それにしても時間が流れるのが早いこと。
あっという間に1年たってしまった。
息子も中学1年生になっている。
それにしても、ついこの間 息子が中学校に入学したかと思ったら、もう夏休みである。全く時間が経つのは早いものだ。期末試験もあって、その結果表も見せて貰った。驚いたことに主要科目の成績は、学年3位だった。男子に限って言えば1位だった。つまり学年1位と2位は女子ということになる。
それはともかくとして、 息子の中学校生活を見ていて驚いたことがある。昔と全く違うのだ。まず 学生カバンというものがない。代わりに巨大なランドセルを背負っている。どうしてかと言うと 教科書が圧倒的に分厚いからである。 そうなのだ、昔に比べて今は圧倒的に難しくなっている。覚える量がめちゃくちゃ多い。だから教科書も分厚いし、副テキスト、学習のための資料も非常に分厚い。おまけに分厚い問題集 までついてきている。学生カバンに入りきらない量なのだ。
だから巨大なランドセルを背負って学校に登校している。というか、あれは ランドセルではなくてリュックサックだ。 登山でいう60 L ザックを背負って学校に通っている。もちろん重い。とてつもなく重い。だから 保健体育 や技術といった副教科にあたる教科書 なんかは学校の机に置きっぱなしになっている。これはどういうことかというと、それだけ覚える量が増えているということなのだ。
もう一つ言うと息子の通っている中学校には中間テストというものがなかった。期末テストしかないのだ。週休2日制になっているためなのか、それとも 覚える量が多いためなのか、中間テストを廃止して代わりに通常の授業を行っていた。おまけにテスト期間中もしっかり 6時間授業をやっていた。
恥ずかしながら私は、こういう状況 を直前まで分かっていなくて、のんきに構えていた。
「あーもう期末テストなのか大変なんだなあ」
と、他人事のように構えていた。
漢字の練習と英単語の暗記だけは毎日やらせていましたけれど、他のことは放置していました。それでいいと思っていた。小学校の頃は、授業を真面目に聞くだけで100点を取ってきたのだから、中学校も 似たようなもんだと勝手に思っていたのだが、これが大間違いであったことが後でわかることになる。
で、テスト直前に、テスト範囲と教科書の中身を読んで愕然としてしまった。
あーこれはまずいと。
絶対に赤点を取ってしまうと確信してしまった。
授業を 真面目に受けた程度では、絶対に100点は取れない内容だった。
例えば 理科。小学校時代の息子は 授業さえ 真面目に受けていれば100点を取れた。息子は幼稚園の頃からE テレやBS プライムの番組をよく見ていたので、基本的な科学知識を持っていたので ちょっと勉強すれば100点を取れた。ところが 中学校ではそうはいかない。顕微鏡の種類や操作の仕方や、顕微鏡の部品の名称を暗記しないと点が取れないようになっていた。 そういったものは E テレ番組や、NHKのBS プライムの番組で学習する機会はないから分かりようが無い。
こいつはまずいと思った私は、学校が使っていた問題集を3部ずつコピーして、間違えたところだけを何回かやらせて赤点を回避する作戦をとった。 この方法は、昭和時代の東大生といった天才たちがよく使っていた勉強方法で、最短時間で資格試験に合格する方法です。天才たちは最も薄いぺらい過去問を3回解くだけで資格試験に合格します。しかも2回目以降は間違えたところしかやりませんから、最短時間で勉強が終了します。
幸か不幸か、それらの学校が使っていた問題集は、すでに宿題でやっていたので、間違えたところが分かっている。つまり息子が覚えるべきところが事前に分かっていた。そのへん運がよかったというか、先生の指導がグッジョブで助かりました。もし学校側が問題集を用意して宿題させて無くて、単なる板書しかさせない受業だったら、息子の奴は確実に赤点をとっていた。覚えるべき量が莫大になっていて、どこから手を付けるべきか途方にくれていたからだ。
これは間違いない。自信をもっていえる。
そう考えると令和時代の学校教育はも非常に進化していると言える。昭和時代の天才たち(東大生たち)がやっていた学習方法が、学校で普通に採用されていたからだ。羨ましいかぎりである。
私が中学生の頃は、ひたすら板書させられるという非常に効率の悪い勉強をさせられていた。おまけに参考書なんか買ってきて、そこに赤線をひくといった非常に無駄な努力をしたものだった。今から考えたら非常頭の悪いことばかりして時間を無駄にしていた。信じがたいくらいに能率が悪い勉強を強制されていた。それからしたら息子たちの時代は、非常恵まれている。最短時間で学習成果が得られるよう工夫されているからだ。
つづく
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