2021年01月07日

半世紀前に存在した、とんでも授業【2】画板

 息子が小学校に入学する時に、用意しなければいけない入学式セットに画板(がばん)がなかった。画板といっても今の人にはわからないかもしれませんが、写生大会の時に使う木のボードのことです。私が小学校に入学する時には、その画板を買わされて、学校に持って行ったものです。図工の時間や理科の時間に画板を持って校庭に出て写生を行ったことが何度もありました。授業中によく写生を行った。また、年に二回ぐらい写生大会というものがあった。

 今では考えられないことですが、勝手にどこかに行って写生を行っていた。昼食に給食が出たかどうか覚えてない。弁当だったような気もするし、給食を食べに帰ってきもする。勝手にどっかに行って、一日中、何かの写生して学校に帰ってきた気がする。

 もちろん小学校に入学して間もない頃。小学一年生が、散り散りバラバラになって絵を描いていたわけですが、それでよく事故が起こらなかったと感心します。今じゃ考えられない。というか、息子が通う小学校では写生大会というのは存在してない。少なくとも小学二年生までは、そういうイベントはなかった。おそらく今後もないかもしれない。学校の道具に画板がないからです。


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 そういえば、昔は習字の授業が盛んでした。年明けになるとコンクールがあって、表彰された作品が廊下や体育館に次々と貼られたものです。子供会でも表彰していましたし、地域の自治体でも表彰してました。と言うか佐渡島という辺鄙な田舎の小さな市町村に、何人ものの書道家がいて、みんなそこに習字を習いに行ってた。昔は塾といえば、習字の塾であり、そろばんの塾であって、くもんのような学習塾というものはなかった。

 息子が通ってる小学校では、習字そのものがない。ひょっとしたら三年生になったらあるのかもしれませんが、一年生二年生の間はなかった。その代わり書写という授業がありました。書き初めの文化は、少しずつなくなっているのかもしれません。

 私が中学生だったとき、習字の時間には、学校の先生ではなくて、地域の書道家の先生が教えに来ていました。離島の、人口五千人程度の町村に、何人もの書道家がいて、それぞれ多くの弟子を抱えていたわけですから、今にして思えば驚異的なことかもしれません。そして、生徒一人一人に、別々の課題を与えて教えていました。全員一斉に同じ文字を書くということはなく、別々の課題が与えられた。その先生は私に対して「温故知新」という文字を書くように言われ、散々書かされた挙句、
「この意味を知ってるか?」
と聞かれたので
「知りません」
と答えると、初めて意味を詳しく教えてくれる。習字と言うより、国語の授業みたいだった。

 こういう習字の授業があるにも関わらず、さらに国語の授業で習字をやらされた。国語の先生も天才的に習字が上手い人で、赤い墨汁で次々と手本を書いてくれる。その先生は
「何を書きたいんだ?」
と聞いてくれて
「・・・が書きたいです」
と言うと
「・・・」
という手本を書いてくれる。つまり各自で何を書いてもよかった。先生に「◇◇を書きたいので手本を書いてください」と言うと、ものの2秒くらいで美しい手本を書いてくれる。それをサッと飛ばすものだから、手本が床に落ちる。それを慌てて拾って、その手本をもとに練習をしていた。でどうなったかと言うと、男子生徒の大半が
「天地真理」
と書いていた。歌手の天地真里(あまちまり)が全盛の頃でした。中には「レットイットビー」とか「神田川」とか「なごり雪」とか書いてる人もいたけれど、圧倒的に「天地真理」が多かった。

 そしてその書き初めを教室の後ろにでかでかと貼るわけですが、それを見た他の先生方が「どうしてみんな天地真里(あまちまり)ばかり書いてるんだ?」と聞いてきて、生徒たちが反論します。

「天地真里(あまちまり)じゃありません、天地真理(てんちしんり)です」






 そういえば、私が中学校二年生の時、一年で廃止になった授業があります。電卓という授業です。以前は算盤の授業だったらしいのですが、私が中学二年生の時だけ、電卓という授業になり、1年で廃止になってしまった。昭和五十年頃に、電卓戦争というものがありました。今でこそ百円ショップで買える電卓ですが、当時は高価なもので、カシオとかシャープでした。

 恐ろしいのは、電卓の下請けに、今をときめくインテル社があったことです。インテル社は、日本の電卓会社の下請けだったことがあった。国内の半導体メーカーはこの電卓用 LSI の開発を引き受けてくれなかったので、日本が開発した電卓用 LSI をインテル社に生産してもらった。しかし開発したマイクロプロセッサは、電卓以外の用途にも広く使えることから、インテルは日本の電卓会社から独占販売権を放棄してもらって、世界のインテルになった。日本の電卓会社にもう少し先見の明があれば、世界のCPU市場を日本が独占したかもしれなかった。実に惜しいことをしました。





 まあそんなことはどうでもいいとして、電卓の授業は一年でなくなってしまい、代わりにそろばんの授業が復活したかと言うと、そうではなかったらしい。電卓が普及したためか、そろばんを学ぶ必要がないと思ったのか、学校でそろばんをやる話を今では聞いたことがない。だとすると、あの電卓の授業こそは、諸悪の根源だと思います。プログラミングの授業なんかやめて、そろばんの授業を復活させるべきだと思うんですがどうでしょうか?


つづく。

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posted by マネージャー at 20:16| Comment(4) | 教育問題を考えてみる | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
黒板にぶら下げて使う指導用の大きなそろばんがありましたね。軸に波になったスプリングが付いていて玉が落ちないようになっていました。
電卓登場前には、中学校で計算尺の指導もあった気がしますが、あまりちゃんとやっていなかったかもしれません。
Posted by Aki at 2021年01月08日 01:03
そうそう、計算尺の授業もありました。
すっかり忘れていた。
これ、追加で書きたいと思います。

Posted by マネージャー at 2021年01月08日 01:48
珠算,いいですな〜。

ここで 子育ての極意 みそひと文字といきましょう。

読み聞かせ 早寝早起き 珠算塾 ブラックジャック ガラスの仮面

※「珠算塾」は「公文式」も可

※下の句は 日本の歴史 三国志伝 花もて語れ などに代替可
Posted by 小太郎 at 2021年01月08日 03:13
うちの嫁さんは、珠算塾に行ってたせいか、頭がよいです。でも、数学はからっきしダメです。算盤やってた人とか、ピアノをやってた人は、頭がいいですね。もちろん、それでも算数が出来なかったりしますので、頭の良さと、学力の有無は、あまり関係ないかも。
Posted by マネージャー at 2021年01月08日 21:06
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