私は二十年以上前に知床の山中で四十回ちかくヒグマに出会っていますが、熊の習性は地域によってまったく違っていました。斜里町側と羅臼町側では全く違うし、同じ羅臼町でも一山越えると全くキャラクターが違っていた。相泊では鎖で繋いでいる犬が熊に食べられていた。
しかし、そこから5時間ぐらい歩いていったところの漁師小屋では、犬を放し飼いにしているためか、熊は漁師小屋に近寄らない。その小屋は無人の時に熊が侵入し、ジュースだのお酒だのを食べていてニュースにもなっているにもかかわらず犬を恐れて近寄ってこない。しかも、その犬というのは、チワワに毛の生えたような豆柴犬の雑種。
面白かったのは、ルシャというところの漁師たちと熊たちの関係。そこにはヒグマが大量にいて、熊たちが林道に入り込むと、漁師たちは車で追いたてる。熊は逃げる。といっても、林道から5メートルぐらい藪の中に入ったら、漁師たちは放置したままです。だから熊たちは、林道に入らないように、一日中、フキを食べています。こうして目と鼻の先で、共に生きているわけです。
こういうことが可能なのは熊の知能が高いからです。知能が高いゆえに個体によって性格の差がありすぎる。つまり熊に対する対処方法というのは、これといった決め手がない。傘を開くと逃げる熊もいれば、逆に向かってくる熊もいます。火を恐れる熊もいれば、恐れない熊もいる。逆に言うと、その知能指数の高さを、学習能力の高さを利用して、熊に対処することもできるはずです。
一般的に言って知能の高い動物は臆病。用心深い。だからこちらからサインを出して、相手に用心させれば、相手の方で勝手に消えてくれることが多い。もし出会ったら動かずに、じーっとにらみつける。場合によっては戦う事。絶対に死んだふりをしてはいけない。日本においては死んだふりをして助かった事例はない。たくぎん総研の報告では、鉈で戦ったケースが生還率が高いとある。臆病な動物ですから熊も驚いたのでしょう。
VIDEO 話は変わりますが三歳以上の日本犬が、あれほど排他的で攻撃的なのは、私たちの祖先が熊に対して対処するために改良した結果だと私は推測しています。熊は臆病ですから、訓練した日本犬を放し飼いにしていれば、熊たちは嫌がって近づかないはずです。
とは言うものの、今の日本の社会ではそういうことが不可能。そもそも熊は、犬より知能が高く学習能力も倍ぐらいある。訓練されてない犬と熊を競わせたら犬に勝ち目が無い。犬が熊に勝てるとすれば、人間によって訓練された犬しかないわけで、そうでない犬は無能もいいところ。
ペットの犬を連れて散歩中に野生の熊に出会ったら絶望的です。訓練されてないペットの犬は、飼い主を死においやる可能性がある。ペットの犬は、吠えて熊を挑発したあとに、怖くなったら飼い主の後ろに逃げることが多い。熊は逃げるものを追いかける習性があるので、飼い主の方に突進してくることになり、命が危険にさらされる。訓練した猟犬は、吠えながら熊を飼い主のいるところから熊を遠ざけてくれるし、そのあとに飼い主に戻ってくる。
そういえば去年の9月頃に小浅間山で二匹のイングリッシュセッターが迷っているのを発見した。連れて帰ろうとしたが、親子だったようで母親が攻撃してくるので連れて帰れなかった。仕方が無いので長野県と群馬県の保健所に連絡したわけだが、すでに失踪届はでており、飼い主さんと連絡が繋がって犬は無事に確保された。その時に保健所の職員が
「犬には帰巣本能がないのですか?」
と聞いてきた。
「ないです」
「ないんですか?」
「イングリッシュセッターは猟犬ですが、訓練をしないかぎり自力で家に帰ることはできません。どんどん迷子になって死を迎えるケースが多いと北軽井沢動物病院の院長さんも言ってます」
「そうなんですか?」
毎日のように犬を保護している保健所の職員からして、このレベルなので仕方ないことですが、犬は人間に似ていて訓練・学習してないと馬鹿になります。あれほど嗅覚に優れていても、ちょっと離れただけで自宅に帰れなくなる。最初から放し飼いにしていれば、そういう事はないのですが、常に繋がれたままの犬は、野生の熊に太刀打ちできない。
軽井沢では犬を飼う人が多いために、毎日のように迷い犬を探す情報がネットにでてきます。逃げ出した犬が帰れないで迷っている例がワンサカある。地域住民は、みんな軽井沢SOSという情報サイトに登録しているのですが、そこに毎日のように迷い犬を探している情報があがってきて、とんでもない所で発見されたりしている。
一番酷いのになると、軽井沢の街中で迷子になった犬が、二週間後に浅間山の頂上でガリガリに痩せた状態で発見されていた。犬を飼っている登山客が驚いて保護したのだが、どうして飼い犬が標高2568メートルの浅間山の頂上にいたのか不思議でならない。距離を考えてもそんなところに迷い込む理由がない。これを考えても犬に帰巣本能が無いことがわかります。
猟犬が必ず猟師のもとに戻ってくるのは、訓練されたからであって、犬という動物は訓練無しに何かができる動物では無い。人間と一緒で、学習することによって能力を発揮するタイプの動物です。そこが野生のオオカミと違うところ。
だから熊と犬では、圧倒的に熊の方が頭がいい。逆に言うと人間が訓練してやれば驚くほどの才能をしめすわけだが、あくまでも訓練すればのことであり、普通のペットとして飼われた犬は、野生の熊に対して驚くほど無能で、しばし飼い主を窮地に陥れます。
犬が大人になるのに一年ぐらいかかりますが、熊が大人になるのに四年もかかる。つまり学習期間が四倍ある。ヒグマの子供は、母熊と三年間も一緒に暮らす。三年間にわたる学習によって熊たちは大人へと成長する。犬の三倍の学習期間をもつわけで、そのうえ犬より二倍以上寿命が長い。つまり犬の倍の経験値をもつ。そのためにマタギたちは、非常に熊を恐れます。下手したら熊は人間よりも頭がいいとマタギたちは思っている。
実際、熊を飼ってる人たちの話でも、熊は頭がいいと言っている。長野市に宮崎さんと言う人がいて、その人は全国あちこちの動物園から子熊を譲り受けて、最大で十匹という複数同時に熊を育てた人ですが、その人の話によれば、ツキノワグマは、首輪とワラ縄の紐を付けない限り自分の家の敷地から絶対出ようとしなかった。隣地との境界線をしっかり認識していた。だから他所の土地に無断で絶対に入らなかった。で、首輪とワラ縄の紐を持ってきて、お座りして散歩のおねだりをする。
犬よりも猿よりも頭がいいけれど、宮沢さんが躾けたわけでは無い。相手が勝手に学習してしまったのだ。10匹同時に飼っているから、個別に躾けることなんかできない。一日に10分くらいしか相手してやれない。それでも10匹いるから100分も拘束される。動物王国のムツゴロウさんと違って宮沢さんは、ごく平凡なサラリーマンですから、熊の相手するのにも限界がある。
にもかかわらず、よく訓練された犬のように無邪気で礼儀正しくなっているのは、ツキノワグマがそれだけ知能が高いからで、この知能の高さと学習能力によって、人間に対して臆病にもなるし、いくらでも凶暴になりえる。
油断ならないのは、熊も病気をするということ。知床の事例で記憶しているのですが、人間に突進してくる熊がいて、それを殺して解剖したら末期癌だった。つまり、余命短い熊で激痛に苦しんでいた。激痛ために冷静な判断ができなくなり、用心深さも吹っ飛んでしまって人々に突進してきた可能性がある。そういう事例もある。そういうことも頭の隅に置いておくといい。例外もありえるということが。
ツキノワグマによる人身事故で一番有名なのは十和利山熊襲撃事件だと思います。これはどういう事件かと言うと、2016年(平成28年)5月20日から6月10日にかけて、秋田県鹿角市の十和利山山麓で発生した事件で、ツキノワグマが山菜採りに来ていた人を襲って四人が死亡、四人が重軽傷を負ったというもので、ツキノワグマにおける最悪の獣害事件で、非常に珍しいケースです。
で、これと似たケースが、軽井沢でもおきています。やはり5月から6月にかけて山菜とりの人が軽井沢でツキノワグマに襲われています。どうして山菜採りの人が襲われるかというと、熊は、自閉症的に、確保した物や場所を保持しようとします。そこにライバルがやってくると、ライバルを排除する習性があります。
長野県・秋田県の山菜採りの人は、趣味で自分が食べるために採ってるというより、業者さんのように大量に山菜を採る人たちで、そういう人たちが自分のテリトリーを荒らし回るわけですから、熊たちは怒って排除する。一般的に言って熊は、エサをみつけたら、そこから動かずに食べ続けます。山菜は、食べられる時期というか瞬間が短いですから、それを横取りしようとする奴が現れたら怒るのが当然です。
また、この時期は、発情期のちょっと前に当たり、オス熊は、体力を蓄えなければなりません。人を襲って大惨事になるのは、このオスの方です。十和利山熊襲撃事件における四人の犠牲者のうち三人を襲ったとみられている熊もオス(84キロ)で、四歳だったといいます。
あと熊は藪漕ぎが好きでは無く、開けた平原や林道や登山道を好みます。だから山菜採りの人とかち合うことも多い。
私も鼻曲山で何度も熊に会ってますが、姿を見ることはあまりなく、藪の中にいるのを確認することが多い。私たちが登山道を歩くと、先に気がついた熊が藪に隠れているわけで、藪をミシミシ言わせて大きな黒いものが動いているのがみえたり、藪が動いているのがみえたりする。
こういう時は、かならず匂いがします。で、私たちが去って行くと、熊も登山道にもどって、食事を再び始める。もし、私が、そこに留まって山菜を採っていたら襲われた可能性があります。
それから山菜とりで人が熊に襲われる場合、ほとんどが営林署の林道。営林署の林道は車が通らないので熊にとっては自分の庭みたいなものです。子熊と母熊が、林道をはさんで両側にいる場合、そこに人間がきたら危険もいいところ。
子熊は二頭生まれるのが普通ですから、合計三頭が広範囲に散らばって山菜を食べている。そこに人間が入ることは非常に危険。
それからツキノワグマの親子は、二年くらい一緒に行動します。ヒグマは三年。子離れが遅い。つまり二年目の子熊がいる可能性がある。
見た目が巨大な熊でも、好奇心の高い子熊の可能性であるかもしれない。そうなると巨体の体の子熊が、興味本位で人間に近づいてくる可能性があり、それを見つけた母熊は、激怒して突進してくる。
どうしてか?
子熊が喰われると思っているからです。子熊の生存率は非常に低い。オス熊が殺しに来るからです。殺して食べてしまう。殺されては敵わないから必死になって防衛する。
どうしてオスは、子熊を殺しに来るのか?
長くなったので、続きは明日に。
つづく。
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