しかし、冬になると大雪が降り公園に行く機会も無くなって、ほとんど会う機会が無いまま、5ヶ月近くすぎた。
で、先日、久しぶりに軽井沢の公園で再会したわけだが、お互いに息子と娘の成長ぶりに驚いていた。まず、ママ友さんは「おおきくなったわね」と驚いていた。確かに息子の体格は大きい。以前は、ママ友さんの娘さんの方が大きかった。いまでは息子の方が大きいし体重もある。
こちらは、ママ友さんの娘さんの成長ぶりに驚いていた。女の子が、男の子より成長が早いことは頭では理解していたが、実際を見てみると驚嘆せざるをえない。こっちは、ろくに歯が生えてないのに、ママ友さんの娘さんは、きれいに、ほぼ出そろっている。それ以前に靴を履いていた。もう立って歩けるのである。こっちは、掴まり立ちが精々である。言語に至っては、もっと大きな開きがある。あちらは、はっきり発音できる。日本語を話せるのにたいして、息子の発音は、あいかわらずである。
しかし、一番驚いたのは、注意力と社会性である。
注意力。うちの息子は、10秒くらいしか好奇心を持続させないのに対し、あちらは1分くらい集中できる。社会性も大きく差が開いていた。あちらは各種の犬の違いを認識していたが、うちの息子は、それができていない。あきらかに、うちの息子は成長が遅れている。あまりにテンプレートどうりの男女の成長速度の違いに感心してしまった。
もっとも、成長が遅いことにたいして悲観してない。
逆に喜んでいる。
男の子の成長は遅いくらいの方がよいのだ。
毎日「ゆっくり、じっくり育て」と祈っている。
しかし、そのように祈っても子供の成長は急激にやってくる。
息子が生後14ヶ月までの息子の成長は、遅々たるものだった。基本的に親の真似が多かった。親以外だと、車の真似もした。車に乗せてバックしていると、ピッ、ピーッ、バックします。という音声が流れるが、その時は、その音声をまねた。愛犬コロの泣き声も真似した。野鳥のさえずりの真似や、テレビの体操の真似もした。私が、ペットボトルの御茶を飲むと、自分もペットボトルを飲む真似をした。もちろんフタをしてあるので飲むことはできない。しかし、真似だけはする。生後14ヶ月になるまで、そういう真似が続いた。真似によって物事を学習していった。
しかし、生後14ヶ月をこえると、単なる真似から、もう一つ上のレベルの真似をはじめた。具体的に言うとペットボトルを飲む真似をしたあとに「うめえええ」と言い出したのである。動作の真似に、音声の真似が加わっている。複雑な真似ができるようになったのと真似の意味も理解しだした。それも突然に。と同時にあらゆることが出来るようになってきた。
で、面白いことに人間に対する接し方が変わってきた。前は、女性が好きだったのに、今は男性の方を好きになりつつある。はて? どういうことだろう? と細かく観察していたら、息子が好きなタイプの人間は、息子を無視する人であることがわかった。逆に「あら、かわいい」と寄ってくる人は、怖がって泣き出すしまつ。
あれ? 人見知りが再発したのかな?
と不思議に思っていたが、どうも違うらしい。人間には興味があるが、それを遠くで眺めて観察したいらしい。そのために自分に無関心な人間を好むようになったのだ。で、10分くらい観察したあとに、少しずつ接近していく。で、さらに10分後に、ちょっと触って逃げる。これを繰り返した上で、最後にベタベタ触って確認するようになった。御客さんとのお茶会で、この繰り返しを目にした。子供に全く興味の無い御客さんも、さぞ驚いたことだろう。
それにしても、いつの間に息子は、対人関係で主導権を握りたがるようになったのだろうか? 能動的になったということなのだろうか? 生後14ヶ月になると自分の距離を欲しがるようになったということなのか? どちらにしても、強烈な自我に目覚めたことにはちがいない。このへんのことは、専門化に詳しく聞いてみたいところでもある。
手のかかる時代が訪れたのかもしれない。
つづく。
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