大宅壮一が
「テレビばかり見ていると、人間が白痴になってしまう」
といったのだ。
その意見に、私は半分だけ賛成する。
だから私は、ほとんどテレビを見ない。
ただし、私がテレビを見ないのは、大宅壮一が正しいと思って見ないのでは無い。逆である。大宅壮一と真逆の意味でテレビを見ないのだ。大宅壮一が、一億総白痴化を言い出した原因は、テレビを低俗なものと決めつけたからである。よーするに馬鹿馬鹿しい内容のバラエティ批判から始まっているのだ。あまりにも低俗であると。
しかし、私は、低俗なバラエティを支持する。低俗と批判されるバラエティが、ストレス解消になり、人間の健康によいとされるからだ。同じ理由でドラマも支持する。感動的なドラマによって流される涙には、長寿の効果があることは医学的に証明されている。だからテレビは素晴らしいとも言える。
では、なぜ大宅壮一の一億総白痴化に半分だけ賛成しているかというと、テレビは、ニュース番組・ワイドショーの偏向報道によって世論を操作する危険性があるからだ。松本サリン事件をみれば、よくわかると思う。テレビの先走った報道によって、一億総白痴化がおきて、無実の人をバッシングしてしまっている。こういうことは、昔からよくあった。だから私は、テレビを見ないし新聞もよまない。
しかし、バラエティは大好きだし、ドラマもアニメもよく見る。といってもリアルタイムで見ることは無い。全て録画して後日見る。そのためにBlu-rayデッキを5台用意している。なんでも録画する。スカイパーフェクトテレビに加入しているので1日に60時間録画することもある。ドラマの場合には面白いモノは、最終回までみるし、つまらないものは、2回くらいで切っちゃう。もちろんコマーシャルは全部飛ばす。これは貴重な作品だと思ったらハードデスクに永久保存する。なのでドキュメンタリーだけで五千タイトルくらいもっている。ドラマも合わせれば、もっとすごいことになる。
前置きは、ここまでとして本題にはいる。
1歳6ヶ月になる息子が、最近、おかしな言葉を口走るようになってきた。意味が分からない言葉である。こういう事はかってなかった。どんな赤ちゃん語でも、ある程度は理解できたのだ。しかし、最近の息子の言葉ときたら全く理解できない。
といってもデタラメを話しているわけではなさそうだ。意味のある言葉をしゃべっているらしい。何故ならば、同じ単語を繰り返しているからである。ただし、その単語は、すごく長い単語なのである。ある日、こんな事を言っていたことがあった。
「きみたかあーなかれ」
「きみたかあーなかれ」
「きみたかあーなかれ」
全く意味が分からない。いつも、この調子なのであるが、その日だけは、思い当たることがあった。この「きみたかあーなかれ」を話す直前まで、テレビを見ていたのだった。「もしや」と思って、息子が見ていたテレビ番組を巻き戻して、最初からみてみた。
前置きでも書いたが、私は全てのチャンネルの主な番組を録画している。息子の見る番組も全て録画してあるのだ。だから息子が、どんな番組のどの部分に影響されたか、番組を再生して調べることができる。で、調べてみて驚いた。息子が好んでみていた番組は、NHK教育テレビの『にほんごであそぼ』という番組で、日本語の名文句を述べながら次々と画像が変わっていく番組だった。そして、その日のテーマは、与謝野晶子の
「君死にたまふことなかれ」
だった。与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」を延々と述べる番組で、意味を解説するわけでもないし、文学論を述べるわけでも無い。ただひたすらに「君死にたまふことなかれ」という日本語で、遊んでいるだけである。つまり、番組タイトルの『にほんごであそぼ』そのものであった。
それをジッと見ていた息子が、「君死にたまふことなかれ」をきちんと発音できなくて「きみたかあーなかれ」と話していたらしいことに気が付いた。
ちなみにNHK教育テレビでは、午前中に3時間程度の幼児番組を放送している。息子は、それら全てを見るのが日課になっているのだが、どんな番組に、どんな影響を受けるか興味が湧いたので、1日中、観察してみた。幼児番組は、朝6時45分の「にほんごであそぼ」から始まって、9時半まで3時間近く14番組もある。並べてみると
にほんごであそぼ
キッチン戦隊クックルン
シャキーン!
アニメ はなかっぱ
デザインあ
ピタゴラスイッチミニ
フックブックロー
みいつけた!
おかあさんといっしょ
パッコロリン
いないいないばあっ!
えいごであそぼ
てれび絵本
銀河銭湯パンタくん
考えるカラス
となるが、NHK教育テレビは、幼児番組の宝庫であることに気づいた。で、全ての番組が素晴らしい作品の質をたもっている。特に、
にほんごであそぼ
デザインあ
ピタゴラスイッチミニ
フックブックロー
みいつけた!
てれび絵本
考えるカラス
は、大人が見ても充分に面白いし、内容もかなり高度である。そして1歳6ヶ月の息子を番組の虜にしてしまう何かがある。息子は、体操もするし歌も一緒に歌うくらいだから、NHK教育テレビが子供に与える影響ははかりしれない。現に、うちの息子は、一日中、「君死にたまふことなかれ」を叫んでいたのである。
それにしても「君死にたまふことなかれ」は、どうにかならないか? どうせ日本語で遊ぶなら、百人一首か、論語にしてはどうだろうか? 四文字熟語で遊べないものか? 格言で遊べないものか? 挨拶で遊べないものか? 敬語で遊べないものか? NHK教育テレビも、せっかく良い番組を作っているのだから、宮沢賢治や与謝野晶子だけでなく、もっと漢文・古文・熟語で遊べないものだろうか? 少し惜しい気がする。
つづく。
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「かかの名は」というと「まきこ」
「ととの名は」と言うと「またとち」と言います。
うちの娘(現在10歳)の頃は、「論語」もやっていた時期がありましたよ。
吾れ十有五にして学を志す、とか、あと、平安文学や中世文学の古典。「枕草子」の春はあけぼの、とか、「土佐日記」の男もすなる日記といふものを、とか、「方丈記」のゆく川の流れはたえずして、しかも元の水にあらず、とか、中国の漢詩で、杜甫の国破れて山河あり、とか。
そういえば、「梁塵秘抄」の遊びをせんとや生れけむ、とか。
でも、一番、よく聞いた印象があるのは、落語の「寿限無」ですかねぇ。
寿限無寿限無ごこうのすりきれ…です。
あの男の子の名前だけ抜き出してやってました。
もし、ご興味ありましたら、書籍なんですが、集英社から「にほんごであそぼ 雨ニモマケズ」というものが出ています。
絶版になってるかも知れませんが、娘が3才くらいの頃に買って、まずは、私が堪能し、幼稚園の頃には、たまに、適当にパラパラとめくったところを読んでやり、小学生の今は、彼女が自分で、たまに取り出して、音読することもありますよ。
「にほんごであそぼ」は、もう娘が登校した後の時間の放送なので、我が家は、すっかりご無沙汰していますが、私も娘も好きでしたよ。
大人が見てもおもしろい子ども番組が出始めたのはこの頃からだったかなぁと。
私もこの番組好きです。
デザインあ、は六本木ヒルズにもオブジェ的に飾ってあった記憶がありますし、友達はピタゴラスイッチのDVD買ってたような。
大人のほうこそ楽しい子ども番組ってすごいですね。
みわぼーさん
まるさん
>「論語」もやっていた時期がありましたよ。
そういうのをやってほしかったです。
もう一回やらないかな?
漢文や4文字熟語は、すごくいいんですけれどね。
私が子供の頃、こういうテレビは無かったですが、カルタでことわざを覚えましたね。カルタこそ『にほんごであそぼ』ですよ。ただし、ことわざというのがもったいなかった。もし、あれが格言なら素晴らしかったのに。中学の時に、学校に習字の先生がいて、生徒にいろんな字を書かせましたが、全て格言でしたね。しかも全員、違う文字を書かせました。私が書かされたのは「温故知新」です。もちろん意味はわからない。先生は、こう発言した。
「子曰く、故きを温めて新しきを知る、以って師と為すべし」
そして意味を解説してくれたのです。今思えば、当時の私に必要だった格言だったんですね。これこそ『にほんごであそぼ』ですよ。一人一人、必要とする言葉は違っていました。でも他の人が書かされた言葉にも興味がでてきて、いろんな言葉を覚えましたね。と、同時に語源にも興味が湧き、論語を読むようになったのです。今思えば、ませたガキでした。だから「温故知新」が必要だと先生は思ったのでしょうね。これが教育というものだと思いますが、あとで吉田松陰と同じスタイルであったことを知って驚きました。