これを実際にやってみると、すごくいい。当時存在していた花巻ユースホステルに泊まって自転車を借りて、花巻をゆっくり回ってみるとこれがすごくいいのです。時間にゆとりがあるし、疲れてないので、とても楽しい。
当時の花巻ユースホステル(山奥にあった公営ユースホステル・鉛温泉の場所)では、けんちゃんツアーと言う宮沢賢治のツアーがあって、マネージャーが10人乗りハイエースで案内してくれました。それがとても楽しそうにみえた。コースも、とことん賢ちゃん・なっとく賢ちゃん・初めて賢ちゃんと、3種類あって初心者用から上級者用まで宮沢賢治を案内するツアーがありました。
宮沢賢治のツアー ということもあって、それに参加希望するピチピチの若い女の子がいっぱいいたのですが、さんざん迷った挙句に私はパスしました。宮沢賢治を団体さんで回っると、自由がきかない。それに宮沢賢治の事なら大抵知ってる私が、今さら人から解説を受けるのもなんだなぁと思ったからです。
なのでバスで花巻の観光協会まで行って、そこでレンタサイクルを借りて宮沢賢治ゆかりの地を回りました。回ってみて失敗したなぁと思ったのは、行く先々で、花巻ユースホステルの賢ちゃんツアーの団体さんと合流してしまうことです。考えてみたら当たり前と言えば当たり前の事なんですけれど、目的地が一緒なのでどうしても合流してしまいます。私としては静かに宮沢賢治について瞑想しながら考えたかったことがあったんですけれど、その度にけんちゃんツアーの団体さんに見つかって
「また会ったね」
「一緒に写真を撮ろう」
と言ってきて、 集合写真を撮らされました。結局、一緒に回っているのと差が無くなってしまった。
こういう失敗があったので、翌日に遠野ユースホステルに泊まった時は、宿に泊まった人達と一緒に自転車で回ることにしました。最初は団体で自転車で回ることに抵抗があったんですが、一緒に回ってみたら、これはこれで楽しいし、色々便利であることがわかりました。
若い男女が集団で遠野を自転車で回ると、「ユースホステルの人たちかい?」と聞いてきて、地元の人たちが何かと親切にしてくれるのです。志村けんではないですが、変なおじさんたちが、色々と解説してくれる。今では考えられないことですけれど、旅人のバリアを破壊して私たちの内部にズカズカと入ってきて、色んな所を案内してくる。例えば、いきなり現れてカッパの話をするおじさんとか、民話の話をするおじさんとか、当時の遠野には『変なおじさん』がいっぱいいて、そういう人たちに旅人が捕まって困惑していた。
私が茅葺き屋根の民家の撮影をしていると、通りがかりの『変なおじさん』が、突然話しかけてきて「この家はすごいんだよ」と言ってきます。 何がすごいんだかさっぱり分からないので、どう答えていいか迷っていると
「入ってみるかい?」
と言ってきます。
「この家の人ですか?」
「違うよ」
「・・・・」
「まあ入ってみようや」
と変なおじさんは、戸惑う私達をどんどん連れて 知らない民家に入っていきます。すると奥から人が出てきて、変なおじさんは
「若いもんが家の見学に来たんだよ」
と私たちを紹介します。そして変なおじさんは、私たちを勝手に他人の家の中に入れるわけですが、入ってみてその内装に驚愕することになります。その民家は昭和36年ぐらいで時間が止まっていたからです。壁にデビューしたての吉永小百合のポスターが貼ってあったり、若い頃の石原裕次郎のカレンダーが貼ってあったりして、それがいい具合に日焼けしてて、時間が止まっている。その状況に目をぱちくりさせていると、その家の家主が
「この部屋は息子の部屋だったんだわ」
「・・・・」
「30年ぐらい前に東京に行ったまま、それっきりだから、部屋がそのままなんだ」
と言ってお茶を差し出されました。集団就職でみんな出て行って、それっきりの人もいる。部屋はそのままタイムスリップしたように残されているわけです。 そういう家が当時の遠野には、いくつか残っていて、そういう所に案内されたわけです。そういう家には、不自然なところに茶碗とかタライが置いてあって
「どうして茶碗がここに?」
と質問すると
「雨漏りさ」
と笑っていました。茅葺き屋根には寿命がありますが、茅の吹き替えはもうできない。そういう話を聞かされ、家の寿命について聞かされ、土壁に昭和30年代の週刊誌が貼られて、すきま風を防止している壁があったりする。そんな家でお茶を御馳走になって世間話をする。こういう旅は、ロードマン(自転車)で、走るだけの旅行では体験できなない。現地でレンタサイクルを借りて、のんびり旅しないと、こういう出会いは無い。だから、そんな自転車旅行もあってもいいかなと思ったりもする。
つづく。
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