だからこそ、勉強も運動も丁寧に教えてきた。勉強の方は、脳科学の先生の力を借りて、知能指数を上げることには成功している。五歳の時に測ったときの指数は平均値をはるかに上がっていて、数字だけ見れば天才クラスだったために発達心理学の先生が驚いたくらいだった。
しかし、運動には苦戦した。走れば超絶に遅くて万年ビリだったし、縄跳びは一回も跳べなかった。それでも空手・キックボクシング・スピードスケートを習わせて、縄跳びの長時間競争でクラスで5番くらいにはなっている。軽井沢の体育館で1時間ほど縄跳び練習していたら、バカなアメリカ人が
「児童虐待だ」
と言ってきて通報されたこともあった。通報されると嬬恋村の役場の保健課の人が、学校に息子が登校しているか電話し、登校していることがわかると、私に連絡してきた。その時、私は息子の空手教室の付き添いで、空手着を着せていたりしていた。役場の保健課は、その空手教室の建物の中にあった。ついでにいうと、その建物には、役場の保健課が主催している『すくすく相談』があり、息子は、そこで何度も発達相談を受けていたし、定期的に作業療法士の先生に『運動神経の強化練習』をしていた。
つまり息子は、最も役場の保健課のお世話になっていた幼児でもある。運働にしても、勉強にしても、生活にしても、何をやらせてもダメで、1学年下の子供と遊んでも下っ端扱いされるくらいだった。だから幼稚園時代にはイジメられていたらしく、担任の先生から「この村では1クラスしかないので、もっと強くならないとダメです」と言われて、幼少の頃から空手・キックボクシングを習わせていた。
さすがに縄跳び教室はないので、私が軽井沢の体育館で教えていたが、バカなアメリカ人が「児童虐待だ」と言って通報したために児童相談所がやってきて、とんちんかんな事を言ってきた。私は「それは逆ですよ」と事情を話して、1回も縄跳びが跳べなくて虐められて、それが原因で自殺したら、あなたたちが責任をとってくれるのですか? それなら私は縄跳びを教えませんから、今すぐ一筆書いてくださいと言ったら黙ってしまった。
それに対して村の保健課の対応は、素晴らしかった。なにしろ『すくすく相談』をはじめ保健課の常連だったために、こっちの事情というか息子の事をよく知っていた。縄跳びを跳べるように専門の先生を手配してもらい、専門家による指導がはじまり、息子の縄跳びは少しずつ上達していった。それはもう映画ロッキーのようだった。息子は、ああみえて負けず嫌いで、跳べないと悔し涙を流す。いくら私が
「もう休め」
と言ってもきかない。出来ないことに我慢がならない性格なのだ。これが外国人に児童虐待に見えたりするのだろうが、この負けず嫌いのせいで、よく自滅した。例えば、上毛カルタ大会などで、相手にカルタを取られると直ぐに泣く。すると涙でカルタが見えなくなってボロ負けになる。これは母親と勝負してもそうなる。というか、嫁さんの奴は、手をぬかないから息子はワンワン泣く。トランプ・双六・将棋・オセロなんかでも負けたら泣く。御客さんのお子さんとゲームして負けたら泣きわめく。
「そんなことで泣いたら、相手の気分が悪くなるだろ! ただのゲームなんだから泣くのはやめなさい」
「勝ったり負けたりするのがいいんだよ!」
と言うのだがダメである。頑固も頑固! ウルトラ頑固の負けず嫌いである。そして負けず嫌いのくせに、人より成長が遅れているから始末におえない。プライドだけは高いのだ。そのプライドと、実際の能力が釣り合ってないのだ。
どうして、こうなったのか?
実は、私に心当たりがある。私に原因がある。私と嫁さんには、生まれた環境の違いか、決定的に違うところがある。私は、息子とゲームをする時に、適度に負けてあげてやる気をださせている。「おおお!すごいなあ!」とヨイショする。私自身が幼少の頃に、そうやって育てられたので、知らず知らずのうちに、そういう子育てをしていたことに気が付いた。嫁さんの子育てをみて、嫁さんが息子に容赦しないゲームの勝ち方をする子育てを見て、私の子育てが、そういう子育てであることに気が付いた。
嫁さんは、絶対に手をぬかない。ゲームでも何でも叩きつぶす。相手が三歳でも四歳でも容赦しない。四歳児が泣いても容赦しない。これは食事においても同じで、息子が嫁さんの餃子を食べようとしても断固として断る。逆に私は、欲しがるものは何でも与えていた。この違いは何だろう?と考えてみたら、私自身が子供の頃に、親から親の食事を好きなだけもらっていたことを思い出した。
それはともかく、息子のやる気をださせるためにゲームして、わざと負けて、その気にさせたために、息子のプライドは高くなっていったのかもしれなかった。しかし、そのプライドと実際の能力の釣り合いがとれてないことが、幼稚園で問題をおこす原因になっていることは、鈍感な私にも想像がついた。
仕方が無いので、親としてできるだけの運動と知能の開発を行って、マラソン大会で三位となり、縄跳び大会で五位となり、学業もそれなりに良い成績をもらうようになり、読書も週に十冊以上読むようになったので、親としてホッとしていたのだが、それは成績という些細な分野だけの話であって、教育相談で先生の話をきくと、日常生活のだらしなさは、1年生以下であることに嫁さんは愕然としたらしい。
確かにそうなのだ。自宅にいても、息子はだらしない。物忘れが酷く、ニワトリ頭か?と思ってしまう。片付けもできない。何度も注意してもなおらない。マルチタックスができない。2つのことを同時に出来ない。1つのことに全て集中してしまう傾向にある。これは発達心理学の先生にも言われていた。知能検査の結果がデコボコだというのだ。論理的思考の知能が140なのに対して、処理速度は100以下だった。40も差があることは、普通では考えられないことなのだ。このデコボコが、相手に誤解されて、嫌われる大元になりやすいという。知能には
言語理解
知覚推理
ワーキングメモリ
処理速度
という4つがあって、この4つが釣り合っていることが大切であって、どれかの数値だけが(上下にかかわらず)ぬきんでることは、非常に危険なことだと言われている。たとえ全てが低くても、4つが並んでいれば、日常生活に支障が無いらしいのだが、4つがデコボコだと、まわりから危ないやつだと思われるらしい。
「あいつなら、このくらい出来るはずだ!」
という期待を裏切るからである。普通人なら
「知覚推理が100点なら、処理速度も100点のはず」
という常識がなりたつが、実際には『ありえないくらいに処理速度が遅い』という結果になる。だから「なんで出来ないんだよ!」と言われてしまうのだ。
息子に足りないのは処理速度である。その対策のために「ホンマでっか」の澤口先生の『脳力道場』で鍛えることによって、かなり改善されてきてはいるのだが、それだけではダメらしい。澤口先生の『脳力道場』には限界があるのかもしれない。おまけに息子は言葉の発音がうまくない。早口が言えない。そのために脳の処理速度に、言葉のアウトプットが追いついてないのである。
また、幼稚園時代に絶大な効果をみせた『幼児ポピー』も、『小学生ポピー』になったとたん、単なる通信教育学習になりさがってしまったので解約してしまった。『幼児ポピー』が、ワーキングメモリをアップさせるのに絶大な威力をだしたのに、『小学生ポピー』には、そういう脳の開発プログラムが全くなかった。
本当なら親が、息子の生活習慣をきっちり見守ればいいんだろうが、宿屋という仕事だと、そうもいかない。特に地獄のように忙しい夏休みには、放置するしかない状態が続いている。もうこうなると、御客さんを減らしてでも息子との時間をとらざるをえない。まだ八歳なので、いまなら間に合うかもしれない。
つづく。
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