昭和21年 1903キロカロリー
平成16年 1902キロカロリー
http://healthy-teeth.org/?p=290
もちろん2004年以降も、どんどん減っている。
みんな食べなくなっているのだ。
明治時代の屯田兵になると、1日7合半をたべていた。
十五歳以下だと5合、
六歳以下だと3合であった。
幼児が3合も食べていたのである。
おかずにしても肉魚を毎日100グラム以上食べていた。昭和になると昼飯にビーフカレー、夜にカツレツといったメニューになるわけだから、さらに驚く。昭和4年に陸軍が発表した標準献立表によれば、肉は一人当たり150グラム使用するように書かれてある。魚だと200グラムである。この量は、平成時代の若者が食べる量より多い。しかし、昭和4年の日本人は、現代人にくらべてはるかに小柄でチビなのである。
では、なぜ現代人は食べなくなったのか?
答えは簡単である。
体を動かさなくなったからである。
私も登山をやるのでわかる。縦走の時は、1日五千カロリーで計算しないと倒れてしまう。まず寒さに凍えるようになる。カロリー不足で体温を維持しにくくなるのだ。で、チョコレートを食べると、嘘のように
寒さが消える。だから戦前の兵士達は飢えていたのだ。7合半食べても飢えはするのだ。
と、ここまでは、前回の記事のまとめ編。
ここからが本題。
今年、関東で記録はじまって以来の大雪となった。北軽井沢にも大雪が降った。まず、犬小屋から犬を救出した。雪崩の後を掘り起こすような作業で、愛犬コロを救出した。雪は、1メートル30センチほど積もっており、場所によっては、2メートルのところもあった。除雪機なんか役に立たない。私は、県道まで何十メートルも掘り進めなければならなかった。
生粋の山屋(登山家)である私は、こういう時は、どういう準備をすべきか知っている。長期戦を覚悟して、アミノバイタルプロを5個ほど飲んだ。大量のチョコレートも食べた。その他のサプリメントも、規定量の5倍飲んだ。大量のチョコレートは、カロリー補給のためである。アミノバイタルプロは、筋肉痛を防ぐためである。これを飲まないと、筋肉痛で1日で体が使えなくなる。今回は長期戦なので、筋肉痛になるわけはいかない。あと、サプリメントも同様である。ビタミンもミネラルも規定の5倍いや10倍は必要なのだ。でないと、体が体を食ってしまう。タコが自分の足を食べるのと同じ現象がおきてしまう。これは登山家たちの常識である。
もちろん大飯を食ってもよい。5杯飯を食べてもよいのだが、そんなことをすれば逆に身動きできなくなってしまう。胃腸にエネルギーをとられて、かえって動きが鈍くなるのだ。だからチョコとアミノバイタルとサプリメントである。これを大量に食べれば、筋肉を痛めずに雪かきができるし、筋肉痛も最小限でおさまる。ただし、1日8時間限定である。
で、嫁さんと必死になって雪かきをした。
10日間にわたって雪かきをした。
その結果、どうなったかというと、10日間で8キロも痩せた。
88キロの体重が80キロになった。
血圧は、20も下がった。
それほど痩せたのだが、カロリー制限していたわけではない。縦走登山の時とおなじく5000キロカロリーをとっていた。普通の2.5倍のカロリーをとっていたにもかかわらず、10日に8キロも痩せた。もし、この作業が、何ヶ月も続いたら私は栄養失調になっていたであろう。
では、昔の陸軍の場合はどうか?
米1合(150g)のカロリーは534kcal。6合なら3204kcal。これに味噌汁(6杯分)や副食(肉200グラムとして)のカロリーをプラスすると4200kcal。このカロリーで、あの雪かきを何ヶ月も続けたら確実に栄養失調になる。
では、屯田兵ならどうか? 屯田兵に配給された7合半ならば、4005kcal。これに味噌汁(6杯分)や副食(肉200グラムとして)のカロリーをプラスすると5000kcal。つまり、私が雪かきしたときの摂取カロリーと一緒である。しかし、これでも、あの雪かきを何ヶ月もつづければ、確実に栄養失調になる。では、屯田兵たちは、はたして7合半の配給で食事が足りたのだろうか?という疑問がある。開拓事業が、あの雪かきよりも楽だったとは思えないからだ。
もっとも、屯田兵といえども毎日仕事をしていたわけではあるまい。雨の日は休んだろうし、場合によっては1週間に3日くらいしか働けないケースもあったかもしれない。だから餓死することはなかったかもしれない。
ただ、一つ言えることは、ある種の労働には大量のカロリーが必要であるということである。それが平成生まれの現代人にはあてはまらないということだ。
事実、私自身、いろんなダイエットをやってみたが、何一つ成功しなかった。どんな運動もダイエットに貢献してなかった。しかし雪かきを毎日8時間やるだけで急激に痩せた。ということは、雪かきのような運動を8時間やれば、5000kcal以上を消費するということである。そして、昔の人は、それをやっていたということなのだ。じゃあ、その当時の諸外国では、どうだったのだろうか? 日本とおなじだったのだろうか?
つづく。
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自分自身を振り返ってみても、運動量は、戦前の人々の比ではありませんね。
ちょっと話がズレますが、糖尿病の主治医から、私の数値が悪化したもので、ちょいと、説教されました。
私のような弱い膵臓の持ち主の家系の者は、恐らく、家の済みでじっとしていて、無駄にカロリーを消費しない子供が生き延びて、そういう子供同士が成長して、子孫を作っていったので、日本人の中でも膵臓の弱い遺伝子が繋がり、その末裔が私のような膵臓が人よりも根を上げやすい糖尿病患者になるのだと。
そして、主治医曰く、昭和初期の東京辺りの食事が理想的なのだとか。
つまり、米、味噌汁、漬物、魚。
そういう視点で考えたことなかったので、これはこれで興味深いな、と思いました。
主治医の説がどこまで正論かは、検証していませんが。
ちなみに、主治医は、内科医、特に糖尿病専門医です。
私は、その逆の説を知っています。
それはともかく、長くなるので、レスは本編に書きます。