今は無き周遊券という切符を使って北海道一周旅行をした時の事です。周遊券というのは、三万円から四万円ぐらいで、二十日間にわたって北海道中の鉄道に乗り放題と言う恐ろしく安いチケットのことです。二十代の頃に、このチケットを使って東京から北海道旅行に行ったんですが、その時にものすごい衝撃を受けました。
まず見知らぬ地元民が話しかけてきます。
「お兄ちゃんはどっから来たんだい?」
「東京からです」
「東京のどちらから」
「池袋というところです」
それと遠く離れた座席から
「池袋かい、息子が池袋に住んでるんだよ」
という話をしながら私の座席の方に行ってきます。
見知らぬ人間同士三人がいきなり会話を始めたりします。
下手したらそこにまた二人行ってきて
「池袋か、昔、建設工事の出稼ぎによく言ったな」
と、これまた全く別方向からよってきます。
その時に車内販売なんかが通り過ぎると、
「お姉ちゃん、コーヒーとジュースを六本頼むわ」
と注文して、みんなに配ったりする。
すると、中の一人が鞄の中からせんべいか何かを取り出してみんなに配り出す。別の人はみかんか何かお困りだして、さっきまで全く見ず知らずの人間たちが、池袋の話でどんどん盛り上がったりする。そのうち
「お兄ちゃんのお国(出身地)はどこなんだい」
と聞いてくるので
「佐渡島です」
と答えると、遠くの座席の方から、家族連れと思われる人間たちがぞろぞろやってきて
「佐渡島かい? 家の近所に佐渡島からきて開拓した人たちがいるんだよ」
とかと行ってきます。
佐渡島から引っ越して来る人たちが今頃いるんだなぁと思っていたら、そうではなくて明治時代の初期に集団で佐渡島から開拓に移住した人たちがいるということらしい。北海道にはそういう人たちが多くて、例えば釧路なんかだと、鳥取県から開拓に行ってきた人たちがあまりにも多いために、鳥取の地名がたくさんあったりしますし、鳥取ドームと言う野球場と言うか体育館があったりもします。とにかく全国各地からたくさんの移民が行ってきて出来上がったところが北海道なので、やたらとよそ者に馴れ馴れしいと言うか優しいわけです。特に旅人に優しくて、一人で旅なんかしてると、こっちが黙っていても、電車の中であるにも関わらず、あちこちから差し入れが行ってきます。これで鉄道旅行が嫌いになるわけがありません。
こういう体験は私だけではなくて、当時多くの北海道を旅する旅人たちが経験していました。何しろ三万円か四万円で二十日間も北海道の鉄道が乗り放題なので、わんさかわんさかと若い人たちが北海道旅行をエンジョイしていました。そして北海道の列車で衝撃的な体験を受けて、何度も何度もリピートして北海道に行ってくる人たちが続出したのです。
その中には自動車旅行やバイクのツーリング旅行の人たちもいたけれど、圧倒的に鉄道旅行が多かった。そして北海道が好きになって、そういう人たちは就職先を郵便局とか薬剤師とか看護師など長期旅行ができる職業を選んだり、いくらでも再就職が可能な手に職をつけた職業を選びました。人によっては北海道に移住した人たちもいます。
鉄道マニアも多かったような気がします。それも中学生や高校生でした。当時は格安だったユースホステルに泊まりながら、鉄道旅行をしていました。人によっては、わざわざ夜行列車に乗ってそこで宿泊して宿泊費を浮かせる人たちも多かった。私もそれをした一人で、札幌を見学した。後に翌日に釧路で遊び、次の日にまた札幌で遊ぶだってことをよくやりました。
当然のことながら列車の中で大勢の人たちと出会います。友人がたくさんできるわけです。こんなことを二十日間続けていると、百人とか二百人の友人ができて、東京に帰った後にその人たちと手紙のやり取りをします。場合によっては、東京で再会するために飲み会を開いたりします。こういうことを昔は普通に行われていたのですね。
それほど周遊券というのがお得だったわけですが、唯一の欠点が、北海道に入るまでは急行列車を使わなければいけないと言うルールでした。北海道に入ってしまえば特急列車が使えるんですが、それまでは急行列車しか乗ることができなかった。それで急行列車というのが急行八甲田という列車で、一日一本しかなかったわけです。夜の八時に上野駅を出発する一本だけです。昔津軽海峡冬景色という演歌がありましたが、その歌詞に
「上野発の夜行列車乗った時から」
というくだりがありますが、それです。その上野発の夜行列車が急行八甲田です。一日に一本しか存在しない急行八甲田です。
つまり急行八甲田のある上野の十三番線ホームに行けば、必ず知り合いが急行八甲田を待っているということになる。何しろ北海道で二百人も三百人も友人ができていますから、急行八甲田には誰かしら知り合いが載っていることが多い。知り合いでなくても、知り合いの知り合いである可能性は高い。だからザックを背負ってユースホステルのホステリングガイドを持っていれば、必ず声をかけるようになる。
私の自宅は池袋でしたから、仕事が遅くなって神田から池袋に帰るような時に、もし夜の七時ぐらいになっていたら、ついつい途中下車して上野駅の十三番線ホームに降りてみて、誰か知り合いが急行八甲田に乗ってないかなあと、キョロキョロしたものです。
そういえば生まれて初めて女の子から逆ナンパされたの北海道の列車の中でした。今日はどこに泊まろうかなあと考えながらユースホステルのホステリングガイドのページをチラチラと見ていたら、いきなり一人旅の女の子がやってきて、
「会員さんですね?」
と声をかけてきます。こっちがびっくりしていると、
「どこに行くんですか」とか
「どこに泊まるんですか?」
と聞いてきて、行き先が同じだと
「それじゃあ今日は一緒に行動しましょう」
と言ってきます。
さすがにこれには驚きましたが、昔の北海道では普通にあった光景でした。バスや電車の中でホステリングガイドをチラチラさせれば、声をかけても良いと言うシグナルだったということを後で知りましたが、それを知らなかった私には、かなりドキドキしてしまいました。
逆にそういうもんだということが分かってしまうと、これはこれで非常に便利な合図だと思いましたし、旅の途中で一緒に行動するイコール恋愛感情と全く関係ないということが分かると、これもまた便利であることが分かりました。二人以上いるとレストランに入りやすいからです。
まあそんなことはどうでもいいとして、この周遊券の制度が、JRで廃止されてしまうと、北海道旅行をする人たちが激減しました。周遊券によって、何度も北海道をリピートしていた人たちが、そのまま消えてしまったからです。格安のチケットがなくなってしまえば、人はみんな飛行機に乗ります。飛行機を使えばレンタカーを借りるのも当たり前と言えば当たり前で、北海道のJRを使う人たちは激減してしまいました。もちろんレンタカーでも北海道の雄大な自然は望めますが、人と人とのコミュニケーションは、列車を使う場合に比べて極端になくなってしまいます。何時間も何時間も列車という狭い空間で、会話で盛り上がるということがなくなるわけですから、旅そのものが薄くなってきますので、私が体験した衝撃的な人と人とのふれあいがなくなってしまいます。
例えばこんなことがありました。根室でヒッチハイクで車に乗せていただいた人たちに、礼状を書いたら、「礼状を書くなんて珍しい」と、カニが贈られてきたことがありました。慌てた私は、池袋の名物である鮎の天ぷら最中をお礼に送ったわけですが、すると鮭が送られてきました。これじゃ堂々巡りになるので、もう何も送らないで下さいと書いて、また池袋の名物であるフクロウのクッキーを送ったんですが、そこまで言うならもう送らないけれど、北海道に来たら必ず連絡しろ。連絡しないと鮭を送り続けるぞと脅されたりしました。で、毎年、北海道に行くたびに、その人の家にお世話になり、農家仕事なんかを手伝いつつ、御馳走責めにあったりしました。そして、いろんな人を紹介され、それがきかけで根室に近い釧路でユースホステルのヘルパーをするようになったわけですが、昔の北海道旅行には、こういう魅力があったわけです。これが周遊券の廃止とともに、全て消えてしまったわけですから全くもってもったいないことです。
そんなJR北海道も、新型コロナウイルスによって危機的な状況に陥っていますが、北海道からJRの路線が次々となくなっていくのは、非常に残念です。周遊券を廃止したことによって、 若者鉄道離れが確実に加速したと思います。 と同時に、 北海道の持つ本来の魅力が、旅行者に伝わりにくくなったとも言えますし、 北海道と内地の人間の繋がりが徐々に薄れていったような気もします。周遊券を使うたびの文化というのは、一度失われてしまうと二度と手に入れることができない文化だったために、それだけに非常に残念でなりません。もし周遊券文化が残っていたら、jr北海道を救おうとする人たちが、全国各地に持っといたのにと思うとそれも残念な気もします。
つづく。
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