ライオンは一度獲物を仕留めると、他の動物には見向きもしません。逃げる相手など無視して、仕留めた獲物を貪ります。けれど本来草食動物であるヒグマはそうではありません。一度仕留めたとしても、逃げる者がいたとしたら、そっちの方を追いかけてしまいます。
ヒグマが人家を襲った時に、絶体絶命に陥って食われるだけだという時に、他の人間が逃げてしまうと、そっちの方を追いかけます。だから絶対に逃げてはダメなんです。これがライオンのような根っからのハンターだったら、一度仕留めた肉を手放すような事はありません。ここがヒグマとライオンの違いです。誰かが逃げると、今にも食い殺されそうになっても助かってしまう。ヒグマは動く者を追いかけてしまう。
前置きはこのぐらいとして、北海道のとある海岸で食事を作っていた時に、オスのヒグマがこちらに向かってきて立ち上がったことがあります。こいつは「やばい」と思った私は、奇声をあげてヒグマに突進して行きました。ヒグマのやつは、慌ててしげみに逃げていたわけですが、その時は、いつものように大地がドスンドスンと揺れることはありませんでした。岩場の上だったからです。
私はヒグマに突進したわけですが、決して無茶なことをしたわけではありません。ヒグマは崖の上にいて、私とヒグマの間に谷のようなものがあったので、私の突進はこけおどしでした。手にはナタとクマスプレーをもっています。ヒグマに対してナタが有効なことは、いまはなき拓銀総研の報告で、当時あきらかになっていました。
で、私がヒグマに奇声をあげて突進しているところに、友人が援軍にきて、二人で奇声をあげたわけですが、ヒグマは藪の中にどんどん消えていきます。普通ならやぶにクマが消えると、藪はピクリとも動かないのですが、今回はどういうわけかやぶがどんどん遠くに波打って消えていく。つまりヒグマはどんどん逃げていたわけです。
一緒にいた友人は
「ここから逃げよう」
と言いました。
しかし逃げるも何も、もう日没で、逃げるところがない。ここには道路も無ければ登山道も無い海岸なのだ。逃げたところでヒグマの方で追いかけようと思ったら、確実に捕まってしまう。だから、その日はそこでビバークしました。警戒のためにラジオの音声をガンガンならしたわけですが、その時ちょうどアトランタオリンピックが開催されていて、日本サッカーチームがブラジルに勝って、大歓声をあげていた。
ちなみに、ほぼ同じ頃に、ヒグマの写真家の星野道夫さんが、TBSの動物奇想天外の撮影時に、ヒグマに襲われて食べられてしまっていた。彼は「この時期は、サケが川を上って食べ物が豊富だから、ヒグマは襲ってこない」と思っていたらしいが、ヒグマの知能と、後天的な学習能力をあまくみていたのかもしれない。個体によってキャラが違うヒグマに一般論は通用しにくい。
通用しにくいといいいえば、最近流行りのツキノワグマに対する「お仕置き放獣」に関することも、賛否が分かれるところです。お仕置き放獣というのは、人間のそばにやってくるツキノワグマを罠で捕らえて、唐辛子スプレーなどを使ってお仕置きをして、人間の強さ怖さを十分に教えて、山奥に放獣することを「お仕置き放獣」と言います。
これを日本で最初に行ったのが、日本最高ランクの山小屋と言われる「燕山荘」です。これについては、後日述べるとして、この「お仕置き放獣」は、軽井沢町を中心として、長野県の多くの市町村で採用されています。これに否定的な見解を持っているのが、動物写真家の宮崎学さんで、個体によって大きくキャラが違っているツキノワグマに、一律に採用することの危険性を訴えています。
それはともかく、実は昨日から今日のお昼頃まで、家族で山小屋の燕山荘に宿泊し、合戦小屋で休憩したり、燕岳を散策したりしていました。もちろん燕山荘のご主人から、ツキノワグマを「お仕置き放獣」するにいたった経緯を伺っています。これについては、明日にでも報告したいと思います。
つづく。
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