2018年03月16日

息子を連れて佐渡島へ 11 外海府ユースホステルのマネージャーさんたち

息子を連れて佐渡島へ 11 外海府ユースホステルのマネージャーさん

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 いまから25年くらい前、私は五年間にわたって佐渡島の自然調査をしたことがあります。その時に、地元の旧家の方たちから、いろいろ情報をいただいたりしたのですが、外海府・岩谷口の旧家の方々にも、たいへんお世話になりました。一つは、源兵衛(屋号の名前です)さん。もう一つ源四郎(これも屋号の名前です)さんです。

 そして源兵衛さんは、民宿「源兵衛」を営業していて、源四郎さんは、外海府ユースホステルです。この二つの旧家に大量の古文書が残されていることから、民俗学者の宮本常一氏も両家に訪れているようです。

 実は、この岩谷口。土船衆と岩屋衆に分かれています。北半分が、岩屋衆で、外海府ユースホステルの矢部源四郎が草分け衆の一人です。古くから農地を開墾し、多くの山林を所有して、薪炭を相川金山に送って大もうけした人たちです。

 南半分が、船登源兵衛を中心とする土船衆です。民宿「源兵衛」の御先祖様である船登源兵衛が、土船衆の草分け衆です。土船衆は、日本海から瀬戸内海にかけて回船問屋として大活躍したと言われています。

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 二十五年前のことになりますが、私は、この民宿「源兵衛」さんのところにお邪魔して、岩谷口の文化・歴史・そして民俗について詳しく教えていただきました。そして、廃道となっていた岩谷口から光明仏寺までの参拝ルートの発掘調査などを行なったりしました。

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 また、外海府ユースホステルに行って、源四郎当主の矢部さんから、岩谷口や外海府の地理を教えてもらい、巨大な七段の滝・大ザレの滝・各種の洞窟・各旧道・壇徳山・大佐渡山脈の縦走路などを調査しました。当主の矢部さんは、御高齢であったにもかかわらず、国勢調査などで山道をガンガン歩いておられ、佐渡の山を隅々まで知っておられました。

 また、聞くところによれば、息子さんは、新潟大学の農学部をご卒業され、その縁で、大佐渡山脈にある新潟大学の演習林の管理をまかされており、佐渡の山や自然林についてもかなり詳しいと聞きました。ようするに外海府ユースホステルの矢部さん親子は、佐渡における山のスペシャリストだったんですね。
「大佐渡山脈のことなら外海府ユースホステルの矢部さん親子に聞け」
という感じで、民宿「源兵衛」さんと、外海府ユースホステルの矢部さん親子は、佐渡岩谷口の人間国宝なのです。「彼らからヒアリングしないで、誰から聞くんだ?」てなもんです。

 で、外海府ユースホステルに泊まってみたら、矢部のお爺ちゃんは亡くなっており、その息子さんも三年前に亡くなって、今は奥さんのみだという。奥さんといっても、七十歳をとおにこえているんですけれどね。

 生前の矢部のおじいちゃんは、本当にいい人で、いろいろ親切に教えてくれたうえに、泊まり客でもないのに、私が率いた調査登山隊二十名近くに越乃寒梅をさんざん振舞った上に、土産に越乃寒梅の一升瓶まで持たせてくれたひとです。その息子さんも(と言っても、私より二十歳も年上だが)、本当にいい人で、若者に親切でした。

 宿には、全国からやってきたユースホステルの会員が、楽しそうにマネージャーさんたちを囲んで集まっており、こんな辺鄙なところに外国人も少なからずいました。そして賑やかで温かいユースホステルに見えました。二十五年前の当時は、日本で最もアットホームなユースホステルだったと思います。

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 しかし、時間の流れは残酷でした。
 おじいちゃんも、御主人も亡くなってしまっていたとは。
 ああ、困った。
 外海府の生き字引が、もう居ないなんて。

「源兵衛さんは、どうしてるんですか?」
「もうお年なので、宿を辞めてしまいました」
「もう一人の生き字引、源兵衛さんも引退か」

 源兵衛さんところに泊まることもできないなんて。
 時間は待ってはくれない。

「御主人の死因は、なんだったんでしょうか? まだまだ若かったと思いますけれど」
「心労がたたったようです」

 奥さんが言いました。
 佐渡島の田舎のことです。
 いろいろな文化風習があります。 
 心の病むこともあるでしょう。

 しかし、よくもまあ宿をまわしているものです。御主人に先立たれ、外海府ユースホステルという大きな建物を、一人残された70歳すぎの奥さん一人でまわすことができるのか? 息子さんたちは、都会に就職してしまっています。

「よく一人で宿をまわせますね?」
「でも楽しいの」
「楽しい・・・って」
「最近、田んぼも始めたのよ」
「えええええええええええええええええええええええええええええええ?」

 外海府ユースホステルは、山も持っているし、山で椎茸もやっていたし、田畑ももっています。宿をやっている70すぎの奥さんのに、田んぼはきつい。田んぼといっても、棚田です。大きな田んぼではないから苦労はひとしおです。そもそも、ここの奥さんは佐渡出身ではありません。新潟県一の都会である新潟市からお嫁に来た元ホステラー(旅人)さんです。外海府ユースホステルが気に入って入り浸るうちに、旦那さんに見初められて嫁さんなった人です。農家のことなど分かるはずもありません。

 そもそも奥さんが外海府に嫁さんに来た頃は、佐渡の岩谷口は、秘境も秘境。知床や西表島と何ら変わることのなかった場所です。本州に比べれば、十年は遅れていた地域に嫁にやってきたわけですから、ずいぶん苦労しただろうし、宿の仕事で手一杯だったと思います。文明の地・新潟市からやってきたんですから。

「田んぼなんかはじめて、宿の方は大丈夫なんですか?」
「裏がすぐ棚田でしょ? もし田んぼをやめたらモグラに土手をやられて危ないのよ」
「なるほど、田んぼは水害などに対して安全保障も兼ねているんですね」
「そうです」
「じゃあ、このお米は、自家製ですか。どうりで美味しいと思った」

 実際、佐渡米の中でも海府地方の米は、美味しいので有名です。しかし、七十歳すぎて農業をはじめるとは、普通の感覚ではありません。

「でも、大変じゃないですか?」
「それが楽しいのよ」
「え?」
「この歳ではじめて言うのもなんだけれど、作る楽しみに味をしめちゃって・・・。お客さんも手伝ってくれるし」
「へえ」

 やはりそうでしたか。この宿も、よい御客様に恵まれている。きっとマネージャーの人格に感銘した御客様でいっぱいなんでしょう。でなければ、農業やりながら宿をまわせるわけがありません。ようするにユースホステルというより農家民宿なんでしょうね。とはいうものの、奥さんの料理は、かなりモダンです。佐渡地域観光交流ネットワークのホームページに、こんなメニューが載っていました。

http://www.sado-kouryu.jp/sadonpo/area/iwayaguchi2016/(佐渡地域観光交流ネットワーク)

「つけどめおにぎり・漬物」 300円
佐渡で昔から食べられていたサンマやイカの保存食。取り出す時は匂いが強烈で勇気が必要?!知る人ぞ知る人気メニュー。〈提供:外海府ユースホステル〉
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「夏野菜のごはんピザ」 700円
生地は、お米をおやき風に焼いたもの。具材は夏野菜、シソ、魚介類の入った南蛮味噌。〈提供:外海府ユースホステル〉
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 ちなみに松浦武四郎の佐渡日誌によると、岩谷口について、こう記録しています。

「岩谷口村には25軒の民家があり、碇のかかりのよい浜である。そして村には観音堂・薬師堂があり、村を流れる川には土船大明神というものがあると。土地の人に聞いた話では、ここに住む団三郎狸が色々の悪さをして農民を苦しめた時に、ここにいたウサギが土の船を作ってその団三郎狸を乗せて大いにタヌキを苦しめたと言う話である。それからは狸も農民に悪事を働くことはなく、これよりこのウサギを土船大明神として崇拝し、秋と春に2回の祭りをしているそうである」

とあります。

 ようするに民話『カチカチ山』のことです。『カチカチ山』は、佐渡・岩谷口の民話なのです。岩谷口には、岩屋衆と土船衆がいると、前に書きましたが、この土船衆の守護神が、ウサギなんですよ。そして、それを祭ったのが土船神社。しかし、土船神社は、明治時代に他の神社と合併して、両宮神社となっていました。

両宮神社・Googleマップより借用
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 ここだけではありません。岩谷口以外にも、民話『カチカチ山』に関する地名があります。佐渡・佐和田にある土船林という山があったりします。

つづく。

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posted by マネージャー at 20:24| Comment(0) | 佐渡島 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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