2016年06月17日

大河ドラマの真田丸の録画を5話分をまとめてみた結果

しばらく忙しかったので、大河ドラマの真田丸を1ヶ月ぐらい見てなかったんですが、昨日ようやく時間が取れたので録画した5話分をまとめてみました。

真田丸第19話「恋路」
真田丸第20話「前兆」
真田丸第21話「戦端」
真田丸第22話「裁定」

と、見てきたのですが、第22話「裁定」にあれ?と思いましたね。

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 見てない人のために、第22話「裁定」のあらすじを説明すると、北条氏政が上洛するためにに出した交換条件は、沼田領を真田から取り上げて北条に渡すことなんですよ。もちろん真田は不服ですから拒否します。そこで両者の論戦がはじまります。沼田領の所有権を決める論争をはじめるわけです。

 北条からは板部岡江雪斎、真田の真田信繁が出て論戦をし、真田がほぼ勝利をつかみかけるのですが、そこに石田三成が裏から手を出して、わざと負けよという。沼田をあきらめて北条に渡してほしいと言います。理由は「戦争になるから」という理由です。

 いやいやそれは違うでしょう。
 戦争したくないのは秀吉の方であって、
 石田三成は、そこまで先を見てない。

 まぁその辺はどうでもいいとしても、昌幸は沼田城のそばにある名胡桃だけは真田家の先祖代々の墓があるから真田に残してほしいとウソの申し出をしたことになっています。これもちょっと困ったもんです。これは群馬県側からの視点ですが、名胡桃には本当に先祖代々の墓があったかもしれないんです。

 と言うか、私はあったと思っています。
 真田昌幸のおじいちゃんのお墓があったはずなんです。
 つまり、海野棟綱の墓です。

 海野棟綱の子供が真田幸隆(幸綱)。
 その子供が真田昌幸なんですよ。

 ではなぜ、幸隆(幸綱)は、海野氏ではなくて真田氏を名乗ったかと言うと、幸隆(幸綱)は、真田の婿養子になって真田一族を乗っ取っているからです。これは珍しいことではなくて、当時、盛んに行われたことなんです。例えば嬬恋村の鎌原氏は、真田氏から婿養子をもらって、真田一族になって真田家の家老になっているんです。つまり鎌原氏というのは真田氏とイコールなんです。

 これと同じことで、武田信玄も、地方の名族を滅ぼすと、その一族に自分の息子を婿養子にやります。具体的に言うと、海野氏を滅ぼした時に、自分の息子(次男)を海野氏の養子にしてしまいました。これが、海野信親です。武田信親ではなく、海野信親になっています。同じように諏訪氏を滅ぼした信玄は、息子を諏訪氏の養子にして諏訪勝頼(武田勝頼)にしています。

 つまり海野氏と諏訪氏を武田信玄が乗っ取っている。

 その後に真田幸隆が、武田信玄に仕えたわけですが、もう海野氏の跡取りに海野信親(武田信親)がいましたので、海野氏を名乗るわけにはいかないわけです。仕方なく真田氏を名乗り続けたわけですが、後に真田氏の方がビックネームになってしまったわけです。

 ではどうして、名胡桃城に海野棟綱の墓があったかもしれないかと言うと、この辺は上杉氏(山内上杉家)の領地というか勢力範囲だったんです。そこに海野棟綱が配置された可能性が高いんですね。どうしてそこに配置されたかというと、真田は、村上氏に滅ぼされた後も、鳥居峠から沼田に向かう街道を支配していたわけです。そこでの関所の収入が無視できないほどあったわけで、その収入で自分の軍団を養っていたわけです。だから上杉氏(山内上杉家)も一目置いていたわけです。

(逆にいうと、それに目をつけてヘッドハンティングしたのが武田信玄だったりする)

 確かに村上氏は、戦争には強かったたわけですが、街道を支配していたのは海野一族である真田の方なんですよね。しかも真田氏は、村上氏に奪われたはずの真田郷から完全に撤退してなかったのです。真田郷の人は、支配者の村上氏と、街道をおさえていた真田氏に税金を二重に支払っていた。

 海野棟綱は、志半ばで死んでしまったわけですが、その墓が名胡桃にあったとしても、不思議はないんですよ。だからこそ真田昌幸は、名胡桃だけは譲れなかったんだと思います。そもそも名胡桃よりも西側は、つまり吾妻の土地は、海野1族の土地なんです。北条に渡すわけにはいかないんですよ。

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 ここでちょっと解説がいるかもしれません。
 海野一族についての解説です。

 海野氏というのは、当時の教養ある武士たちにとっては、スーパースターなんです。鎌倉幕府の公式的な歴史書である吾妻鑑に出てくるスーパースターの1人が海野氏。ここは分からないと、なぜ真田昌幸が名胡桃にこだわったかがわかりません。

 室町時代の武士たちにとっての歴史本というのは、平家物語や吾妻鑑です。特に吾妻鑑はよく読まれました。吾妻鏡というのは、鎌倉時代に成立した日本の歴史書で、鎌倉幕府の初代将軍・源頼朝から第六代将軍・宗尊親王まで六代の将軍記という構成で鎌倉幕府についての歴史書なんです。

 その吾妻鏡に海野小太郎幸というスーパースターが、たびたび出てきます。鎌倉で一番の弓の名人であり、わずか十一歳の時に、主人である木曽の義仲の息子の命を守るために体を張ったことで有名な人間です。海野氏は、吾妻鑑にたびたび登場してきます。つまり、海野氏は、当時の武士団にとって憧れの存在だったわけです。

 その海野氏は蒙古襲来の時も大活躍していますし、足利尊氏が鎌倉幕府を滅ぼしたときも海野氏は、北条氏残党をかくまい、足利直義を敗走させ鎌倉を一時的に回復したこともあります。南北朝内乱時代のときも主要メンバーとなって大活躍しています。つまり武士たちのあこがれの存在でした。

 おまけに海野氏の家系も良かった。
 具体的に言うと、

 清和天皇の第二皇子の孫が滋野氏(海野氏)。
 清和天皇の第六皇子の息子が源氏(源経基)。
 海野氏は、源氏より血筋が良いのです。

 そのうえ滋野氏初代は、平家の三代目と親友で、共同で平将門と戦っています。平将門は、平家二代目を殺した犯人で、その敵討ちで勝利したのが三代目平家の平貞盛。その親友である滋野初代であり、源氏の元祖となる源経基。

 さらに海野氏六代目は
 前九年の役(1051年から1062年)
 後三年の役(1083年から1087年)
 二つの大戦でも活躍しています。

 ただし、この戦乱では、多くの人たちが死に、国土が荒廃しています。
 その結果、戦争はこりごりだと思った人が二人います。

 一人は藤原清衡です。
 藤原清衡は、荒廃した国土を復興しこの世の浄土「理想郷」を創ろうとしました。
 それが奥州平泉です。

 そして、もう一人が海野氏。
 修験者となって嬬恋村に開拓に行きた海野氏で、
 後に下屋将監と改名します。

参考サイト http://ss-rekishi.seesaa.net/article/190055128.html

 この子孫が、鎌原氏をはじめとする吾妻郡の武士団です。

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 それはともかく、海野氏八代目は、保元の乱(1156年)で大活躍して、吾妻、佐久、松本市まで領地が拡大します。

 海野氏の領地は、皇室の牧場(牧)がいくつもあったところです。そこの民謡の信濃追分節は、モンゴル民謡と同じなので有名です。古代韃靼人が牧場の管理をしていた名残だと言われています。それを使っていたのが海野氏なので、信濃の騎馬武者といえば海野氏と言われていました。なので木曽義仲が旗挙げしたときに、真っ先に家臣として召し抱えたのも海野氏です。

 義仲は海野氏の騎馬軍団を従え父の故郷・群馬県吉井町を制圧しますが、平家が攻めてきたので信濃への退却して破ります。また源頼朝と和睦して、義仲は嫡子義高を頼朝の長女大姫と結婚させ、人質として鎌倉に送ります。そのお供に海野氏十代が付き添います。

 結局、義仲は義経軍に滅ぼされるわけですが、人質となった義仲の嫡子義高を海野十代目が、十一歳という若さで身代わりになって逃がすわけです。その忠義を頼朝に感心されて、十代目は頼朝に仕えるようになりますが、この十代目が、吾妻鏡によくでてくるスターなんですね。つまり海野氏は、当時の武士団にとってビックネームだったわけです。

 ここが重要なんです。

 これが分からないと、真田昌幸が名胡桃より西にある吾妻郡にこだわる理由がわからないと思います。もし、ここを真田が手放したら、海野一族同士が戦うことになる。それは避けたいし、街道の権益も守りたい。名胡桃までの領地を確保できれば街道の権益が守れるからです。当然のことながら祖父の墓も守れます。もちろん祖父の墓があることは、本当のことだから裁定者の秀吉にも大義名分として通じたはずです。ここに嘘はないはずです。私がシナリオライターだったら、そこを重点的に書きます。

しかし真田丸では、名胡桃の重要性を放置して、沼田城にこだわっているんですよね。あれでは、視聴者に説得力がないし、真田昌幸が単に腹黒い男という単純な視点で終わってしまいますから、ここに群馬県側から見た私の私見を書いておきます。

つづく。

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posted by マネージャー at 23:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 真田丸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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