの病気自慢だった。
で、五十歳の私を捕まえて
「若いの」
とか言ってくる。どうやら病院じゃ五十歳は若い奴らしい。



あと、群馬大学の医者先生や看護士さんの多くは、群馬県民なんですね。
まあ、当然と言えば当然なんですが、みんな群馬県民だった。
例外もいますけれどね。
どうして分かるかと言いますと群馬弁でわかってしまう。
群馬県民しか使わない言葉を使うので、一発でわかってしまう。
「なから・・・・でしょ」
という言葉は、群馬県民は共通語だと思いこんでますが、そんなわけはない。
どんなに綺麗な共通語を話しているつもりでも、宿屋の嗅覚は騙せない。
それに「栗原」を「くりばら」と読むのも群馬県だけ。
全国的には「栗原」は「くりはら」と読みます。
濁点をつけては読まない。

で、患者さんが群馬弁丸出しだと、さっきまで流ちょうな日本語を話していた看護士さんも群馬弁丸出しになり、時代劇の世界にタイムスリップしたような言語空間の中にはいってしまう。







ところで病院に入院している時に

「どうして日本語には、『ひらがな』と『カタカナ』があるわけ?」

と聞かれて死ぬほど驚きました。

こんな基本的なことが分からないなんてと、こっちがビックリしていると若い人たちの全員が知らないという。中には、日本語教師の人もいて、その人も『ひらがな』と『カタカナ』の差をよくわかってない。なんとなく分かっていても、きっちり分かっているわけではないんですよね。だから、どうして外来語がカタカナなのか分からない。どうして擬音がカタカナなのかわからない。で、ネットで調べてみたら、このあたりを詳しく書いてある説明もない。そうなると、このブログを読んでいる若い人も分からないかもしれないですね。ですから、このさい、このブログで説明しておきます。

戦前の教育を受けたひとなら『ひらがな』と『カタカナ』の差をみんな知っているんです。
戦後の日本語の欧米化(ローマ字化)で分からなくなってしまった。
では、戦前は、どうだったかと言いますと、
蝶々のことを「ちょうちょ」とは書かずに「てふてふ」と書きました。
つまり、実際の音声と平仮名の文字が一致してないわけです。
平仮名という文字は、そういう文字なんですね。
つまり「書くための文字」なんです。
だから古文書には、平仮名ばかりがめだちます。
カタカナが使われる例は少ない。

ところがカタカナは、そうではない。
発音に使われてきた文字なわけです。
お経や漢文の音声を表記するために使われてきた歴史があります。
ですから外来語や擬音を表記するのにカタカナが使われるのです。

つまり平仮名は、文書に使う文字として発展してきた。言葉は通じなくても、平仮名を学べば筆談ができるし、記録や契約書が作れる。発音のために使われてきた文字ではないんですよね。証文や御触書なんかに使うために使われてきた文字なんです。漢字ではない。平仮名なんです。昔は、法務局や裁判所がなかったわけですから、誰もが読める文字で契約書や証文を書かないと、契約書としての有効性が成立しにくかったこともあります。逆に発音に使われてきた文字がカタカナだった。だから外来語や擬音がカタカナを使うのは、あたりまえといえばあたりまえなんですね。


つづく。

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posted by マネージャー at 00:55| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 2012以前 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ナースキャップ、昔は看護学校で「戴帽式」があり、晴れて看護実習に行ける!という憧れがありました。
今は業務の妨げというより、感染防止の観点から次々になくなりました。院内感染、怖いですからね。
つい数年前に老舗の診療所で見かけた時は懐かしかったです。ご年輩の方でした。
Posted by あんみつ at 2012年01月28日 20:24
そうだ!
嬬恋村の診療所で見かけたんだ。
コスプレじゃないからね。

Posted by マネージャー at 2012年01月29日 19:51
ひらがなとカタカナ、そんな違いだったんですね。なるほど〜!
今度聞かれたらそう答えようっと。
今まで、ひらがなは文を作る時に使う、カタカナは外来語に使うと言ってました。

ナースキャップももうないんですか!
でも、言われてみればそもそもどうして帽子を着用するようになったかのほうが不思議ですね。
Posted by まる at 2012年01月30日 07:17
>ひらがなとカタカナ、そんな違いだったんですね。

もともと日本には、無数の方言がありました。
それを音声表記の文字(たとえばアルファベット・カタカナなど)にしたら、無数の言語ができあがります。
九州と東北では、別の言語になっていたでしょう。
ところが「ひらがな」という書き文字を発明すると、共通の日本語ができあがるわけです。
これは中国でも一緒で、無数の方言を「漢字」という書き文字(文書)の発明によって、共通の中国語ができあがるわけです。
だからアジアでは、発音は重視してないのです。
書き文字(文書)しか重視してない。
なので、科挙(昔の中国の国家試験)では、地方の発音で試験をおこなっていました。
発音は、バラバラでよかった。
ここが決定的にヨーロッパと違うところです。
ヨーロッパでは、マイフェアレディのように発音で階級が決まってしまう。

ただし、ここから先が面白いところです。
日本は、完全にアジアに同化しなかった。
発音に関する記号も発明しているんです。
それが「カタカナ」です。
Posted by マネージャー at 2012年01月30日 08:31
そうか〜。夜露死苦みたいなことができるのは、じゃあ、カタカナ的な役割があったからなんですね。そういえば。
意味がわかっても音が分からない中国人にはちんぷんかんぷんになるでしょうし。
以前マネージャーさんが言っていた子どもの名前についても、やっと今、何が昔と今と日本人の発想が変わらないと言っていたのか、わかりました。
Posted by まる at 2012年01月31日 06:40
日本は文書による統治を行ったんですよね。
だから発音より文字を重視しました。
ヨーロッパでは、発音を重視したために、多数の言語にわかれました。
日本じゃ、方言はあっても、日本語は細分化されなかったんですね。
書き文字(ひらがな)を重視したために。


Posted by マネージャー at 2012年02月01日 23:27
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