2022年06月17日

山菜とりの人が熊に襲われる理由【3】

 熊は藪漕ぎが好きでは無く、開けた平原や林道や登山道を好みます。だから山菜採りの人とかち合うことも多い。あと山菜とりで人が熊に襲われる場合、ほとんどが営林署の林道。林道は車が通らないので熊にとっては自分の庭みたいなもの。子熊と母熊が、林道をはさんで両側にいる場合、そこに人間がきたら危険もいいところ。子熊は二頭生まれるのが普通ですから、合計三頭が広範囲に散らばって山菜を食べている。そこに人間が入ることは非常に危険。





 それからツキノワグマの親子は、二年くらい一緒に行動します。ヒグマは三年。子離れが遅い。つまり二年目の子熊がいる可能性がある。
 見た目が巨大な熊でも、好奇心の高い子熊の可能性であるかもしれない。そうなると巨体の体の子熊が、興味本位で人間に近づいてくる可能性があり、それを見つけた母熊は、激怒して突進してくる。

 どうしてか?

 子熊が喰われると思っているからです。
 子熊の生存率は非常に低い。
 オス熊が殺しに来るからです。
 殺して食べてしまう。
 殺されては敵わないから必死になって防衛する。

 どうしてオスは、子熊を殺しに来るのか?

 オスのツキノワグマが子熊を殺す事例を世界で初めて学術的に確認したのは、熊関係で有名な栃木県の熊仙人こと横田さん。接骨院を経営している横田博さんです。それがNHKのテレビで放送されています。

 この横田さんは、それ以外にも数々の大発見をしています。
 例えば熊剥ぎと言われている行為が何であるかも横田さんの撮影によって原因が分かっています。

 熊剥ぎというのは、ツキノワグマが、カラ松の樹皮を剥いでしまう行為ですが、どうしてツキノワグマが樹皮を剥いでしまうのか長年わかりませんでした。ある研究者は、匂い付けのためではないかと言っていましたが、横田さんの撮影によってそれが違うことが証明されています。横田さんのカメラには、ツキノワグマがカラ松の樹皮を剥いで糖度の高い樹液をペロペロと親子熊が舐めているシーンがバッチリ映っていました。

 それから驚く話に、牛小屋の乳牛の隣に現れたツキノワグマ。なぜ牛小屋に現れたかというと、牛の飼料であるデントコーンを食べに来ていた。しかも頻繁に来ているせいか、牛は熊が来ても暴れなくなり、牛の隣で熊が堂々と寝ていることもあったという。

 しかも熊の足跡は三頭あった。けれど一緒に現れているのではなかった。まずオスがやって来て、牛のエサのコーンを食べる。その間、母親と子供の熊は林の中に潜み、オスがいなくなるのを待っている。オスが子熊を食べてしまうからだ。こういう驚くべき事実を横田さんは、次々と発見していった。

 こうして素人カメラマンの横田博さんが、接骨院をやりながら数々の大発見をしていった。28年間にわたってひたすらツキノワグマを追いかけた素人さんがプロの研究者も成し得なかったことを次々と発見し、学術論文に乗せるわけでもなし、ただひたすらにホームページで情報発信している姿は非常に健気な感じがします。これからも横田さんを個人的に応援していきたいと思っています。





 それはともかくとして、横田博さんが撮影していたツキノワグマの映像に興味深いものがありました。

 それはメスのツキノワグマが、二匹の子熊に授乳しているシーンなのですが、そのシーンが熊に見えなかった。
 人間にしか見えなかった。
 おっぱいを飲んでいる二匹の子熊に対して、そっとナデナデしていた。

 その姿は
「いい子、いい子、いい子だねえ」
と口ずさんでいるように見えた。

 人間のお母さんが、わが子を愛おしく抱きかかえているようにしか見えなかった。私も、いろんな動物の授乳シーンをみているけれど、子供を愛おしい目で見守りながら、そっとナデナデしている光景は、生まれて初めてみた。

 犬でも、鹿でも、猿でも、そっと我が子を手でナデナデしている姿は想像できないが、横田さんが撮影したツキノワグマの授乳シーンは、人間のように子熊に
「いい子だねえ」
とナデナデしていた。

 母熊の声が聞こえてくるようだった。
 私の目には人間の母親に見えてならなかった。
 それほど母性愛が圧倒的だった。
 人間の母親にしか見えなかった。

 猿では、こうはいかない。
 背中が曲がっている。
 しかし熊の背筋は直角にピンと伸びていて、人間と同じ姿勢をとることができる。
 二匹の子熊がおっぱいを飲んでいるのだが、母熊は、両手で抱え込んで、子熊に対してナデナデしつつ目をほそめていた。

 愛あふれるその行為に私は、
「熊は人間そのものだなあ」
と涙ぐみながら思ったわけだが、その思いは次のシーンで裏切られます。


 母熊が、あれほど子熊を大切に育てている親子熊のところに、オス熊が襲いかかってくる。
 子熊を食べるために襲いかかってくる。
 母熊は、必死になって抵抗する。
 命がけで戦うのだが、体格差はいかんともしがたい。
 それでも必死になって子熊を守ろうとする。

 しかしオス熊は、母熊と戦うというより、あくまでも子熊を殺そうと、その一点に全力集中する。
 母熊は、それをブロックせんと必死にもがくが、組み合って二匹とも崖に落ちていく。
 しかし、それはオス熊の作戦だった。母熊が崖を落ちた隙をついてオス熊がダッシュで戻って、子熊を殺してしまうのである。
 その瞬間、母熊は呆然と立ち尽くし、脱力してしまうのだ。

 その時の母熊の悲しそうな姿は涙無しにはみられない。
 きっと母熊は、このような体験を何度もしているに違いない。
 こういうことは、野生動物の間ではよくあることで、ライオンなどの猛獣も普通に子供を殺します。





 長い前置きになりましたが、ここで本題に入ります。
 山菜とりの人が熊に襲われる理由です。
 子熊の生存率が低い理由はすでに述べたとおりです。
 子熊がオス熊に食べられてしまうからです。

 そういう環境下で子育てをしている母熊がいて、そこに山菜採りの人間がノコノコやってきたらどうなるのか?
 母熊にしてみたら子熊のピンチを感じるに違いない。

 母熊は、つねに身構えている。
 子熊の命を守るために必死になっている。
 命がけで我が子を守っている。
 そこに不用意に人間が近づくとどうなるか?

 軽井沢でツキノワグマの保護管理に取り組むNPO法人ピッキオは、2021年9月23日にオスのツキノワグマが子熊を殺す事例を国際熊協会の学会誌「Ursus」に掲載しています。これはピッキオが、出産確認のために冬眠穴前に設置したセンサーカメラに子熊殺しの実際が写っていた。それについての報告ですが、撮影された映像は衝撃的なもので、四時間半にわたるものでした。

 2016年5月6日正午頃、メス熊(ミロク)とオス熊(アクオス)と二時間半にわたって壮絶な死闘を行いました。二時間半も母熊は子熊を守ろうと死にものぐるいで戦った。しかし、16時半頃にオス熊(アクオス)が、子熊をくわえて持ち去っていたことが映像として写っていた。
 戦い始めて4時間半もたっていた。4時間半も戦っても子熊を守れなかったメス熊(ミロク)の無念はいかに?

 子熊を殺されたメス熊(ミロク)は、満身創痍の傷だらけで、8日後の5月14日に冬眠穴から500メートルのところで死体で発見されています。この事例をみても、母熊にとって子育ては命がけであることが分かります。ツキノワグマに限りません。ヒグマにしても、ホッキョクグマにしてもオスの子熊殺しの事例は、数多く報告されています。

 熊に限らずライオンなどの猛獣も普通に子供を殺します。夫婦で協力して子育てするライオンでさえ、自分の遺伝子ではないライオンの子供を殺しまくる。縄張りに、流れ者のオスライオンがやってきて、縄張りのオスライオンが戦いに敗れて死ぬと、流れ者のオスライオンに子供のライオンたちは全て殺されてしまう。

 子供を殺してメスの発情を促し、自分の遺伝子を後世に残そうとする。だから夫を失った雌ライオンは、子供が殺される前に、わが子をつれて旅に出る。群れを離れてしまう。

 子供のライオンを狙うのは、流れ者のオスライオンだけで無い。チーター・ヒョウ・ハイエナ・リカオン・象などもすきあらば殺しに来る。子供を殺してライバルを減らそうとする。自然界には、そういう厳しい掟がある。

 そういう自然界の中で母熊は、ピリピリ生きている。命がけで子育てをしている。そういうピリピリしているところに呑気な人間たちがやってきたらどうなるか? 想像するだけでも恐ろしいと私は思ってしまう。

 一般的に母熊は、子熊を二頭産むので、二頭みかけたら、もう一頭、近くにいると思って間違いありません。その状態が一番危険な時です。母熊がどこかに隠れている可能性が高くて、子熊は無邪気にしている状態です。なので、二頭みかけたら人生最大のピンチだと思って、一刻もはやく立ち去るべきです。間違っても撮影しようとは思わない。子熊は二頭いるのが普通です。母熊を含めて合計三頭が広範囲に散らばって山菜を食べている。そこに人間が山菜採りに入るとどうなるか?

 これが登山客ならまだいい。登山客は、登山道をはみださないし藪の中をウロウロしない。だから母熊も、そっとやりすごすゆとりをもっている。しかし、山菜採りの人間は、そうではない。ウロウロしては子熊に近づいてくる。母熊のストレスはMAXになるに違いない。

 だから安易に春先に山菜採りに行かない方がいい。
 熊たちを刺戟しない方がいいのです。
 母熊が命がけで、子育てしているのですから。
 これは登山者にしても同じで、安易に登山道から離れない方がいいのです。




つづく。

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posted by マネージャー at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 自然−動物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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