久しぶりにブログを更新します。 十月に入ってから、雨ばかり降っていて憂鬱になってしまいますね。今年は、宿を大胆に休館して息子連れて登山ばかりする予定だったのですが、雨ばかりで大幅に予定が狂ってしまいました。今日も雨が降っていますが、気分直しに、 十日前に登った槍ヶ岳の話でもしようかと思います。
十日前といえば、ちょうど十月の連休があった時ですが、珍しく晴天に恵まれた連休でした。お客様が出発したあと、大急ぎで部屋掃除をして、十一時頃に、上高地に向かいました。連休最終日と言うこともあって道路が混雑しており、上高地に到着したのは十五時三十分でした。日没まで二時間を切っていたのです。
四歳児を連れて上高地から槍ヶ岳に登る方法は、一種類しかありません。
上高地・・明神池・・徳沢・・横尾・・槍沢ロッジ・・槍ヶ岳山荘のコースです。
大人が普通に歩けば 往復二十四時間。
やや健脚向きのコースで三泊四日のコースです。
予備日を入れれば四泊五日でしょう。
なので幼稚園にも一週間のお休みの電話をしました。
息子が楽しみにしていた幼稚園行事もお休みです。
宿屋も月曜日から金曜日まで休館にしてしまいました。
上高地に到着したのが十五時過ぎ三十分。普通なら上高地で宿泊です。山小屋は、一般の宿と違って、チェックインの締め切りが早いのです。十七時を過ぎてチェックインしようものなら怒られます。山小屋によっては怒鳴られることもあります。
(もっとも現在ではそういうことも少なくなっているかもしれませんが、昔は「山をなめるな」と怒られていました)
なので普通なら上高地で宿泊なのですが、天気予報を見ると、 三日後に雨が降る予報。急がないわけにはいかなかった。なにしろこっちは四歳の子供連れです。岩場の多い槍ヶ岳のルートを四歳児に歩かせるわけにはいかない。岩が濡れると非常に危険なのです。
さらに低気圧が近づくと、空気が薄くなって高度障害(高山病みたいなもの)がおこりやすくなります。 四歳児にそれが起きると、それが原因で他の病気を併発することもあります。それらを考えると、少しでも先に進みたかった。なので、 三時間かけて横尾山荘まで歩くことにしました。
もちろん山小屋の御主人に「非常識すぎる」と怒鳴られないように観光協会を通して予約を入れようとしたんですが、観光協会は「熊が出るから」と受け付けません。夜間に登山道を歩く行為は危険なので、私だってお客さんにお勧めしません。しかたがないのでパンフレットだけもらって、歩きながら自分で交渉をすることにしました。
「もしもし、横尾山荘ですか? 今日泊まりたいんですけど」
「今どちらですか?」
「明神の手前です」
この答えは正確ではありません。
まだ上高地にいたからです。
でも上高地だって、明神の手前です。 四キロほど手前。
そういう屁理屈で、相手をだまして予約の電話をいれました。
「明神からだと、到着時刻には真っ暗になりますけれどヘッドランプを持っていますか? 」
「もちろん持っています」
「何名様ですか? 」
「大人二人と子供が一人です」
「お子さんは何歳ですか?」
「年中組です」
四歳と答えると、宿泊を断られる可能性があったので、あえて年中組と答えたんですが、それでも幼児連れとあって電話の相手は急に渋り出しました。
「明神で宿泊されたらどうですか?」
「どうしても今日中に横尾山荘まで行きたいんですよね」
「うちに泊まったことありますか? 山小屋ですよ」
「もちろん何度も泊まったことあります。何十回も止まっています。息子も山小屋に何度も泊まったことがありますので大丈夫です」
「でも幼児ですよね」
「三歳の頃から自分の足で三千メートル級の山に登っていますので素人ではありません。御心配をおかけすることはないと思います」
「・・・・」
こうして粘り強く交渉した結果、なんとか宿泊予約が取れたのですが、冷や汗ものでした。もし上高地から電話していることがバレたら確実に断られていたでしょう。だから「明神の手前」と嘘も方便をつかったわけです。
ちなみに一般的な山小屋は十七時に夕食です。
そして二十時頃に消灯となります。
しかし横尾山荘は、十九時までに食事を取ればいいと言ってくれる。ずいぶんのんびりしてるなぁと思ったのですが、その理由が後で分かりました。私たちと同じように遅く到着する旅行会社の登山パーティーの予約が入っていたからです。関西からバスに乗って上高地に来る登山系旅行会社(◆◆旅行社)の団体さんが、私たち親子の前を歩いていたからです。
「うわー、ガイド付きとはいえ、これはありえんわ」
と、自分たちのことは棚に上げて呆れながら後をついていきました。歩く速度も速くて、駆け足に近い速度です。もちろん私たち親子も、ほぼ駆け足に近い速度で歩かないと、日没となって危険になるので急ぎ足です。途中、団体さんを追い抜いて、横尾山荘に到着したのが十八時前。辺りは真っ暗でした。
横尾山荘の御主人は、非常に優しい方で、ベットは添い寝・食事は取り分けにしてくれました。おかげで安く泊まれました。この山小屋は、幼児連れに対するサービスが良く、風呂も豪華でした。日本一豪華な風呂がある山小屋だと思います。
http://www.yokoo-sanso.co.jp/http://www.yokoo-sanso.co.jp/information息子は久しぶりの山小屋泊に大喜びで、はしゃぎまくっていましたが、なんとか他人に御迷惑をかけずにすみました。ここで息子は山小屋式トイレを経験し、大きなウンチを排泄。消灯は二十一時。朝食は五時の山小屋式タイムスケジュールも体験します。
翌朝、私たちは槍ヶ岳を目指しました。四歳児連れの槍ヶ岳方面の出発は、かなり目立ったようで、大勢の登山客が息子を応援してくれます。息子の方も調子に乗って、先頭を歩きたがります。そして槍ヶ岳から降りてくるお客さんを見つけると大きな声で
「こんにちわ!」
と挨拶をします。するとお客さんから
「すごいなぁ」
「何歳かな?」
「がんばれよ」
と応援してくれるので、それが非常に嬉しかったようです。私が息子を追い抜いて先頭に出ようとしようものなら、烈火のごとく怒り出して、ブロックしてきます。自分が先頭を歩かないと気が済まないようです。そして、大勢の登山客に挨拶します。
と、このように書くと、うちの息子はさぞかし運動神経が良いだろうと思われがちですが、そういうわけではありません。運動会のかけっこでは、いつもビリです。 十メートルくらいは普通にはなされてしまいます。キャッチボールも五メートルまでで、それ以上の距離が離れるとボールが届きません。バク転も、逆立ちも、逆上がりも、教えてはいるのですが、まだ無理です。 三月生まれのハンデを考慮したとしても、決して運動神経が良いとは言えません。
要するに息子の運動能力は登山に特化したものなんです。
かけっこが遅い理由も、登山に特化したためです。私は何度も、山道を走る息子を叱っています。登山道を走ると大怪我するからです。そのために息子は、いつも五割の力でしか走らなくなりました。唯一の例外が浅間牧場で、一面芝生だらけなので、浅間牧場では全力疾走を許しているので、この場所だけでは親よりも速く走ります。けれど、他の登山道では走ると私に怒られるので、ゆっくりとしか走らなくなりました。なので、幼稚園でかけっこをすれば、必ずビリです。
また、登山という世界は、楽しみながら歩くのがメインですから、競争するという考えもありません。私たちの登山スタイルは、疲れたら休む。そしておやつを食べる。だから息を切らして山に登ることはないんです。
そもそも四歳児の幼児が息を切らしてまで登山道上ることなんてありません。もちろん親の私は重い荷物を背負っているので、ハァハァーゼーゼー言いながら登りますけれど、息子は息を切らしてまで登りません。疲れたら
「疲れた」
と言って立ち止まります。
だから、息子が疲れないように、長年培ったテクニックを使います。アミノバイタルゼリーやアミノ酸系ドリンクを飲ませるんです。そうすると疲れないし、水分もとれます。案内表示ごとに写真を撮ったり、おやつを食べたりしてやる気を出させます。
パブロフの条件反射のように「山を歩くイコールおやつを食べる」というのを徹底的に脳に植え付けるんです。そうすると嫌でも登山好きになってしまいます。また、下山後は、かならず温泉に入って、息子の好物を与えています。最後が楽しければ、楽しかった思い出しかのこりませんので、こうやって簡単に洗脳します。そのために登山すると逆に体重が増えるという逆転現象がおこります。
実は、この方法は、登山に限らず、いろんなことに有効でした。 二歳〇ヶ月の時は、この方法によってひらがなカタカナ数字アルファベットなどを二週間ぐらいでマスターさせています。三歳〇ヶ月の頃は、漢字を読めるようにしました。ただし、書けるようにはなっていません。指の力がないうちに文字を書かせるのは危険なので、これは五歳になるまでやらないようにしています。
話がそれました。
槍ヶ岳登山の話です。
横尾山荘から槍ヶ岳までは、普通に歩くと八時間ぐらいかかります。この八時間時間というのが、くせ者で、どんなになだらかなコースでも八時間以上歩き続けると、急激に体に負荷がかかるんです。だから八時間で槍ヶ岳に到着しなければいけません。
昔、『風のたより』という旅人の集まりで、二十代の若者を数十人連れて、横尾山荘から槍ヶ岳山荘を目指したことがあるんですが、残念ながら到着しませんでした。槍ヶ岳の手前の殺生ヒュツテと言う山小屋までしか到着できなかったんです。
距離が長かったこともありますが、標高が高くて空気が薄いために体調崩した初心者が多かったために、八時間で殺生ヒュツテまでしかいけなかったんです。あと一時間かければ、槍ヶ岳山荘に行けなくもなかったんですが、その一時間オーバーが、命取りになることが多いんですよね。だから八時間以上の登山になると、
『残業タイムに入った』
と言って、登山リーダーは要注意で、メンバーの様子を見るわけです。
必要以上に息を切らしてないかとか、靴擦れをしてないかとか聞いた上で、唇を見たり、手の爪を見たりするわけです。そして、極端に紫色の唇をしてる人がいたら要注意なんです。その人は、それ以上歩かせたら、高度障害になる可能性が出てくる。そのあたりは三十年間の登山ガイド経験で、嫌と言うほど体験しているので、四歳児をコースタイムどおりに登らせなければならない。
で、息子と嫁さんに、後先を考えずに、アミノバイタルやアミノ酸飲料を断続的に与えました。最初は、三十分ごとに休憩して与え、終盤には十分おきに休憩して与えました。休憩時間は一分。それ以上休むと筋肉が固まるから、終盤は小刻みに休憩で、おやつを食べてるんだか、山を登ってるんだか分からなくなるような登山になります。
私は、もっぱら写真撮影。
槍沢カールの紅葉は、それは美しかったです。
みんな紅葉を目指して涸沢とか天狗原の方に行きますけれど、槍沢だって決して負けてはいません。もちろん穂高連峰の魅力も捨てがたいものがありますが、あそこは四歳児には、ちょっと岩場の難易度が高すぎるんです。槍ヶ岳なら、頂上付近を除いて四歳児でも充分に登れるコースですから、穂高連峰は息子は五歳になるまでとっておきます。登るなら来年以降です。
十四時。槍ヶ岳山荘に八時間かけて到着。直ちに槍ヶ岳山頂に登ろうかと思ったんですが、稜線上は風速二十メートル近い強風。頂上への登り口に行ってみたら強風のあまり息子は立っているのがやっと。息するのさえ苦しそうで今にも泣き出しそうでした。
「これは無理だな」
と思ったので、頂上アタックは、翌朝に変更して山小屋でゆっくり休むことにしました。
ちなみに槍ヶ岳山荘では、幼児の添い寝というシステムはなく、四千円くらいの幼児料金が取られます。取り分けのシステムもなくて、取り皿も出してもらえません。ここが八ヶ岳の赤岳山頂小屋と違うところです。
しかし山小屋自体は豪華な建物で、料理も美味しいです。うちの息子は、スタッフの人から御褒美のおやつをもらっていました。きっとお子さんがおられるスタッフさんだったのでしょう。四歳児が標高三千メートルの山小屋まで八時間かけて自力で登るということが、どれだけ苦労するのか、どれだけ凄いことなのか自分が子育てしてみて分かっているんだと思います。それが証拠に、若い登山家には、四歳の息子をみても無反応ですからね。
ちなみに息子は、よほど腹が減っていたのか、御飯が美味しかったのか親の御飯の大半をペロリと食べちゃいました。こんなことなら取り分けにしなければよかった。食事を三人前注文すべきだったと後悔しました。それだけ御飯が美味しかった。
ただし、一部の登山家には大変不評でした。というのも山小屋でビールを売ってなかったからです。
「ホームページに山小屋で飲むビールは最高に美味しいと書いてあるから、それを期待して登ったのに、次のヘリの便でも送ってこないなんて詐欺だ」
と怒っていました。うちの嫁さんは「なんでそんなことで怒るんだろう?」と、そういう人たちをクレーマー扱いしていましたが、これは文句を言う人の言い分が正しいと私は思います。ビールは売り切れて、その補充を今後しないんであれば、ホームページにそれを書くべきだったでしょう。
「山小屋の終了が近いのでビールの補充ありません」
と書いてあれば、登山家の連中は自分でビールを持参して登山したと思います。それを書かずに「山小屋で飲むビールは最高」とホームページで宣伝して、欠品してもビールの補充をしたいのであれば、ビール党に言わせれば詐欺師に騙されたも同じです。うちのスタッフの土井くんだったら怒り狂っていたかもしれません。
ただし、私ならビールなどのお酒は飲みません。高度障害にかかりやすくなるからです。ましてや低気圧が接近してるなら尚更です。念のために息子の体調を確認してみたら全く異常ありませんでした。相変わらず健康そのもので、ハイテンションになって談話室のクライミング練習用の壁を登って遊んでいます。
「こいつは、どんだけ元気なんだ!」
と呆れかえりました。
それに対して嫁さんは唇が紫色。高度障害になる可能性がありました。無理もありません。出発直前まで連休で満室の宿をきりもりしていたからです。睡眠不足で高度障害にかかりやすくなっていたのです。しかし心配してませんでした。薬も与えているし、対策も伝授しているからです。第一、私たち夫婦は、槍ヶ岳に十数回登っているからです。
私は、みんなが寝静まったあと、こっそり外に出ました。
風はあいかわらずでしたが満点の星空でした。
このぶんなら明日の早朝は、すばらしい御来光がおがめそうなかんじでした。
つづく。
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