2015年06月13日

公園で遊ぶことの意味3

公園で遊ぶことの意味3

 先日、 2歳2ヶ月になる息子の靴を買いに行った。靴が小さくなった訳では無い。履き潰してしまったのだ。子供が生まれたときに、諸先輩方方から、子供はすぐ大きくなるから、靴は大きめに買っておきなさいと言われていたが、うちの息子に関してはそんな心配は要らなかった。足が大きくなって靴が履けなくなる前に、靴を履き潰してしまうからである。 2か月から3ヶ月もすれば靴底がつるんつるんになり、足先から靴下が見えてくるほど擦り切れて来るのだ。

 無理もない、毎日、 2キロから3キロぐらい浅間牧場を歩いているのだから。しかも、うちの息子は体重が重い。だから靴にかかる負担も大きい。すぐに靴がダメになってしまう。せいぜい3ヶ月ぐらい持てば良い方だ。下手したら2か月ぐらいでダメになってしまっている。しかし、ここ数日間は、浅間牧場ではなくて、児童公園に行ってるので、これからは、靴も多少は長持ちするのでは無いかと思っているが、こればっかりは試してみないとわからない。しかも子供の靴は私の靴よりも高額である。高額なくせに、すぐにダメになってしまう。

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 まぁそんな事はどうでもいいとして、息子を公園に連れて行くと、面白いことに気がつく。日曜日に来るお父さんお母さんと、平日に来るお父さんお母さんでは、別人のような違いがあることだ。日曜日に来るお父さんお母さんは、カメラを持ってきている。明らかにお子さんを撮影するために来ている。そして、家族みんなで楽しんでいる。おじいちゃんやおばあちゃんも一緒に来ているケースも多い。

 これが平日だと、カメラを持ってくるお父さんお母さんを見つけるのが難しい。もちろん平日であるから、普通のサラリーマンで無い事は確かだ。おそらく自営業者ばかりだと思われる。知り合った人の中には、宿屋だったり、レストランオーナーだったり、会計事務所の人だったり、比較的時間が自由になる人たちが多かった。そういう人たちは、公園で子供に譲り合いなども躾けたい感じで、単に遊ばせているのが目的には見えない人も多い。この辺に自営業者達の目的意識が見えたりするから面白い。

自営業者達にとって、 1番大切なものは人との繋がりであるから、そういうものをお子さんに教えるのは、公園が1番なのだろう。間違えても私のように、息子を牧場や小浅間山に連れて行くような事は無いのかもしれない。そういえば、 0歳児、 1歳児、 2歳児のお子さんを連れて山に登っている人を、浅間牧場を一蹴している人を、私は過去に1度も見たことがない。

 話を戻す。

 公園で仲良くなったお母さんの中に、オムツをはかせる時に暴れまわると嘆いている人がいた。普通、そういう悩みを持つ人は少ないので、どうも変だなぁと思っていたら、子供にテレビを見せてないという事だった。

 当然のことながら幼児にテレビを見せなければ、キャラクターに愛着が湧かない。
 そうなると、オムツをはかせる時に暴れまわっても仕方がないのである。

 しかし、テレビを見せればたちどころに解決してしまう。例えば、うちの息子には、 NHKの教育テレビをよく見せている。当然のことながら、おかあさんといっしょなんかを見ている。そこには、ムテキチ・ミーニャ・メーコブといったキャラクターが出てくるのだが、そのキャラクターがあるオムツを買えば良いのだ。そうすれば、

「ムテキチを履こうね」
「ミーニャだよ」
「メーコブのオムツに変えようね」

と言って簡単にオムツをはかせることができるのである。

 子供にとっては、キャラクターは魔法の言葉である。
 ご飯を嫌がっていても、
 アンパンマンのスプーンを与えれば、
 食べるかもしれないのだ。

 しかしそのためには、アンパンマンを見せなければいけない。幼児にテレビを見せないと言う選択もありだが、その選択は、お父さんお母さんに重労働をもたらすかもしれないのである。それを説明したら、オムツをはかせることで悩んでいるお母さんは衝撃を受けていたようだ。あのお母さんは、あの後、子供たちにテレビを見せるようになったのだろうか?

 長い前置きになってしまったが、ここから本題に入る。

 幼児の世界には、彼らなりの論理があったりする。例えばうちの息子に関して言えば、歩行中にマンホールを見つけると、どうしてもその上に足をつけてからでないと気が済まない。ホームセンターの通路に、点線のようなものがあった場合も、必ずその上を歩かないと気が済まない。まぁそういった彼らの独特の論理やこだわりがあったりする。それを親が無視すると、いきなり泣き出すのである。

 最初、息子を児童公園に連れて行った時に、適当な時間になったので帰ろうとすると、息子が烈火の如く怒り出して泣きわめいた。なので、 2回目から好きなだけ遊ばせてみたら、ちょうど55分になるとピタリと遊びを止めて、駐車場のほうに自分から歩いて行きだした。これも息子なりの独特の論理やこだわりなのかと思い、 1週間ぐらいそれを続けたら、やはり55分でピタリと遊びを止めた。不思議なのは時計もないのに、正確に55分でピタリと遊びをやめることである。誤差は1分もない。恐ろしいほどのこだわりに驚いてしまう。

 要するに彼らには彼らの、論理とこだわりがあるのだ。それを尊重すれば、物事はスムーズに進む。幼児にぐずっられずに済むのである。そして、どういうわけか、私は息子の論理やこだわりを発見するのが得意であった。おそらく私に弟が2人いたことと無関係ではないだろう。だからなぜ息子が泣き出すのかある程度わかった。

 分かれば対処も簡単になってくる。彼らの論理とこだわりに沿って、オムツを履かせたり、食事をさせたりすれば良いからである。だから、 Eテレのキャラクターが入っているオムツを買って履かせている。息子のこだわりをうまく利用するためである。

 ただし、息子のこだわりが分かったとしても、
 それに100%付き合うという事は無い。
 ある程度は付き合うけれど、できないケースが多い。
 だから、どこかで線引きが必要になってくる。

 どんなに泣き喚いても、社会には、息子のこだわりとは、別のルールがあると言う事を教えなければいけない。そのために、最も効果的に教えることができるのが児童公園であった。息子はいつも、児童公園で遊ぶ遊具の順番を決めていた。しかし、混雑しているときは、別の人が遊具を使っているケースもある。そういうときに、社会には順番というものがあることを教えられるのが児童公園だったりするのだ。そういう意味で、児童公園は最高の教育環境でもある。息子の写真や動画を撮っている暇は無いのだ。もちろん撮っているけどね。


つづく。

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2015年06月12日

公園で遊ぶことの意味2



 息子を公園に連れて行くようになった経緯は、前回述べた。

 要するに、坂道が嫌いになってきたのである。そして、後ろ向きに歩いて坂を登るようになってきた。タコ踊りのように両手を振り回しながら登ることもあるし、急な坂は、ジグザグに登ったりする。階段は好んで上るが、私の手を握り、持ち上げて貰おうとする。ありとあらゆる手段を用いて、楽に坂道を上がろうとするのだ。まだ2歳2ヶ月だというのに、悪知恵が働くのに呆れてしまう。そのうち私の前進を阻むように駄々をこねる。仕方が無いので肩車するはめになる。これでは、運動にならないので軽井沢の児童公園に連れていくようになってしまった。

 私としては、もっと自然の中で遊ばせたいし、どこにでもあるような公園で遊ばすのには否定的だった。しかし、背に腹は代えられない。運動させるためには、公園にいくしかないのだ。で、児童公園での息子は、どんな坂も階段も休み無く登って遊ぶ。万歩計で計測すると3キロ以上歩いている。それほど公園の遊具に熱中する。

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 こういう事は以前にもあった。息子が生まれてから、あまりおもちゃを買い与えてなかった。浅間牧場や浅間園の道端に落っこちている、木の切れ端や、石ころなんかをおもちゃがわりにして遊ばせるようにしていた。自宅では、茶碗やお玉やフライ返し何かをおもちゃにして与えていた。けれど、それではあまり器用にならないのである。お客さんの子供さんの方が器用なのだが、器用な子に限っておもちゃをたくさん持っているのである。それで試しに、うちの息子にもいろいろなおもちゃを与えていたら、息子もどんどん器用になっていった。

 昔の人は、おもちゃなど与えられなかっただろうし、その辺にあるものをおもちゃにしていたと聞いている。だから我が息子にも、それで10分だと思ったのだが、そういうわけにはいかなかった。やはり子供には、おもちゃが必要なのだと思わざるを得なかった。今にして思えば、私は頭でっかちだったんだと思う。

 洋の東西を問わず、
 どこの国にも子供の玩具が存在するということは、
 そこに何か意味があるのである。
 よく考えてみれば、当たり前のことであった。

 話がそれた。話がそれたけれど、公園で遊ぶという行為も、
 ある意味おもちゃで遊ぶという行為と似ているかもしれない。
 ある意味、公園の遊具は大きなおもちゃのようなものだからだ。

 私は、息子に対して野生児のように育てようと思い、盛んに牧場や山に連れていったのだが、それでは野生児にはならなかった気がする。逆に児童公園に連れて行くようになってから、どんどん野生児っぽくなってきた。公園の子供たちが、危険な梯子や、ジャングルジムや、ロッククライミングの遊具や、巨大な滑り台で遊んでいるのを息子が見て、真似をするからである。真似をすることによって身体能力が鍛えられてくる。

 今では、鉄棒にぶら下がるようになったり、垂直の梯子を登るようになってきた。巨大な網にも上るようになってきた。もちろん2歳2ヶ月の子供には危険な行為なので、私がつきっきりでサポートをしている。浅間牧場や小浅間山では、こういうことができるようになったかは疑わしい。第一、木登りしようにも、 8割以上の樹木に、蔦漆が絡みついて、危険でしょうがない。それ以前に、マダニが怖くて薮なんかに入れない。なまじ私に、自然に対する知識があるために、どうしてもセーブしてしまうことが多い。だから私が、自然の中で野生児のように息子を育てる事は、そもそも難しかったのだ。その点、児童公園の遊具は素晴らしい。 2歳2ヶ月の子供にも、それほど危険がなく遊べるように設計されている。これらの遊具に、小さい頃からなれ親しんでいた軽井沢の子供たちは、息子などよりはるかに上手に遊んでいた。

 私の息子は、それらの遊具に慣れてなかったので、児童公園に連れて行ったら面白いことが起きた。いきなり遊具の周りをぐるぐると走り始めたのである。そして、恐る恐る触っては離れ、触っては離れるを繰り返した。その間ずっと走りっぱなしである。うちの息子は、 0歳の頃から、牧場や山に連れて行ったためか、足腰と心肺機能だけは異常に強く、 1時間走りっぱなしでも息を切らすことがないのである。もちろん私も、後をついて歩かなければならないので、 1時間ずっと歩きっぱなしである。それでは面白くなかろうと、無理矢理に抱きかかえて、滑り台に載せようとすると、怒りだした。どうやら余計なお世話だったらしい。

 こんな調子で、児童公園に何度か訪れると、今度は、自分で遊び方を見つけるようになった。よそのお兄ちゃんやお姉ちゃんの真似をしだしたらしい。真似はいいのだが、危険な真似をするのである。ほぼ垂直の梯子を登ろうとする。そもそも、きちんと歩けてないのに、梯子を登れる訳がないと思ったら、それが登れたりするのだ。おまけにクライミング遊具まで登り始めた。 2歳2ヶ月の子供には、ちょっと無理ではないか?と思えるようなこともするようになってきた。

 ここでやっと気がついた。野生児というのは、野生の中では生まれない。ということだ。自然が豊かなところで散歩することは、健康面においても素晴らしいことなのだが、それによって特別な身体能力がつくかどうかというと、必ずしもそうでは無い。もちろん、免疫細胞が増加して、抵抗力がつくようになり、その上基礎体力はついただろうけれど、子供の好奇心や発達を促すのには、児童公園の遊具や、おもちゃがも重要であるかもしれない。また、それらの遊具やおもちゃを自由に使いこなす先輩も必要なのかもしれない。真似をするべき対象がないと、上手に使いこなせないからだ。

 それともう一つ気になったことがある。

 児童公園に来た最初の頃は、自分1人で遊んでいた。私はそれをサポートするだけだった。しかし徐々に変化が起きてきた。 2ヶ月もすると、親と遊びたがるようになってくるのである。例えば、最初の頃は滑り台を好んでいた。これは1人で遊べるからである。とこすすろがしばらく経ったらシーソーで遊ぶようになる。親と一緒に遊べるからだ。で、次第に、親のサポートが必要となる遊具に向かうのだ。具体的に言うと、梯子とか鉄棒とかクライミングにチャレンジするのである。これは、親が体を支えてあげないとできない遊びである。こうなってくると、遠くのベンチで見ているだけでは済まされない。四六時中、公園で一緒に遊ばなければならなくなる。これが非常に疲れるのだが、これによって息子が健康になっていくのであれば仕方ないと諦めている。

つづく。

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2015年06月06日

公園で遊ぶことの意味1

 最近、軽井沢の公園に通っている。息子に運動をさせるためである。以前は、浅間牧場や浅間園を息子と一緒に歩いたのだが、最近は、坂道になると嫌な顔をするようになってきた。そして、後ろ向きに歩いて坂を登るようになってきた。タコ踊りのように両手を振り回しながら登ることもあるし、急な坂は、ジグザグに登ったりする。階段も好んで上るが、私の手を握り、持ち上げて貰おうとする。

 ありとあらゆる手段を用いて、楽に坂道を上がろうとするのだ。
 まだ2歳2ヶ月だというのに、悪知恵が働くのに呆れてしまう。
 そのうち、ダッコや肩車を要求してくる。
 もちろん、まだ言葉は充分に話せない。
 私の前進を阻むように駄々をこねる。
 仕方が無いので肩車するはめになる。

 これでは、運動にならないので軽井沢の児童公園に連れていくようになってしまった。私としては、もっと自然の中で遊ばせたいし、どこにでもあるような公園で遊ばすのには否定的だった。しかし、背に腹は代えられない。運動させるためには、公園にいくしかないのだ。

 不思議なことに、児童公園での息子は、どんな坂も階段も休み無く登って遊ぶ。万歩計で計測すると3キロ以上歩いている。これは浅間牧場を歩くのと同一距離である。しかも時間が半分しかかかってない。それほど公園の遊具に熱中する。

 こんなことを毎日続けていたら、同じくらいの子供さん連れの公園の常連さんと仲良くなってきた。というか、自然に仲良くなるシステムが確立しているのに気がついた。

 公園に幼児を連れてくる御両親は、子供に運動させたいだけではなかった。子供に譲り合いなども躾けたいみたいなのだ。だからパパもママも必要以上に礼儀正しく、譲り合う。あまり譲り合いすぎて、滑り台が混雑するくらいだ。もちろん私も同じである。すると、息子もそれを真似して、譲り合うようになった。

 と言っても2歳2ヶ月の幼児に「譲り合い」なと理解しているわけがない。今は、真似をしているだけなんだと思う。しかし、それでいいのである。そういう真似をさせるために、必要以上に、お父さん、お母さんは、公園で良い人を演じるのかもしれない。それに気がつくと、公園で遊ばせるのも、悪くないことだなあと思うようになってきた。

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つづく。

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2015年06月04日

小さな幸せを見た瞬間、心が癒されることについて

 今年もたくさんの新しいお客様に宿泊していただいた。本当にありがたいことである。特に平日にお客様が増えた。原因は天候のおかげかもしれない。うちのような自然の中にある宿は、天候の影響がかなり大きい。晴れが続けば、お客様も5割増に増える。逆に雨が続けば半分に減ってしまうのだ。

 だから雨乞いをしている農家の皆さんには申し訳ないが、宿屋のマネージャーは、雨を降らないでくれと祈ることが多い。もちろん私も外出する機会が多くなった。天気の良い朝は、愛犬コロを連れて小浅間山や浅間山に登る。そして帰って朝食を食べた後に、息子を連れて浅間牧場を散策する。これもすべて天気が良いおかげである。天気が良いからこそ、私も息子も愛犬コロも運動する機会が持てるのだ。

 逆に雨が降ると、散歩ができなくなる。
 しかし運動しないわけにはいかない。
 そこで息子を図書館に連れて行く。
 嬬恋村に図書館はあるのだが、無人図書館である。
 無人なので誰もいない。
 そもそも、図書館を利用する人を見かけたことがない。
 いつ行っても誰もいないのだ。

 それどころか、図書館の玄関口に本棚があって、いらなくなった本を持ってくる村民が多い。いらなくなった本なので、欲しい人は自由に持ち帰ることもできる。無料のブックオフみたいなものだ。だけど持ち帰る人はほとんどいない。なので下手したらゴミ捨て場のような場所になりつつあるので、もっぱら私がひとりで持ち帰っている。なぜならば私は本が大好きだからだ。

 まぁそんな事はどうでもいい。
 息子のことだ。

 雨が降ると、散歩ができなくなる。なので息子を図書館に連れて行く。もちろん図書館には誰もいない。だから2歳になったばかりの息子の散歩場所としては、最高の場所でもある。息子は文字を覚えつつあるので、本棚にある平仮名の文字を指さしながら片っ端から読み始めた。そしてぐるぐると歩きまわるのである。歩くのに疲れてくると、また平仮名を指差して叫ぶ。この繰り返しである。これを、普通の図書館でやってしまったら、かなり迷惑なのだが、幸いなことに嬬恋村の図書館はいつも無人なのだ。昔はこの閑散とした図書館が寂しくもあったのだが、今は逆にありがたいと思っているから、皮肉なものだ。

 ところで、図書館は軽井沢にもある。軽井沢の図書館は、巨大でいつも活気に溢れている。図書館に通う町民もかなり多い。人口比はそれほど変わらないのに、どうして、利用度がこんなにも違うのだろうか?

 ちなみに、 2歳の息子は軽井沢の図書館に行くと、なぜかおとなしくなる。嬬恋の図書館でははしゃぎ回るのだが、他の人がいる軽井沢の図書館では、静かにしてくれるので親としては非常にありがたい。というより、どうして他の人がいると、こんなにおとなしいのだろうか? 誰もいなくて親と息子だけだと、かなりの甘えん坊なのに、他人がいると急におとなしくなる。これも1種の人見知りなのだろうか? 息子は、ちょっと恥ずかしがりやである。

 話は変わるが、息子ができると、お客さんの子供も可愛くなってくる。これは非常に不思議な現象だ。 1種の連帯感なんだろうか? 親子連れのお客さんに対して、すごい親近感が湧いてくるのである。そして、意味もなく涙ぐみたくなる瞬間がでてくるのだ。先日も、息子と同級生の娘さんを連れてきたお客さんがいたのだが、その娘さんが喜んでくれる姿を見ると、我が事のように嬉しくなってくる。その上、
「もう帰らない」
「ここにずっといる」
と、お父さんお母さんに訴えてるのが聞こえてくると、今すぐにでも飛び出してその娘さんを抱きしめたくなる気持ちが込み上げてくるから不思議である。こういう事は、以前にはなかった感情だ。いつの間にか、お客さんの息子さんや娘さんに癒されている自分が居ることに気がついた。いや、もっと正確に言うと、親子が喜んでる姿を見ると、こちらが癒されるから不思議である。どうやら人間という生き物は、幸せそうな光景を見ると、ついつい顔がほころんでくる生き物であるらしい。

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つづく。

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2015年05月19日

ひらがな積み木で遊ぶ2歳児の謎

早いもので、あと1週間で息子が2歳2ヶ月になる。宿屋をやっていて良かったなぁと思う事は、息子と同じ位の2歳位のお子さんを連れたご家族が泊まりに来ることである。私は、宿屋のオーナーとして、そういうご家族を、いろいろ観察することができる。それが非常にありがたい。

 息子が2歳0ヶ月になったときに、ひらがなを覚えさせる実験をした事は前に述べた。ひらがな積み木を使った。ひらがな積み木とは、表にリンゴの絵が描いてあり、その裏に「り」という文字が書いてある積み木である。まず、りんごの絵を見せて、「りんご」と言わせる。これを50音全部言わせる。1週間ぐらいで、すべてマスターする。その後に「り」の字を見せて「りんごのり」と教えるのだ。りんごを連想させて、「り」の字を記憶させる。これを毎日朝に30分、夕方に30分ぐらい遊びながらやれば、1週間ぐらいで、ひらがなをマスターするのである。

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 この方法を使えば、カタカナや数字も2週間くらいでマスターすると思われる。つまり、 2歳児ならば2か月もあれば、ひらがな、カタカナ、数字をすべて覚えられると言うことだ。ただし、忘れるのも早い。実は、これらの言葉を早く覚えさせても、あまり意味は無いらしい。

 2歳で覚えても、 3歳で覚えても、 4歳で覚えても、その後の成長に大した影響を受けないらしい。というのも、幼児は 3歳になる以前の記憶をすべて忘れてしまう傾向にあるからだ。まだ前頭葉が完全に発達してないからだと言われている。

 なので、ひらがなを覚えさせることをやめてしまった。

 何年か前に読んだ脳科学の本では、 2歳でひらがなを覚えさせても、 4歳になってからひらがなを覚えさせても、その後の学力に変化がないことが書いてあったからだ。だから、ゆっくり文字を覚えさせることにしたのである。

 あまりにも早く勉強さすことの害毒を
 私は自分の体験から知っている。
 勉強は、ゆっくりでいいのである。
 今はひたすら野山で遊んでもらった方が良い。

 そう考えていた。

 言葉よりも、もっと大切なものがあるからだ。
 それは心と体の健康である。
 そう思って、文字の勉強やめさせてしまった。

 ところがである。
 皮肉なもので、そうは問屋がおろさなかった。

 息子が朝起きると、どどどどと、ひらがな積み木のところに走っていくのである。そして、それを手に取って私のところにやってくるのだ。そして、私にひらがな積み木を差し出すのである。私が勉強やめさそうとしても、息子の方でそれを許さないのだ。

 しかし息子が「勉強好き」という事は絶対にありえない。
 私の遺伝子を受け継いでいる限りは、ありえない。
 それは保証できる。
 ではなぜか?
 考えられることとして、
「息子は、親子で共同作業(ゲーム)をしたがっている」
 と、言う見方をした方が自然である。
 でないと、あれほど喜んで、ひらがな積み木を持ってくる理由がわからない。

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 そもそも 2歳になる以前に、ひらがな積み木を渡したとしても、勉強する気配はなかったと思う。それを使って 1人遊びをした可能性が高い。積み木を放り投げたり、破壊したりする行動をとった可能性が高いのだ。現に、絵本を与えても破り捨てることが多かった。

 ところが、 2歳になると同時に、 1人遊びではなく、親とゲームをする方を選ぶようになってきた。ひらがなを覚えるための絵本を与えても、親に渡して、ゲームをするように要求してくる。ひらがな積み木も、一人で放り投げる遊びよりも、親との共同作業をしたがる。親が積み木を使ってクイズする方を喜ぶ。

 もちろん、親と一緒に積み木を組み立てるのも大好きなのだが、ひらがなを当てるゲームの方を、より喜ぶようになってきた。積み木による親子の共同作業よりも、積み木による親子のコミュニケーションの方を好むようになってきたのだ。

 長い話をしてしまったが、ここから本題に入りたい。
 何を隠そう私は宿屋をやっている。

 なので息子のおもちゃの1部をロビーに置いておいた。もちろんひらがな積み木も置いてある。当然のことながら、それを使って親子で遊ぶお客さんたちも多い。 2歳児のお父さんお母さんに多いようだ。他にもおもちゃはあるのだが、どういうわけかお父さんお母さんは、ひらがな積み木を選ぶのである。まず、このことに驚いた。

 私が見たところ、旅先で勉強させたくて、ひらがな積み木を選んでいるのではなさそうだ。本能的に、 2歳児のお子さんが、それを喜ぶ事を知っているような感じなのである。よくよく聞いてみると、お父さんお母さんたちも、幼児の頃にひらがな積み木で遊んだ記憶があるらしい。その潜在意識が蘇って、 2歳児のお子さんと一緒にゲームをするようなのだ。

 もちろんひらがな積み木で遊ぶ2歳児のお子さんには、お兄ちゃんやお姉ちゃんがいたりもする。そのお兄ちゃんお姉ちゃんたちは、傍目で見ていてもコミニケーション能力が高いのである。もちろん、私が接した親子のお客さんの数は少ないので、統計のサンプルとしては不十分かもしれないが、 2歳児のお子さんと親子でひらがな積み木で遊ぶ家のお兄ちゃんお姉ちゃんは、挨拶もよくできるし、空気を読む能力が高いように思う。そして礼儀正しいのだ。

 それを考えると、2歳児が親と一緒に、ひらがな積み木でひらがなを覚えるように遊ぶ行為は、ひらがなを覚えることよりも、親子でゲームすることに重要な意味があるのではないだろうか? 親とゲームをすることによって、コミニケーション能力を高めていく。そこが重要なのかもしれない。文字を覚えるのは、その副産物であって、本当に大切なことは、親とコミュニケーションの練習をすることなのかもしれない。

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 そう考えると、どうしても子犬の成長段階のことを思い出してしまう。生後2ヶ月の子犬も、飼い主とゲームをするか否かによって、その後の成長に大きく変化が出てしまうからである。現に、私は愛犬コロを生後2ヶ月から、庭先にはなして盛んにゲームを行った。おかげで、ろくに躾もしてないのにアイコンタクトで、ある程度のコミニケーションを取れるようになった。

 うちの犬は、どのドッグランに行っても、いちばんよく走るし放置すれば1時間でも2時間でも走っているのだが、帰るそぶりを見せると、素直に一緒に帰ってくれる。まぁ犬種の違いもあるのだろうが、同じ犬種でも飼い主の言うことを聞かない犬もいるので、やはり子犬の頃に、一緒になってゲームをしたのが大きかったと思うのだ。

 まあ、それはどうでもいいとして、2歳児にとって、このうえなく楽しいこと。そして必要なことは、親子でゲームすることかもしれない。その親子によるゲームによって、人格が形成される可能性が高いのではないだろうか? それが、たまたま「ひらがな」の暗記に繋がっているのかもしれない。

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 そういう意味では、小さい頃から絵本の読み聞かせをすることは、大切なのかも知れない。子供は、必ずしも読書好きにならないかもしれないが、絵本の読み聞かせをすることによって、コミュニケーション能力が高まる可能性がある。その後の子供の人生を変えるかもしれないのだ。

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posted by マネージャー at 23:48| Comment(2) | TrackBack(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月10日

平仮名を覚え、愛犬に嫉妬しだした2歳1ヶ月の息子

 息子も2歳1カ月となった。相変わらず日常会話はできない。同じ2歳1ヶ月の女の子は、「たけるくん今日は」と挨拶ができるし、「たけるくんかわいい」と目から目線でものを言うこともできる。しかし、うちの息子は、相変わらず奇声を発している。いろいろなお母さんに聞いてみると、男の子はたいていこんなものってあるらしい。しかし、女の子となると、早い人になると 1歳位から会話をするようになる。もちろん、うちの息子も、ジャンプとか、バイバイとか、いちごとか、りんごとか、いろいろな単語を言う事は出来る。しかし、他人と会話ができるレベルでは無い。

けれど、同じ2歳1ヶ月の女の子は会話ができるのだ。どうして男の子と女の子では、このような差が出るのであろうか? 先日、三つ子ちゃんを育てたお母さんが泊まりに来た。 3卵性なので、男の子が2人、女の子が1人の三つ子ちゃんだ。聞いてみたら、やはり女の子の方が成長が早かったらしい。こちらでも女の子の方が成長が早かったらしい。

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 ところで、 2歳1ヶ月になった息子に対して、ちょっとした実験をしてみた。ひらがなを教えてみたのだ。結論から言うと、約2週間ぐらいで8割のひらがなを理解するようになった。なぜ8割かというと、ひらがなの中に好きなものと嫌いなものがあるからだ。

 たとえば、りんごの「り」の文字は大好きである。もちろんりんごが大好物だからだ。しかし、ラクダの「ら」は、覚えてもすぐ忘れてしまう。それもそうだろう。彼はラクダなど見たことがない。想像もつかないものに対して興味を持てないのは当たり前である。しかし、みかんが大好きであるから「み」の文字は、すぐに覚えて忘れない。そのために8割は覚えることができるのだが、あとの2割は覚えても、いつの間にか脳の中から消えてしまうらしい。

 さて、どうやって2週間で、ひらがなの8割を覚えさせたかと言うと、種を明かせば「なーんだ」と言うことになる。みなさんも受験勉強でやったことがあると思うが、連想記憶術で英単語を覚える。その方法を、そのまま応用すれば、どんなお子さんも2週間ぐらいで、ひらがなを覚えてしまうと思う。嘘だと思うかもしれないが、 2歳児のお子さんを持つ親御さんは、ぜひやってみていただきたい。ろくに言葉を話せない、うちの息子ができるのである。女の子ならあっという間に覚えてしまうと思う。

 ただし道具が必要である。ひらがな積み木を用意する必要がある。ひらがな積み木とは、表にリンゴの絵が描いてあり、その裏に「り」という文字が書いてある積み木である。まず、りんごの絵を見せて、「りんご」と言わせる。これを50音全部言わせる。 1週間ぐらいで、すべてマスターする。その後に「り」の字を見せて「りんごのり」と教えるのだ。りんごを連想させて、「り」の字を記憶させる。これを毎日朝に30分、夕方に30分ぐらい遊びながらやれば、1週間ぐらいで、ひらがなをマスターするのである。この方法を使えば、カタカナや数字も2週間くらいでマスターすると思われる。つまり、 2歳時ならば2か月もあれば、ひらがな、カタカナ、数字をすべて覚えられると言うことだ。

 ただし、これらの言葉を早く覚えさせても、あまり意味は無いらしい。 2歳で覚えても、 3歳で覚えても、 4歳で覚えても、その後の成長に大した影響を受けないらしい。というのも、幼児は 3歳になる以前の記憶をすべて忘れてしまう傾向にあるからだ。まだ前頭葉が完全に発達してないからだと言われている。まぁこの辺は、子供によって個人差があるのでなんとも言えないだろうが、うちの息子には、もっとゆっくりと言葉を教えることにすることに決めた。

 言葉よりも、もっと大切なものがあるからだ。
 それは優しさである。

 先日、 2歳7ヶ月のお子さんを連れてきたお客さんが泊まったのだが、その2歳7ヶ月のお子さんは、とても優しい子供さんだった。うちの息子よりも、ずっと優しさに溢れていた。人に気遣うのである。お菓子をもらっても、自分だけが食べようとせずに、大人達に配ろうとする。

 こういうところは私の息子には無い。

 いったいなぜだろうと考えてみたのだが、そのお子さんには、妹さんがいた。2歳7ヶ月で、妹さんを思いやれるようになるものだろうか? この辺は非常に疑問なのだが、現実問題として、周りを見ながら人を気遣う2歳7ヶ月のお子さんがいるのである。やはり妹さんが生まれた影響があったのだろうか?

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 お父さんに聞いてみたら、妹さんが生まれてから明らかに変化があったらしい。やたらとダッコを求めるようになり、親に甘えるようになったらしい。お父さんは、そのように言っていたが、本当にそれだけだろうか?と思っている。

 その子が心優しいのは、お父さんやお母さんが、生まれたばかりの小さな妹さんを気遣うのを観察することによって、人を気遣うことを子供ながらに体で覚えたのではないかと思えてならない。子供は何でも真似をするからだ。小さな妹さんを気遣うお父さんお母さんを見ていたら、本人も知らず知らずに、人に気遣う人間になったのではないかと思わざるを得ない。

 これについては私にも心当たりがある。

 息子が2歳になった頃を境に、息子に大きな変化が起きていた。それは愛犬コロと一緒に山中の無人の林道を散歩しているときだった。愛犬コロを自由に走らせて、そして「おいで」と呼びつける。愛犬コロは、しっぽを振りながら私のところに走ってくるのである。そして走ってきて私の前でお座りをすると、よしよしと頭を撫でてあげたりした。そんな時、昔だったら息子は大喜びで、愛犬コロを迎え入れていた。

 ところが、 2歳を超える頃から様子が違ってきていた。愛犬コロが私のところに走ってくると、息子がブロックするのである。愛犬コロに嫉妬するようになったのだ。息子は、ペットの犬をなぜなぜすると、不機嫌になる。まぁこれは、十分に分想定していたことなのだが、まさか2歳という早さで、愛犬に嫉妬されるとは思ってもいなかった。

 問題はここからである。

 うちの息子は、お客さんの息子さんほど優しくないのは、私が愛犬コロに対して、あまり気遣いがないからなのかもしれない。もし私が気遣いを持って、愛犬に対応していたら、それを見て学習するだろうから、息子はもっと優しい気持ちになっていたと思う。これは私の日頃の行いが招いた天罰だったのかもしれない。しかし、犬に気遣うのと、赤ちゃんに気遣うのでは、大違いであるから、やはり環境の違いは大きいかもしれない。

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つづく。


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2015年05月05日

本物の女子会

本物の女子会

うちの宿の庭で、連休中、何度も女子会が開催された。
女子会といっても、本物の女子会である。
平均年齢10歳前後の、可愛らしい女の子達が、
庭の花壇の前で、楽しそうにお喋りしていたのだ。
だから本物の女子の集まりである。

といっても、彼女たちは数時間前まで、お互いの存在を知らなかった他人である。
それが、たまたま泊まり会わせたご家族の娘さんたちが、
似たような年齢だったために、
いつの間にか仲良くなって、
女子会を開いていたのだ。

今年は、ゴールデンウィーク中に
チューリップと水仙が満開になっていたので、
それらの花たちの前で、
可愛らしい女の子たちが
仲良くしているのをみていると、
ほんとうに微笑ましかった。
それが本当に絵になるのだ。

そして、互いに住所も知らずに
「さよなら」と去って行くのだ。
これこそ一期一会。
一瞬の出会いに思い出をつくり
そして、それを旅先に置いていく。
これがこそが旅の醍醐味である。

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つづく。

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2015年05月03日

昭和は、遠くになりにけり

 私が宿をオープンさせた2000年、ファミリーの御客様は少なかった。ひとり旅の御客さんの9割は学生さんだった。当然のことながらファミリーの方が年齢は高い。ひとり旅の御客さんの7割は、学生さんなのだからひとり旅の御客さんよりファミリーの方が高齢なのは当然のことなのである。

 そして今年は2015年。あれから15年たったわけだが、御客様の層はガラリと変わった。まず一人旅の御客さんが減ってファミリーが増えた。昔、学生さんだったリピーターの皆さんの多くは結婚し、家族になったわけだから当然と言えば当然であるが、うちに息子が生まれて、このブログに育児日記を書き始めてから、息子と同じ年齢の御客さんが激増した。

 ここまではいい。

 問題は、そのファミリーの御客様の中に、平成生まれのお父さん、平成生まれのお母さんが増えたことである。当然のことながら当宿の御客様の年齢層がガクッと下がった。そして一人旅の御客様の方が高齢という逆転現象がおきたのだ。昭和生まれの一人旅。平成生まれのファミリーの御客様。うちのオープン当初を考えると信じられない逆転現象である。

 しかし、よくよく考えてみれば、今年は平成27年なのである。
 ファミリーの主役が平成生まれが中心になってもおかしくないのだ。
 いや、もう既に移行しつつあるのかもしれない。
 時代は大きく変わりつつある。
 昭和は、ますます遠くになってきている。

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つづく。

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2015年05月02日

保育士の才能 親の才能

 今年のゴールデンウィークは御客さんが多い。実は、このゴールデンウィーク中にロシア人というニックネームのヘルパー(ボランティア)さんが来ているのだが、彼は恐るべき才能を発揮している。2歳1ヶ月になったばかりの息子と3分もかからずに親友になってしまっているのだ。

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 そもそも幼児というやつは、大人と子供を峻別する。はっきり区別して、それぞれ別の対応をするのだが、大人に対しては見えないバリヤーを張る。ところがロシア人(ニックネーム)に対してはバリヤーを張らない。すんなり友人になってしまい、仲良く遊んでいるのだ。

 良い悪いは別にして、ロシア人には、殺気やオーラがない。性格(キャラクター)的に無臭なのだ。それが幼児に受けたのだろうか? 遠くから見てても二人は、数年来の親友に見える。しかし、片方は40歳前後、片方は2歳1ヶ月なのだ。どういう事なのだろうか?
 
「彼には保育士の才能がある」
 
 そう確信した。いや、父親の才能があるというべきか? 現に息子の奴は、心を許しているし、仲良く静かに遊んでいる。惜しいなあと思った。これほどの男に息子がいなのが惜しい。しかし、よく考えてみたら彼は2歳児の父親として優れているけれど、これが15歳だったらどうだろうかと考えてみたら、とてもじゃないけれど想像がつかない。
 
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 逆に考えると、2歳児の父親として、うまくなくても、
 15歳の父親としての才能がある人もいるかもしれない。
 つまりだ、父親としての全盛期は、
 人によって全て違うのかもしれないのだ。
 ある人は、息子が30歳の時に最良の父親になる場合もあるだろうし、
 ある人は、息子が10歳の時に最良の父親になる場合もあるだろう。
 ある人は、息子が45歳の時に最良の父親になる場合もあるだろう。

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 もちろん、これは母親にも言えるかもしれない。
 そう考えると、今、子育がうまくいってなくても
 悲観することはないかもしれない。
 人は、それぞれ全盛期が違っているかもしれないのだ。

 あと、これは息子・娘側にも言えることなのかもしれない。
 自分の父母の輝きが最高になるのは、
 ひょっとして、これからなのかもしれないのだ。
 未来は未知に満ちている。
 
つづく。

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2015年04月30日

息子のタコ踊り

息子も2歳1ヶ月になった。

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 彼のエネルギーを削ぐために、ここのところ毎日、浅間牧場を2キロばかり散策している。そうしないと寝てくれなくて仕事に支障をきたすからだ。御客さんに騒音を聞かせるわけにはいかない。で、浅間牧場なのだが、歩くと言うより元気に走っている。オール芝生なので何度倒れても怪我はしない。最近は柔道の受け身までマスターしてしまっている。特に前受け身は完璧だ。とれはともかく、最近なぜかタコ踊りをしながら走っていることが多くなってきた。

 最初、どうしてタコのように腕をふりあげて踊っているのか分からなかった。
 阿波踊りを派手にしたようなポーズで踊りながら駆けるのである。
 しかも上り坂の時だけ、派手にユーモラスにタコ踊りをする。

「変だな?」

と思って観察してみたら手を大きくふることによって、足が大きく前に出ることを発見したようなのである。浅間牧場は、アップダウンがあるので、少しでも効率的にエネルギーを使うために、それが結果としてタコ踊りになってしまったようである。子供ながらに大した物だと感心してしまった。


つづく。

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2015年04月18日

2歳0ヶ月の社会性

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 今日もスタッフの土井くん家族が滞在している。娘さんのアキナちゃんは、1歳6ヶ月。うちの息子は2歳0ヶ月である。両者が対面したわけだが、うちの息子は大人しい。すっかりお兄ちゃんなっていた。アキナちゃんに遠慮しつつ、お兄さん的に対応していたのに驚いた。こんな年齢でも役割人格が現れるらしい。どこで覚えたか大人の対応をしていたので驚いた。

 土井君の奥さんと息子のタケルが、積み木でタワーをたてている。
 そこにアキナちゃんがやってきて、次々と破壊していた。
 1歳6ヶ月頃ならそんなものである。
 積み木は破壊するものなのだ。
 しかし2歳となると積み木で遊ぶことを知っている。

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 だから息子は積み木で建物をつくるけれど、アキナちゃんは、それを破壊してしまう。
 それに対して土井君は息子に謝った。
「タケル君ごめんね」
すると息子は、信じがたいことに
「いいよ」
と答えた。

 こんな事は、いままで無かった。これもアキナちゃんが、北軽井沢ブルーベリーYGHに2泊したからである。アキナちゃんという存在を意識することによって、うちの息子に社会性がついてきたようなのだ。これは親が何度教えてもできなかったことである。逆にいうと保育所や子育て支援センターなどで他の子供たちと一緒でなければ学べない何かがあるのかもしれない。親が何をやっても出来ないことを、子供たちの集団の中ならば、すぐに学べる何かがあるのかもしれない。

 ところで、今日も浅間牧場を散策した。
 クマの痕跡をみつけた。
 のぼり旗を食いちぎった跡があった。
 クマたちも冬眠から目覚めたようだ。
 北軽井沢も春なのである。
 息子は、愛犬コロと一緒に芝生を走り回っていた。
 雪国の人間にとって、春は一年で一番幸せな季節なのである。

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つづく。

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2015年04月07日

公園に社会の縮図を見た

 息子も2歳になって、少しずつイヤイヤ期が訪れている。今まで、素直に「いただきます」をしていたのに、最近はヘソを曲げてなかなかしてくれない。人に強制されるのが、嫌になっているのである。それだけ大人になったという証拠でもある。まぁこれは、いろんなお母さんたちから脅されていた事なのであるが、どういうわけか「自分の息子には当てはまらない」と言う変な自信があった。しかし、やはり自分の息子にもイヤイヤ期は、やってきたのだった。

 もちろん「いただきます」をするまでは食事を食べさせてない。私だけが、うまそうに食事を食べて見せびらかしている。息子の大好物のイチゴがどんどんなくなっていく。でも息子はなかなか「いただきます」をしない。かなり頑固である。私が食事が終わったとは、嫁さんがおいしそうに食事を食べる。私は息子の隣に座って、一緒に「いただきます」をしようねと言うのだが、やはり息子は頑固に「いただきます」をしない。嫁さんが、息子の大好物であるイチゴをどんどん食べても頑固にはねのけている。

 仕方がないので、息子の大好物である納豆を開けてみた。息子の目の色が変わった。すごく納豆が食べたそうなのだが、やはり「いただきます」をしてくれない。何度も私が「いただきます」をして一緒にご飯を食べよう。おいしいよ。といっても、頑固に拒んでしまう。相当な頑固者である。しかし、こちらとしても負けるわけにはいかない。

 ここで怒鳴ったり暴力を使えば、簡単なのだろうが、それが良い解決方法では無い事は、自分の体験で分かっているのでやらない。あくまでも根気よく対応し、場合によっては食事を抜いても良いと思っている。なにしろうちの息子は、やや太り気味なのだ。食事を1回ぐらい抜いても全く問題ないように思える。しかし、今まで食事を抜くような事態は起こってない。必ず最後に息子が降伏するからだ。要するに食いしん坊なのである。

 話は変わるが、公園で息子と遊んでいると、孫を連れた子供さんのおばあちゃんと仲良くなることがある。孫を連れたおばあちゃんといっても、私と年齢が近い。子供のお母さんたちも、おばあちゃんたちの方が、私の年齢に近いので、仲良くなりやすいのだ。だから私には、ママ友よりも婆友の方が話題が合う。というか、いろいろ教わることが多くて助かるのだ。先日も10人くらいの孫がいるばあちゃんから、目から鱗が落ちるような話を聞かせてもらった。

 うちの息子が、すごい照れ屋さんであることをその方に話したら、そうでしょうね、たくさん褒めて育てていいますからね、そういう子育てをすると、自然と照れ屋さんになるんですよね。と、親切に教えてくれた。確かにそうなのだ、うちの息子は、基本的に褒めるようにして育てている。もちろん叱ったりもするけれど、それは効率良く褒めるための方便なのである。この方法はすごく子育てが楽になる事は体験的に知っている。しかし親としては楽と言えば楽なのであるが、どうやらマイナス面もあるみたいなのだ。そのマイナス面を色々伺えて非常に参考になった。

 まぁそんな事はどうでもいいとして、お孫さんが10人ぐらいいるおばあちゃんともなると、今までの体験から、客観的でユニークな視点を持って観察しているようだ。その観察眼に感心してしまった。ある意味で冷めた目を持っているわけだが、その冷めた視点というのは、10人のお孫さんを比較することが可能な環境になったからなのだろう。そこで、そのおばあちゃんが、お孫さんとどのように接しているか、少しばかり観察させてもらったのだが、そのおばあちゃんは、自分の孫だけを見てないことに気がついた。公園にいる子供たちのほとんどに視線を向けていた。そして、孫をうまくコントロールして、状況によっては自分のお孫さんを悠々と連れ帰っていったので感心した。

 その後、今度は孫を連れたおじいちゃんがやってきた。そして私と仲良くなった。おじいちゃんは、 5分ぐらい公園でお孫さんと遊んでいたが、へとへとになって倒れてしまった。おじいちゃんは、おばあちゃんに先立たれて1人ものだった。定年後、本当は自由気ままに暮らしたかったらしいのだが、息子夫婦に説得されて同居したらしい。同居したはいいが、毎日孫の面倒を見させられてへとへとなのだそうだ。 1人気ままだった生活が懐かしいらしい。どうやらさっきのおばあちゃんとは、だいぶ様子が違っている。おじいちゃんは、孫に振り回されている感じである。でもこれは無理もないことかもしれない。それまで仕事一筋で、子育てをしなかった昭和世代のおじいちゃんにイヤイヤ期の2歳の孫の相手は、かなり難易度が高いと思う。だからかなり苦戦していて、へとへとになって芝生に倒れ込んでいる。 10人の孫を見てきたばあちゃんとは、まるで違っているのが印象的だった。

とにかく子どもたちが遊ぶ公園には、いろいろな社会の縮図が存在している。
なかなか面白いところだ。

つづく。

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2015年03月30日

ブラブラ

 早いもので3月もそろそろ終わりである。不思議なことに、この3月は例年よりもお客様が多かった。なぜだろうと、不思議に思っていたが、その理由がわかってしまった。海外でテロ事件が多かったために、海外旅行者が大幅に減って、国内旅行に流れているらしい。どうりで変だなぁと思った。それにしても危なかった。もう少しで、自分が自惚れるとこだった。逆に言うと、海外旅行を商売にしている業者さんにとっては、これからの苦難の時代が続くとも言える。同情を禁じ得ない。 でもまぁ、 3・11の時は、こっちもひどい目に遭っているのだから、これはもうお互い様というしかない。

 それはともかく、だいぶ暖かくなってきた。東京あたりでは桜が咲いているピークの頃では無いだろうか? 残念ながら嬬恋村では、桜のピークは毎年ゴールデンウィーク前半くらいである。ひょっとしたら、今年は暖かいので、 4月20日頃がピークかもしれない。妙義山の桜も、 4月15日頃が毎年のみどころである。この辺あたりは、桜の開花がずっと遅いのだ。むしろ、小諸市の懐古園の方が桜の開花は早いのかもしれない。私も毎年、 4月10日ごろに小諸の懐古園に桜を見に行っている。上田城の桜はもっと早くから咲いている。両方とも、とても美しいので、毎年目の保養をさせてもらっている。

 また、登山家にとっては、桜は6月末頃までよく見かける花である。この付近で1番遅くまで見られる桜は根子岳の頂上から四阿山のほうに向かったルート状に咲く桜である。 遅い時は7月ごろに咲くこともある。山の奥地に行けば、そういう桜たちがところどころに花を開いている。これがまことに美しいのである。もともと桜の原産地は、ヒマラヤのあたりらしいので、日本中の山のどこにでも桜はある。なにしろ300万年前から日本に自生しているわけだから、桜の木のない山を探す方が難しいぐらいだ。

 話は変わるが、毎日のように山に登っていると、恐ろしくファンタジックな出来事に出会うことがある。例えば60年に1度しか咲かない竹の花を見つけたり、珍しい高山植物を見つけたり、カモシカやツキノワグマにであったりである。人魂のようなものに遭遇することさえある。そういう奇妙な体験の中でも、かなりファンタジックな体験は、山桜の狂い咲である。何かの原因で、葉っぱが枯れてしまった山桜は、たとえ秋であっても花を咲かせてしまう。これがなかなか美しいのである。

 ところで今日は、嫁さんが前橋のほうに出かけたので、息子と1日中留守番をしていた。息子をブランコに乗せて、私は庭の雪を溶けやすいように、何時間も雪かきをしていた。そのうち息子はブランコに飽きるだろうと思っていたが、どういうわけか何時間も揺られたまま全く飽きる様子がない。いろんなポーズをとりながら、自分で揺らしていた。ときには空中ブランコのような曲芸まで見せてくれた。そして気が付いたら何時間も経っていて、お昼を2時間も過ぎていた。

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 慌てて大急ぎで、うどんを作って親子で食べた。すると息子は、うどんを腕高く持ち、ブランコを揺らすように口の前でブラブラさせていた。思わず笑ってしまった。ここで行儀が悪いと叱るのが基本なのだろうが、なんとなく叱ることができなかった。心を鬼にして叱るのは、なかなか難しいものである。仕方がないので、フォークでうどんをくるくる巻いて、息子の口に押し込んだ。食事の後、息子はどこからともなくコンセントを持ってきて、やはりブラブラ動かしていた。どうやらブラブラ動かすことが、マイブームらしい。


つづく。

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2015年03月28日

ブランコと庭のチューリップ

 最近つくづく思う事は、私は運が良いということだ。その一つに、お客様に恵まれているということがある。他のペンションのオーナーの話を聞いても、他のユースホステルのマネージャーの話を聞いても、うちはお客さんに恵まれてると思わざる得ない。

 もちろん例外もないとは言えないが、圧倒的に人徳者が多い。親切な人が多い。宿にも他の御客様に対しても、親切な人が多い。そのためか息子が生まれてから、いろいろなプレゼントを頂いた。絵本や子供服やチャイルドシートやベビーカーを頂いた。本当にありがたかった。

  実は、息子の2歳の誕生日のちょっと前に、丸太で作ったブランコを頂いた。実はブランコは、いずれ買おうと思っていたので、感謝の言葉もない。息子も大変気に入っているようだ。お客さんも使えるだろうし、ブランコがあるだけで、庭の雰囲気がだいぶ変わってきた。

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 そういえば、庭には、 2,000個のチューリップの球根が植えられている。これもお客さんから頂いたものだ。雪が解ければ、チューリップの芽が出てくるだろう。ゴールデンウィークが終わった頃には、 2,000本のチューリップの花が咲き乱れることになると思う。そうそう去年の秋に、 百個の水仙の球根を植えたのだった。今年はそれも加わることになる。水仙の球根はどんどん増えていくので、いずれは、庭を水仙だらけにしたいものだ。

実は去年まで、無農薬野菜を使いたいがために、プチトマトと、 20日大根を庭に植えていたのだが、今年はもうやめようと思っている。無農薬なのはいいのだが、コストと手間がかかるばかりで、夏の忙しい時に体力を消耗するからだ。その代わりに、何か別の物を植えようと思っている。さてどんな花を育てようか、ちょっと悩んでいるところではある。

つづく。

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2015年03月26日

宿屋とは何だろう?

 今日は息子の2歳の誕生日である。 2年前の今日に息子が生まれたわけだが、つい昨日のようにも思える。月日が経つのは本当に早い。あっという間だった。今にして思えば息子は福の神だったのかもしれない。お客さんも少しずつ増えつつあるし、その中には息子の友人も少しずつ増えている。ママ友やパパ友も増えた。付き合いが増えれば、視野も広がるようになった。

 2歳になると、もう赤ちゃんとは言えない気がする。かなり自分の意思を主張するようになるからだ。それ以前の息子は、どちらかというと受け身の可愛さだった。しかし2歳になると自分自身を見せてくる。そのために、親が可愛がりすぎないようにセーブするのが難しくなる。

 例えば、子犬が可愛いように赤ちゃんがかわいいというのは、ある程度、自分自身をクールに保つことができる。ところが、自分の意志を持ち始めて、そこに可愛さが生まれてくると、自らの親ばかを消滅させるのが難しくなってくる。私が雪かきから帰ってくると、息子は走り寄ってきて私の手を引いてコタツに引っ張っていってくれる。このような行動されると、息子を単なる人間という生物のように観察できにくくなってくる。夜寝るときなどは、私の手と母親の手をくっつけてくる。コンタクトレンズをはめようとすると、ティッシュペーパーをとってくれる。 2歳という小さな子供が、大人でもやらないような気遣いをすると、さすがの私でも目頭が熱くなる。もう冷静に、乳幼児を観察できないかもしれない。

 むかしから子供はかすがいというが、それは本当であると思った。父親と母親の手をつなげようとする行為は、他の人には出来ない技だ。しかしである。 2歳児に道徳心があるのかと言われれば、そう思えない気もする。道徳心から父親と母親の手をつなげようとする行為が生まれるとはとても思えない。普通に考えれば、 2歳児の心の中にある煩悩が、父親と母親の手をつなげようとすると考えるのが自然だろう。子供にとって、それはある種の防衛本能かもしれない。自分がかすがいになることによって、安全保障を得られることが、本能的に分かっているのかもしれない。もっと言うと、遺伝子に組み込まれているような気もする。

 話は変わるが昨日、女性のお客さんが訪ねてきた。結婚すると言う報告である。しかもご近所さんになるという話だった。いろいろ心配していたので、一安心した。余計なお節介かもしれないが、うちの宿では、いろいろお客さんの相談ごとに乗ることが多いが、その結果、状況が良くなることもあれば、悪くなることもある。今回は、めでたいお話だったので、心の底からほっとした。宿屋をやっていて本当に良かったと思った。

 こういうめでたい話が成立するたびに、宿屋とは何だろうと思う。もちろん部屋にお客さんをお泊めするのが仕事なのだが、それは単なる最低条件であって、 充分条件では無い気がする。宿屋の本来の役割というのは、泊まりにきてくれた人に幸せになってもらう事では無いだろうか? もちろん余計なお節介はするべきではないし、しようと思ってもできるもでもない。出来る事は限られている。たったの数時間、宿に泊まっている間に、何かちょっとした、ささやかな事をしてあげることをしかできない。でも、そんなささやかなことでも、何かのきっかけになってくれれば、それはそれでいいのかもしれない。

つづく。

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2015年03月14日

日本における幼児死亡率の低さ

 日本における幼児死亡率の低さは、とても低い。これが日本人の平均寿命を伸ばしている原因でもある。その理由は、自分に息子が生まれるまでわからなかった。今ならわかる。日本の赤ちゃんは、自治体の見えざる手に守られているのだ。

 2週間ぐらい前に、息子の2歳児健診があった。といってもまだ息子は1歳11カ月なのだが、 2月生まれと3月生まれの赤ちゃんたちが、勢揃いして検診を受けるのである。ちなみに、子供が産まれると3ヶ月検診、 6ヶ月検診、 1歳児検診、 1歳6ヶ月検診、 2歳児健診とめじろ押しである。その他にも予防接種や歯の検診などがある。これらのイベントに何らかの理由で参加しないと、村役場から担当者が訪ねてくる。そして、 2か月後に検診を受けるように注意されるのである。ここまで子供に手厚くなっている。子供が虐待されていないかどうか調べるためだろうと言われている。

 ちなみに、検診の時に、何度か子供と引き離されて、母親だけで離乳食の作り方とか、そういった講義を受けることもある。その時は、他の職員さん達に子供を預けるのだが、おそらくそのときに、赤ちゃんが虐待されているかどうかチェックされていると思われる。そういうのは、ぷんぷんと空気で伝わってくるので、否応でもわかってしまう。

 とにかく日本では、子供たちが自治体から守られているのがよくわかる。これは子供を授かってみると本当によくわかる。母子手帳が発行されると、役場の職員の方が自宅まで訪ねてこられた。そして、夫婦で講習にきませんかと誘いに来られた。わざわざ、妊婦のところまで訪ねてこられるなんて、うちの嫁さんが妊娠するまで考えもしなかった。本当に至れり尽くせりだった。

 出産直後、うちの嫁さんが、ちょっと鬱っぽくなったことがあった。その時も、保健婦さんたちが真剣に悩みを聞いてくれた。そしてお医者さんに掛け合って、睡眠導入剤などの薬をもらってきてくれた。その方は、見るからに癒し系の人で、嫁さんの話を聞いてくれるだけで、嫁さんの体調が良くなっていくではないかと思えることだった。電話でのサポートもあったし、いろいろな団体さんを紹介もしてくれた。

 そういえば、赤ちゃんの検診の時に、看護学校からの実習生の人たちが来ていて、盛んに赤ちゃんを抱っこしたりあやしたりもしていた。未来の保健婦さんだろうか? それとも以来の助産婦さんだろうか? そーゆー若手に、現場を体験させてあげるシステムも完璧に見えた。

 妊婦さんやお母さんは、いろいろな割引があるのも初めて知った。関東地方限定かもしれないが、赤ちゃんの医療費は一切かからないのも驚いた。病院に行っても、 1円もかからないのだ。だから金がなくて病院に行けないという事は無い。おまけに児童手当ももらえる。これを学資保険に積み立てると300万近くになって大学の学費になるというのも知って驚いたものだ。

 とここまで書いて、思い出すことがある。今から25年位前に世界中を放浪したことがあったのだが、こんなに子供に手厚い国は、世界中どこにもなかったと思う。試しにインターネットで調べてみたら、新生児の死亡率の低さは世界第一位だった。乳幼児の死亡率の低さは世界第3位である。やはり、かなり死亡率は低い。

 ところがである、 1歳から4歳までの幼児死亡率となると、世界で21番目という低さになってしまう。先進国14カ国の中では、アメリカに次いで下から2番目なのだ。これはあまり褒められたことでは無い。幼児虐待が問題となっているからだろうか? それとも小児科の先生が激減しているからだろうか? 死亡原因の統計を見てみると、不慮の事故と先天奇形が多いようだ。そして心疾患や肺炎で死亡するケースも多い。先天奇形や心疾患はともかくとして、不慮の事故と肺炎だけは気をつけたいと思った。

 さて、息子の2歳児健診の結果である。

 一言で言うと、太り気味であった。この頃の男の子の平均体重は、 12キロらしいのだが、うちの息子は14キロもあった(身長は88センチ)。明らかに食べ過ぎなのである。おそらくお客さんと一緒においしいものたべすぎたのだろう。そこで思い切ってミルクを減らし、水を飲ませるようにした。すると、恐ろしいことに、どんどんスリムになっていく。出っ張っていたお腹が、数日で、どんどん凹んでいくのだ。これには呆れかえってしまった。

 あと面白いのは、スリムになると、運動量が増えるのである。ロビーを走り回るようになったり、 NHK教育放送の幼児番組の体操を見せると盛んに飛んだり跳ねたりする。エネルギーを爆発させるようになってしまった。ますます手に負えなくなってきたが、これが本来の子供の姿なんだろうなぁと、半ば諦めている。

しかし、面白いもので、お客さんが入る週末などは非常におとなしい。こっちが忙しいと、かなりおとなしくなるのがありがたい。しかし、お客さんがいなかったりすると、何となくそれが息子にもわかるらしく、やたらと欲求が多くなるのだ。こーゆーところも、知恵がついてきた証拠なのかもしれない。


つづく。

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2015年02月28日

記憶

 ついに息子が一歳十一ヶ月になった。二歳になるまで、あと一ヶ月である。本当に感慨深い。

 先日、百円ショップでカルタをみつけて買った。お風呂で教えるタイプである。もちろん息子にはまだはやい。文字を読むどころか、言葉もろくに話せないからだ。しかし衝動買いしてしまった。今は事えなくても将来つかえばいいやと・・・・。ところが息子にカルタを与えてみたら、なんと息子は使い方を知っていた。

 目を疑った。
 しかし、すぐに正気にもどった。

 私が使い方を教えてないのに、使い方を知っているということは、過去にどこかでカルタを見ていて知っているはずなのだ。我が家には、それまでカルタはないから、考えられることはテレビ番組である。で、息子が見ていた番組をチェックしたら、あった! 「日本語であそぼ」という幼児番組のコーナーに、絵合わせカルタというものがあって、息子は、それを毎日みていたのである。どうりでカルタの存在を知っていたし、使い方も分かっていたわけである。

 で、はたと気がついた。
 自分が持っている知識は、
 必ず以前にどこかで仕入れているはずである
 という単純な事実に気がついた。

 すると、「なぜ私は、・・・・を知っていたんだろう?」という疑問がわいてきた。何もなくて知っているということはあり得ないのだ。どこかで知識を仕入れているのだ。しかし、どこで仕入れたか分からないことが、ままあるのだ。すると私は、なぜ、これを知っているのだろうか?と考え込んでしまう。いったい、どこで知識を入れたのだろうか?と。

 具体的にいうと、赤ちゃんは親の真似をすることを知っていた。初めての子育てなので、私も嫁さんも、そんなことは知らないはずなのに私だけ体で知っていた。それだけでなく、いろんな事を体で知っていた。赤ちゃんがぐずる原因の大半を体で知っていて、自然と対処できていた。しかし、そういうことは絶対にあり得ないのだ。どこかで学習してないと、知っているわけがないのだ。絶対にどこかで体で学習しているのである。本で勉強したくらいでは分かるわけがない。

 息子が生まれる前に、さかんに子育て本を読んで学習していたのは、私ではなくて嫁さんの方だった。私は、それら嫁さんが集めた本を一瞥して、一々切って捨てていた。自信をもって育児本を切り捨てていた。これも不思議である。なぜ私は、切って捨てるほどの自信があったのか? どういう根拠で専門家の書いた本を小馬鹿にして鵜呑みにしなかったのか?

 そう考えると、私は、絶対にどこかで体で学習しているはずだと確信せざるをえなかった。現に思い当たることがあった。歳のはなれた弟が二人いたことを思い出したからだ。

 つまり私は、赤ちゃんは親の真似をすることを体で知っていたのではなく、赤ちゃんが兄の真似をすることを体で知っていたのだ。もちろん親の真似もするし、祖母やベビーシッターの真似もする。それを体で覚えていたのだ。

 もちろん他にも色んな事を体で覚えていた。
 だから末っ子だった嫁さんよりも色々なことに対処できたのだろうと思う。

 前にも言ったが、私には二人の弟がいる。 一人は三歳下の弟である。 三歳下だから弟が四歳の時、私は七歳である。 七歳といえば、小学校に通い、友達もできて、あちこちに遊びに行く時期である。より活動的な頃である。 四歳の弟は、何度もくるなと言ったにもかかわらず、いつも私の跡をつけてきた。そしてなんでも真似をした。どんなに帰れといっても探偵のように跡をつけてきた。

 薮に入れば薮に入り、
 木に登れば木に登ったし、
 屋根に登れば屋根に上った。
 気がついて後振り向けばそこに弟がいたのだ。

 私はライターで遊んでいたら、弟も真似をしていた。しかも小学校の縁の下で真似をして、危うく学校が火事になるほどだった。だから、どんなに真似をするなと怒鳴り、時には殴っても真似をした。だから弟から逃げた。逃げて遊びに行ったが弟は、探偵のように跡をつけてきた。そして真似をして、大事件をおこして怒られると本人は悪びれずに
「兄の真似をした」
と言って私だけが怒られた。

 私の両親は、共稼ぎだった。
 ので弟は親を真似るよりも兄を真似たのだろう。

 中学校三年生の時、私は受験勉強した。弟はその真似をした。それまで勉強などしていなかった弟が、いきなり勉強しだしたのだ。その真似の仕方は、恐ろしいほどだった。それを体験として私は知っていたのだ。ところが長い年月が経つ間に、すっかり忘れてしまっていた。思い出したくもないことだったので息子が生まれて暫く経つまで、記憶の中に封印してしまっていたのだ。

 ちなみに私には、もう一人弟が居る。十歳年下の弟である。十歳下であるから赤ちゃんを観察する機会に恵まれた。オムツを替えたりミルクをあげる機会もあったのだ。一緒に布団で寝ることもあった。当然のことながら、赤ちゃんに対する対処の方法を知っていたのだ。当然のことながら、赤ちゃんが親や兄の真似をすることを知っていた。しかし、これも長い年月が経つ間にすっかり忘れていた。思い出したくもないことだったので、自分の息子が生まれるまで、記憶の中に封印してしまっていたのだ。

 その弟が五歳の時、私は十五歳だった。十五歳の時の私は、思春期だったせいもあって読書家だった。化学や物理や歴史や地理の本をたくさん読んでいた。漱石・トーマスマン・司馬遼太郎も乱読し、クイズ番組に出ていれば、トップをとれるほどの雑学を身につけていた。動物の名前なら何でも知っていたし、戦闘機の馬力荷重や翼面荷重の数値まで知っていた。政治経済にも興味を持ち、新聞はすべてを読むようになっていた。いわゆる生意気ざかりだったのだろう。何でも知ったかぶりをした。

 すると不思議なことに三番目の弟にもその癖は遺伝した。というのは間違いで、そういう癖が真似されてしまったのだ。ただし、 二番目の弟には真似されてない。 二番目の弟はもうすでに、兄の真似をする時期を過ぎていたのだ。こういう体験があるかないかでは、子供に対する対応力がまるで違ってくるはずである。そもそもキャリアが違いすぎるのだ。

 ちなみにそれらの記憶を思い出した時、一つ気がついたことがある。
 童謡作家や、児童文学者には、長男率が高いことに気がついた。
 と言うより、末っ子の童謡作家や児童文学者が、驚くほど少ないことに気がついた。
 ほとんどの作家に弟妹がいるのである。

 背くらべという童謡を思い出してほしい。あれは弟が兄に背丈を測ってもらったという童謡なのだが、作詞者の海野厚に兄はいない。あれは作者の弟の視点から書かれた童謡なのだ。これが作曲者になると違ってくる。背くらべの作曲者である中山晋平には兄が居る。とはいうものの弟もいる。

 つまり童謡作家の長男率はともかくとして、末っ子率は極めて少ないのだ。北軽井沢限定で言ってみれば、童話作家の岸田衿子さん佐野洋子さんも、長女であったり、兄に死別された実質的な長女なのである。下村湖人にしても宮沢賢治にしてもサトウハチロウにしても同じである。この辺は、国文学を専攻している学生さんたちに調べてもらいたいところだ。私が文学部の学生なら卒論のテーマにするだろう。きっと面白い発見がなされるに違いない。

 ここで話をかえる。

 うちの嫁さんが、一生懸命読んでいる育児本を私もチラリと読んでみたとき、驚いたことを思い出した。どの育児本にも致命的な欠陥があるのである。時代背景を無視しているのである。

 私が中学生の時、大昔の教育関係の雑誌を大量に読んだ。昭和五十年。今から四十年も前の話である。そんな大昔に、もっと大昔に発行された教育関係の本を読んだのだから、ものすごい大昔の教育に関する考え方を書いた文章を読んだことになる。昭和三十年代や昭和四十年代の当時の考え方や、もっと大昔の考え方を読んだのだ。

 で、当時の私が不思議に思ったことがある。
 育児に関する考え方は、時代によって変化するということである。
 それも十年くらいで劇的に変化するのだ。
 変化する理由は、その時々の時代背景による。

 例えば戦前において、育児に対する考えは今のものとは全く違っている。戦前では、子供に余計な教育をしてはいけないと言う考え方があった。どうしてかというと、当時は子供が多かったのだ。 五人くらいは当たり前で、ひどいのになると十人ぐらいの子供のいる家もあった。そして、そのような時代背景では、子供に対する不平等が子供の心に深刻な影響を与えることが問題になっていた。

 具体的に言うと長男になるほど可愛がられ、末っ子になるほど子供が放置される家庭が多かったのだ。子供が多いと、親は平等なつもりでも、どうしても不平等な躾をしてしまうのである。それを題材に多くの児童文学が生まれたが、次郎物語やニンジンなどがその代表作である。このような作品は世界中で映画化されたり小説にされたりして、どの国でも大ヒットした。

 なので当時の教育雑誌等には、子供の教育は親の背中でしろという考え方があった。親の働く背中を見せることによって、子供たちは自然と大人になっていく。それで良いとされていた。当時は、サラリーマンなどは非常に少なく、ほとんどが農家や自営業だったので、そのような教育スタイルで、親孝行で立派な子供たちがたくさん育ったのである。

 この方法は、現代には通じにくいが、嬬恋村のような、農家やペンションオーナーが多いようなところでは、非常に参考になるであろう。実際、嬬恋村の知り合いの教師の話でも、農家の子供さんや、ペンションの子供さんたちは、平均して良い子たちが多いと証言している。これは、子供たちが親の背中を見て育っているからだと思われる。まさに戦前型の育児の結果である。

 ここで話をもどす。

 話を戻して、何の話をするかというと、童謡についてだ。
 実は有名な童謡の大半が、子供が最も多かった戦前に作られている。
 たくさんの兄弟の面倒をみてきた時代に作られているのだ。

 そして、そのような童謡が時代を超えて今でも歌われていることを想うと、一人っ子の多い二十一世紀に、果たして名作が生まれるのだろうかと思わざるを得ないのだ。逆にいうと一人っ子時代にはいると、育児本が売れる時代になるということも確信した。子供は少なくても育児本は売れ続けていくだろう。どんなインチキ本でも、それなりに売れると思う。ちなみに私がインチキくさい育児へ本を書く人だと思ってしまった人の過去を調べてみたら一人っ子だったり末っ子だったりした。これは偶然だろうか?

 それはともかく、今後、童謡や児童文学の新作の名作率は、どんどん減っていくに違いない。と、二十二世紀の諸君に予言しておこう。


つづく。

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2015年02月18日

動物博士だった子供時代

 今日は2月18日である。実はこの時期、自営業者にとって1年で1番忙しい時期である。もちろんお客さんはいない。お客さんがいないのになぜ忙しいかといえば、 2月15日から3月15日の間に税務署に行って確定申告を行わなければならないからだ。だから北軽井沢の宿屋の大半は、領収書の整理やレシートの整理に明け暮れ、パソコンとにらめっこする。そしてプリンターで大量の帳簿を印刷しなければいけない。そして、ここが肝心なのであるが、今年1年の経営戦略を考え直す時期でもある。

 実は、自営業者はある程度経理を選択する自由がある。例えば除雪機を買ったとしよう。それを1年で償却することもできれば、 10年で償却することもできる。要するにどちらを選択するかは自営業者の判断に任されるのである。本来ならば10年で償却するのであるが、 1年で償却すると言う特例があるからなのだ。そこでどちらを選択するかは、その年の売り上げ等を見据えて、どちらが得かを考えつつ、決められるのである。つまり自営業者にとっては、税務署に申告するために経理をやりながら、改めて経営戦略を再認識するのである。儲けすぎたなーと思えば、 1年で償却するし、赤字だなと思えば10年で償却するという選択を選ぶ。

 そんなわけで、経理に忙しい上に、今年は雪が多い。毎日のように雪かきをしなければならない。当然のことながら、そーゆー力仕事は男の仕事である。当然のことながら私が行うのである。雪かきといっても、 800坪もしなければいけない。半端な量では無い。毎日汗水を垂らしながら、少しずつ雪かきをする。すると窓から私のそんな姿を見ている息子がいる。息子は、あと10日もすれば1歳11ヶ月になる。

 長い前置きとなってしまったが、 1歳11ヶ月ともなると、それまでと全く違うパターンを息子は見せてくれる。私が雪かきから戻ってくると、玄関まで出迎えてくれて、私の手をぎゅっと握って、私をコタツのところまで連れていってくれる。こんな事はそれ以前には絶対にありえなかった。

 母親が寝転がってテレビを見ていると、頭をなぜなぜして、かわいいと言うようにもなった。こんなことも以前は絶対になかった。また、愛犬コロも、なぜなぜして、カワイイと言うようになった。本当にかわいいの意味がわかっているのかどうかはわからない。単に親の真似をしてるだけの可能性も高いのだが、それ以前はそのような行動をしたことがなかったので、明らかに今までと違っている。

 今では、愛犬コロの散歩に一緒についてくる。ついてくるだけでなく、愛犬コロの紐(リード)まで自分で持つようになった。もちろん、愛犬コロも息子に対して気遣いをしながら歩いているので、相手の協力があってできる技ではある。

 ここまで成長してくると、非常に感慨深い。どの親御さんも、自分の子供には癒される事だろうが、その癒され方には二通りの癒され方があることに気がついた。まず、その可愛さに癒されるという癒され方。それは、うちの息子に限って言えば1歳9ヶ月までの姿であった。

 ところが、1歳10ヶ月を過ぎると、別の部分に癒されるようになった。雪かきから戻ってきたときに、大喜びで玄関まで走って迎えに来て、私の手をぎゅっと握ってコタツまで連れていく姿に癒されるようになるのである。それは可愛さに癒されるのではなく、小さな子供の心遣いに癒されるのである。

 姿形ではなく、行為に癒されるのである。

 それはひょっとしたら、ただ単に遊んでもらいたいという煩悩を表しただけなのかもしれない。その辺は注意が必要なのだが、それだけでないような気がする。少しずつであるが、赤ちゃんなりに相手を思いやることも、理解しつつあるのかもしれない。しかしそれは、少しずつ赤ちゃんを卒業して行くことでもあるので、それはそれでちょっと寂しい気もする。

 面白いのは、うちの嫁さんも少しずつ成長しているところである。赤ちゃんが生まれた頃は、うちの嫁さんはマニュアルの塊であった。定時になると、ぐっすり寝ていても馬鹿のひとつ覚えのように、たたき起こしてミルクを飲ませていた。私が何度、寝かせておけといっても、絶対に言う事は聞かなかった。必ずマニュアルを守るのである。

 しかし、妹や弟の多い家族で育った人ならわかると思うが、昔から赤ちゃんが寝ていたら絶対に起こさないのである。寝たいだけ寝かせるというのが、常識であることは誰もが知っていることなのだ。赤ちゃんは寝ることによって、育つということが嫁さんには理解できていなかった。何故理解できていないかというと、子育ての本に書いてないからである。要するにマニュアルに書いてない事は、妹弟のいなかった嫁さんにとっては存在しないことなのだ。

 だから私が何度言い聞かせても、規則正しい生活を覚えさせるという変な理屈を持って起こしていた。おかげで息子の成長は止まってしまった。眠らなければ成長ホルモンが出ないので当たり前と言えば当たり前である。
 おまけに、子育て母に書いてある食事の量を正確に計って、栄養なんかを秤に計って、無理矢理食べさしていた。当然のことながら、同じようなメニューが続き、息子は泣きわめくようになる。で、私が横から大人の食事を食べさせておとなしくさせるのだが、その都度不満そうな顔をしていた。嫁さんが、いちにち留守にするときなどは、わざと食事を減らしたりした。もちろん息子の調子は良くなる。翌日から食欲も戻ってくる。嫌がっていたメニューも食べるようになる。
 最初の頃は、こんなことの繰り返しをしていたのだが、そんな嫁さんも最近はようやく柔軟になってきた。子育ての肩の力が抜けたのだろう。もしくは読んでいたマニュアルのことを全部忘れてしまったかのどちらかだろう。

 こう考えてみると、子育てというものは、
 いかに肩の力を抜くことが重要であるかが分かる。
 気負いすぎると、かえって失敗するのだ。

 そういう意味で、うちは子供が産まれる前に、子犬を飼ってみて大正解であった。ある意味、子犬は赤ちゃんよりも客観的に観察しなければいけない部分があるので、冷静に判断できるようになる。子犬の子育てだって、気負いすぎると失敗するからだ。これは私が、過去に子犬を2回ほど育てたことがあったからこそわかっていたことである。そして、弟が2人たからわかっていたことでもある。

 そういう意味では、生まれた時の環境というものは、非常に重要であるのかもしれない。ちなみに私は、子供の頃、犬の他に、うさぎ、鳩、猫、インコ、鶏、金魚などの魚類などを飼っていたことがあった。そのために、いろんな動物を通して比較してみて犬の子育てが、人間の子育てに非常に近いことが、体験として知っていた。この辺も大きかったのかもしれない。

 ちなみに、私は小学校6年生頃に、動物博士になっていた。図書館にある動物図鑑の写真の名前を全て暗記できるようになっていた。たぶん1,000種類の動物の名前を知っていたと思う。友人と動物の名前当て勝負を何度もしていた。

 そうなのだ、友人の中にも動物博士はいたののだ。
 似たような子供たちが、他にもいっぱいたのである。
 それは時代や環境によるものかどうかは知らない。

 だからディズニー映画の動物のドキュメンタリーなどを見ると、テロップに動物の名前が出る前に、その動物の名前を言い当てるのが得意であった。そのために動物のドキュメンタリー映画を見るのが大好きだった。その当時、 1番好きな映画は野生のエルザであった。原作の本も小学生の頃に何冊も読んでいる。だからライオンのオスが子供ライオンを殺す残酷さも知っていて、学校の先生の「仲間を殺し合うのは人間だけ」という説教に反論したりする生意気な小学生であった。いまでいうオタクのはしりでもあったろう。それは学校の勉強とは全く関係のない無駄な知識ではあったが、今思えば、あれが良かったと思っている。


つづく。

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2015年02月07日

狼と犬

 早いもので息子が、 1歳10ヶ月になった。
 1歳10ヶ月ともなると、格段に知能レベルが上がってきている。
 まず、大人の言葉を理解するようになってきた。
 話す事はできないのだが、聞き取ることができるようになってきたのだ。

 例えば、おやつがなくなって、もうお終いですと言うと、とたんに泣き出す。おしまいという言葉と、おやつがなくなるという事実が、イコールであるということが理解できてきたのだ。大人の言っていることがかなり分かってきている。
 それだけでは無い、自己主張も始めるようになった。具体的に言うと、おもちゃ王国のパンフレットを親の前に持ってきて広げて見せるのである。ここに行きたいというアピールを日常的に始めるようになってきたのだ。
 私が指をさすと、指のほうに顔を向けるようにもなってきた。スーパーやホームセンターに連れて行っても、ベビーカーという檻は必要なくなってきた。きちんと注意さえすれば、勝手にうろうろすることもなく、親の後をついてくるようになった。多少駄々をこねることもある事はあるのだが、最終的には親の言うことを聞いてくれるようになってきた。またレストランに連れて行ってもおとなしく静かに座り、人様にご迷惑をかけないで食事をすることができるようになってきた。

 この結果を踏まえて、改めて感心してしまう。
 赤ちゃんは、親が考えている以上に知能が高い。
 信じられないくらい高い。
 それは知識としては知っていたが、実際自分の目で、体験をしてしまうと、改めて驚かされてしまう。

 しかしである、私の息子は、これでも成長が遅い方なのである。生まれた時期が10日しか違わない、1歳10ヶ月の女の子が知り合いにいるのだが、その娘はもっとすごい。ドックランで、であった数十匹の犬の名前すべてと、飼い主の名前を全部覚えて喋れるのである。例えば、犬と飼い主全てを足して50の名前があったとする。それら全てを識別して名前を覚え話すことができるのだから本当に驚かされる。一般的に女の子は成長が早いと言われているが、その成長の早さには、ただただ驚くばかりである。スタッフの土井くんの娘さんも、かなり成長が早い。明らかにうちの息子よりも立ち上がるのが早かった。

 前置きはこのくらいにして本題に入る。
 子供の成長についてである。
 子供の成長には、犬型と狼型がある。

 犬とオオカミ。この両者を比較してみると、狼の方が圧倒的にIQが高い。脳みその重さを量ってみても狼の方が圧倒的に重い。もちろん体重に対する脳の重さの比率を比べての話である。
 したがって、狼は犬よりもよほど早く成長する。約1年で大人になってしまうのだ。逆に言うと1年で大人になれない狼は、自然界では生存が難しい。早く生きる術を覚えないと生きていけないのである。

 これに対して、犬は成長が遅い。狼に比べてみると脳みそも小さい。 IQも低い。犬種にもよるが大人になるまで3年ぐらいかかってしまう。つまり3歳位までは全く警戒心がないのだ。子供のままなのである。だからもし犬が自然界に放り出されてしまったら、生き残るのは非常に難しいだろう。自然界の中では狼の方が圧倒的に有利なのだ。

 しかし、犬にも長所がある。学習期間が長いために、結果としてオオカミを超える能力がそなわる。3年間の長期間、子供であるためにオオカミよりも成長するのだ。これは、ニホンザルとチンパンジーの関係にもいえる。ニホンザルはチンパンジーよりも成長が早い。しかし、最終的にはチンパンジーの方が学習する量は多くなる。ただ、野生界では、はやく大人になった方が生存率は高くなる。野生の中ではオオカミは、犬に対して圧倒的に生存率は高い。
 
 ここで乱暴な議論をあえてしてみるとするならば、女性は狼タイプなのかもしれない。早く成長する。年齢が同じなら女性の方が圧倒的にIQが高い。男性はどちらかというと犬タイプなのかもしれない。比較的ゆっくりと成長する。そしていつまでも子供っぽさを残してしまう。しかし、これは大雑把な議論かもしれない。女性の中にも、狼タイプもいれば犬タイプもいるからだ。もちろん男性の中にも、狼タイプもいれば犬タイプもいる。

 さて、うちの息子は、どっちのタイプなのだろうかと、この1年10ヶ月の間に、興味深く観察していたのだが、正直なところ、どちらのタイプか全くわからない。親の心情としては、犬タイプになってほしいと思っているのだが、ゆっくり育ってほしいと思ってはいるのだが、どうもそんな風には見えない。切り替えが早過ぎるからだ。かといっても、狼タイプかというとそういう風にも見えない。特別成長が早いというわけでもない。むしろマイペースでゆっくりしているぐらいだ。とゆうか、わざとゆっくりさせている。

 まだトイレトレーニングもしてないし、学習用の教材も、絵本も読ませてない。箸やスプーンの使い方も自己流に任せている。なので、他のお母さんたちや、検診の先生たちに呆れられてしまっている。おそらく我が家は、教育ママの世界から最も遠いところにいるのかもしれない。わが家で注意しているのは、お行儀だけだ。行儀が悪い場合は遠慮なく叱っている。しかしそれだけである。

 それにしても、他のお母さんたちは、本当に教育熱心だ。ほとんどのお母さん達は1歳位の時から絵本を読んであげているらしい。うちの息子の場合は、絵本を読んであげようにも、おとなしく聞いてくれるようなタイプではなかった。すぐに絵本を口の中に入れてよだれだらけにしてしまったり、ビリビリにやぶいたりした。とてもではないが落ち着いて本を読んではくれなかった。本当ならば、根気強く絵本を読んであげるべきだったのだろうが、めんどくさいのでそんな事はしなかった。

 だから絵本なんかとはまったく縁がなく育ったはずなのだが、不思議なことに、いまは勝手に本を読むようになった。本当に不思議である。本だけでは無い。おもちゃ王国のパンフレットを毎日のように眺めている。私が読んでいる歴史の本なんかも読んでいる。もちろん文字なんか理解できてない。時々逆さに読んでいることもある。だけど、親の真似をして本を読んでいるのだ。

つづく。

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2015年01月20日

民間の託児所は、とっても便利

 実は、うちの嫁さんは大昔から貧血が酷かったのだが、最近、その原因がわかったので、それを改善するための入院をした。そして予定通り、明日、嫁さんが群大病院を退院することになった。
 
 私は数日間、息子と2人だけで一緒にすごせて面白かった。

 これは嫁さんにしても同じ事で、数日間のお泊まりにワクワクだったらしい。分厚い入院の手引きをニコニコしながら読んでいた。直前に、楽しそうにいろいろ買い物なんぞしていた。出産後、はじめて数日間、息子と離れてぐっすり寝られるからである。(実は、これが一番の目的だったりする)

 ところが、貧乏性なのか、病院のベットは暇すぎてやってられなかったらしい。ゆっくり休むつもりが、かえって背中が痛くなってしまったらしく、私とは立ち話ばかりしていた。すると看護婦さんたちが次々と『すわってください』とイスなんぞをさしだすのだが、座りたいわけが無い。本人は、自分を病人だとは思ってないからだ。

 これは私も経験がある。検査入院で入院した私も自分が病人だとは思ってない。だから私の場合は、8階建ての病院の階段を20往復して身体を鍛えていた。そうしないと暇すぎて、かえって調子が悪くなるのだ。さすがにそこまでは嫁さんはしてない。看護婦さんに『立ってる方が楽なんです』と、余計な反論をしている。

 まあ、そんなことはどうでもいいとして、群馬大学病院に入院で困ったことは、息子を病院に入れられないことである。規則でそうなっている。

 仕方が無いので、村の保育所にお願いしようとしたが駄目だった。公務員は時間が来たら帰ってしまう。で、ネットで調べてみたら24時間やっている託児所が群大のまわりにいっぱいあった。1時間500円で預かってくれて、食事も食べさせてくれるし、昼寝もさせてくれる。そのうえ直前でも予約が出来る。子供の様子はライブカメラで、インターネットを通じて、スマホ・タブレット・ノートパソコンで確認できる。

 それに対して幼稚園は論外にしても、保育園も使えなかった。公立の保育園は、かなり前〜予約しても断られるケースがあるし、洋服も3着以上準備し、布団まで用意しなければならない。しかも夕方には終わってしまう。しかし、病院は何があるかわからない。診療の時間が読めないのだ。だから公立の保育園はつかえない。

 なので民間の託児所がなかったらやばかった。誰かにベビーシッタをお願いするしかなかった。

 それにしても民間の託児所の多いこと多いこと。インターネットで探したらワンサカでてくる。で、どの託児所もインターネットで子供の様子が確認できるようになっている。これなら御両親も安心して預けられるかもしれない。

 逆に考えたら、うちの宿にもライブカメラが必要かな?と思い始めた。天気や雪の積雪がよくわかるからだ。ちょっと考えてみたい。
 
追伸
・不用意な記事で御心配欠けました。嫁さんは、病気で入院したのではありませんので御安心下さい。。

 
つづく。

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2015年01月19日

息子が託児所デビュー

息子が託児所デビューした。
生まれて初めての託児所である。
嫁さんが、前橋の群大病院に入院してしまったからである。

私は嫁さんの手術のために、医師といろいろしなければならないことがあるが、その時に幼児を連れていくことはできないのだ。仕方が無いので、民間の託児所に預けることになったのだが、なにしろ託児所は初めてな事なので、最初はワンワン泣くかなとおもいきや、違った。

息子の好奇心は、親の私たちを忘れて託児所の中に突進していった。
5時間後、息子を迎えに行っても帰りたくなさそうであった。

『明日も来るから』

というと、やっとあきらめて自動車にのってくれた。いったい誰に似たのだろうか? 非常に好奇心が強いが、1歳10ヶ月という年齢が、好奇心のかたまりなのであろう。この時期の子供の好奇心は、なかなか抑えがたいものがある。非常に扱いにくいと同時に、逆に扱いやすくもある。自分で衣服を着ようとするようになってきたので、それは助かるのだが、逆に時間は余計にかかってしまう。

親の真似も、日に日に酷くなってくる。なんでも真似をする。ベビーフェンスも簡単に脱出するようになってきたし、自分の背丈より高い出窓も簡単によじ登るようになってきた。これは大人でも真似の出来ない驚異の身体能力である。どうやって登ったのかと思いきや、身体が柔らかいので、足が頭の上まであげられるので、それを利用して登っている。しかし、道具を使って登る知恵はまだ無い。そこのところだけ助かっている。

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つづく。

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2014年12月25日

軽井沢のイルミネーション

軽井沢のイルミネーション

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願い事を書いて、
木につるします。

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冬の大三角形
星空がきれいでした>

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つづく。

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2014年12月22日

主導権

 しばらく風邪をひいて休んでいた。風邪など、ここ数年かかったことがなかったが、油断したのだろうと思う。それはともかく風邪をひくと1番辛いのは息子と遊べないことである。うつしてはいけないので息子と距離をおかなければいけない。これはお預けを食っている愛犬コロの心境と一緒である。もちろんお客さんとも距離をおかなければいけないので、これもちょっと悲しかった。

 ところで、もうすぐ息子が1歳9ヶ月になる。早いものだ。そして、息子はますます親を真似するようになってきた。最初に息子が親の真似をしたのは、生後10ヶ月ぐらいだろうか?ご飯を食べる前に「いただきます」を言うようになった。これは親の外見を真似しただけだと思われる。この頃は親の外見の真似をどんどんしていた。

 しかし、その数カ月後には、「いただきます」を言わなくなった。見た目上は退化現象が始まっていた。しかしそれは退化などではなく、自分の意志を持ち始めたのだと思う。単なる物まねではなく、言う言わないの選択肢の主導権を取ろうとしていたのかもしれない。

 そのうち「いただきます」を言ってみたり言わなかったりケースバイケースの事が多かった。気分に左右されていた。それが 1歳8ヶ月くらいになると、必ず「いただきます」を言うようになった。その上、親の私が、息子の前で、うっかり「いただきます」を言い忘れてしまうと、息子が親に注意するまでになった。こうなると「いただきます」は、息子にモラルとして定着してしまった感がある。

 以上、 2年近く息子を観察してみて思った事は、「いただきます」には、いろんな「いただきます」があるということである。最初は本能的に、真似ばかりしていたと思う。そのうち真似をすることに対して、自分の意思を優先させるようになってきている。そして最後には「いただきます」が習慣となっていき、挙げ句の果てにはモラルにまで発展していっている。同じ「いただきます」でも、生後10ヶ月の「いただきます」と生後1年9ヶ月の「いただきます」では。天と地ほどの差があったと思う。

 ちなみに息子は、いろんなことを覚えつつある。まずお客さんに「バイバイ」と言うようになった。実はこれは私も嫁さんも教えてない。教えてないのに息子はある日突然、お客さんに「バイバイ」と言うようになった。おそらくテレビの影響かと思われる。他にも教えてない事をするようになった。どう考えても、テレビの影響である。その逆に、私が一生懸命教えようとすることは、全く覚えてくれない。にっこり笑ってはにかむだけで、覚えてくれない。どうやら覚えるものに対しての主導権は絶対に渡さないつもりらしい。

 黙ってじっとして私のを読む絵本を見てはくれない。すぐ暴れだす。そのくせ、私が諦めて週刊誌などを読んでいると、それを脇からじーっと眺めるのだ。息子は私が読んでいる本をじーっと眺める。もしくは、私が読んでいる本に似たような形をしたものがあったら、それをじーっと眺めるのだ。息子は私が本気で面白がってるものでないと読んでくれない。しかし、私が本気で面白がる本は、かなり難しい本なので、息子が内容を理解できるわけがない。なのにそういう本ばかり読もうとする。

 食事の時などもそうである。どうしても自分が主導権を取りたがる。私がうどんをフォークで突き刺して息子のところに運んであげるのだが、息子はそれを素直には食べてくれない。せっかくボークで突き刺したうどんを、手でわざわざもぎ取って、それを腕の中に戻し、改めてお椀の中のうどんを手で掴んで口に運んでいる。食べさしてもらうのが嫌いなのだ。そういう年頃になってきたのだ。

 おまけに大人用の箸を持ちたがる。子供用のスプーンやフォークを渡すのだが、それが気に入らないらしい。どうしても大人が持っているものと同じでないと気が済まないらしい。当然のことながら、大人用の箸など使える分もないから、うまく食べられない。したがって、最終的には手で食べてしまうことになる。要するにインド式のご飯の食べ方になってしまうのだ。

 話は変わるが、今日は大掃除をした。古い冷凍庫をリサイクルに出すべく、自動車の積み込みを行った。嫁さんと2人で、大きな冷凍庫を移動させたわけだが、息子も一生懸命手伝おうとする。正直言って邪魔で仕方ないのだが、夫婦2人が何かをやっていると、息子は必ず入り込みたがるのだ。お客さんが帰った後のベットメイクや部屋掃除も、必ず息子が加わってくる。まぁそれはいいのだが、困ったことに主導権を取りたがるのだ。しかしこればかりは主導権を渡すわけにはいかない。あと10年は待ってほしいが、その頃は興味を失っているのだろうなあ。

つづく。

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ラベル:主導権 育児
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2014年12月11日

親の背中

 今日は、私は家で留守番である。嫁さんが遠くに出かけてしまったからだ。オフシーズンになると、嫁さんはたびたび出かけるのだが、ひとりで留守番しているときは、たいていはカップラーメンか、コンビニ弁当だった。ところが、去年からはそういうわけにはいかなくなった。息子が生まれたからである。柄にもなく、息子のために料理を作って食べさせることになる。

 ところで嫁さんは、息子のためにパンを作っておいてくれた。息子に食べさせるためのパンである。だから、自家製のパンである。変な添加剤や、ショートニングや、マーガリンの入ってない、健康に良いパンを作って、台所に置いて、朝の7時ぐらいに出かけてしまった。

 息子が生まれるまでは、パンはパン屋さんから買っていた。しかし、赤ちゃんが生まれると、安全なものしか食べさせられないので、パンは自分で作るようになった。幸い最近のパン焼き器は、変なものを添加しなくても非常においしいパンをつくってくれる。特にパナソニックのやつは、その辺のパン屋さんのパンよりも美味しい。そのためかうちの息子も、パンが大好きになって、毎朝パンばかり食べている。だから、嫁さんは遠くに出かける時にも、息子のためにパンを焼いておいたのだろうと思う。

 しかし、せっかく焼いてくれたパンを私は使わなかった。私はどちらかというと、パンよりピザの方が大好きである。なので、ピザを焼いて息子と一緒に食べた。息子もピザは大好きである。ただ、焼きたてのピザはとても熱いので、小さく切り分けて、フーフーと息を吹きかけて、さましながら息子に食べさせた。息子は1歳8ヶ月である。このぐらいになると、何でも親の真似をするようになるので、彼もピザを食べるときはフーフーと息を吹きかけながら食べる。食べ方を真似して食べるのだ。次に、納豆を食べさせたが、食べさせる前に、納豆をよくかき混ぜて食べてみせると、息子も納豆を自分でかき混ぜた。やはり親のやることを真似する。

いちど息子の前で、カップラーメンを食べたこともあったが、それさえも真似されてしまった。紙コップとお箸を取り出して、盛んに紙コップの中にお箸を突いていた。そういえば最近、盛んにお箸を持ちたがる。もちろん使いこなすことなどできないのだが、お箸で空っぽの茶碗の中に盛んに突いて見せた。やはり親の真似をしている。

 見ていて面白いので、今度は食後に、食堂のテーブルの周りをゆっくり歩きはじめてみた。すると息子も私の後をゆっくり歩いてついてきた。やはり親の真似をする。どのぐらい真似をするのか、ちょっと興味が湧いてきたので、数字を数えながら、何度も何度もテーブルの周りを回ってみた。結果は、一緒に21周してしまった。

 こんなことが前にもあった気がした。
 デジャブを見た気がしたのだ。
 はて、それはいつだったのだろうか?
 しばらく考えてみたら、今から50年近く前の事であることに気がついた。

 私には、 3歳年下の弟がいたが、やはり弟も同じようなことをしていたのだ。兄である私の真似をしていたのだ。私が遊びに行くと、こっそりついてきた。怒って怒鳴って帰るように言っても、ずっとついてきて、いらぬことを真似していた。私の父も母も公務員で、昼間は家にいなかったので、真似する対象が、兄である私しかいなかったのだろう。しかし驚くべき事は、 50年前でも、たった今でも、小さな子供たちは、身近な存在を真似するということである。それはもう恐ろしいくらいに真似する。真似するなと言っても、真似をするのが子供というものだ。

 しかし、それは犬でも、野生動物でも似たようなものである。野生動物は親の真似をして性格を形成していく。犬なら飼い主の真似をして成長していく。真似をするというのは自然界の法則そのものであるかもしれない。

 ここでちょっと話を変える。

 息子は、生後10ヶ月頃から、小さなクマのぬいぐるみをやたらと可愛がるようになった。最初は、どうして可愛がるのか、さっぱりわからなかった。しかし愛犬コロと一緒に散歩するようになると、その理由はすぐにわかった。私が愛犬コロをなぜなぜしながら、可愛がっているのをみて、その真似を小さなクマのぬいぐるみで行っているのである。

 つまり親が動物を可愛がるという行為は、子供にそのまま伝わっていくことがわかったのだ。これは重要な発見だった。子供の前で、親が何をなすべきなのかが、よくわかった。犬でも猫でも何でもいい。それを可愛がってみせるということが、重要なのである。私が浅間牧場のヤギを可愛がると息子もヤギを可愛がる。うさぎにしても同じである。逆に虐待すれば、息子も虐待するようになるのだ。子供は親の鏡というが、まさにその通りだと思う。

 ある日。そのことを裏付ける面白い事件があった。いつものように、軽井沢の公園で息子と遊んでいた時に、偶然、猫が芝生に寝転んでいた。私は猫派ではないので、無視していたが、それは息子も同じであった。そこに猫好きの30歳位のお母さんがやってきて、猫をなでなでしていたら、その娘さんも猫に近づいてきて、やはり抱きついていた。うちの息子は無関心である。しかし、偶然そこに、犬が通りかかったら息子はスタスタと近づいていく。明らかに興味があるのである。ドックランの前を通ろうものなら、入ろうとして、駄々をこねる。これはうちの息子に限ったことではなく、犬友達のちびっ子たちにも同じような症状がみられるらしい。親の背中というのは、本当に重要である。ましてや自営業をやっている私の場合は、サラリーマン家庭以上に重要になってくることだろう。

つづく。

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ドラえもんと息子

 世の中には、ステレオタイプというものが横行している。例えば関西人は面白いというステレオタイプであるが、何人かの関西人の人をヘルパーに雇った結果、関西人全員が面白いとは限らないことがわかった。関西にも、ねぐらな人間や、口数の少ない人がいるのである。当然といえば当然である。しかし、どういうわけか、この当たり前のことが、私にはわかってなかった。関西人は、全員ギャグを言うのだとばかり思っていたが、実際はそういう事はなかった。関西人にだって、ギャグを言えない恥ずかしがり屋さんは少なからずいたのである。

 関西の話題が出たところで、京都人に対するステレオタイプに誤解していた事をここで白状しよう。そもそも私は、京都に恨みも何もない。だいたい京都と、あまり接点がない。だから京都の事はよく知らないのだ。しかし、いろんな人から京都の人間に対してある種のステレオタイプを聞かされていて、 1種の偏見を持っていた。その偏見というのは、ご想像の通り、京都人に対する悪口である。京都の人間は、裏表があるとか、影で悪口を言われてしまうとか、他人を寄せ付けないとか、よそ者排除するとかである。

 実際のところは、わからない。それらは本当なのかもしれないし、嘘なのかもしれない。ある地域の人にとっては、真実なのであろう。また、そういう体験をした人も多かったのかもしれない。火のない所には煙が立たないともいう。

 しかしである。こと私の15年にわたる宿屋の経験を語る限りにおいては、全くそういう事は無い。京都の人たちは、礼儀正しく、気遣いがあり、良い人達ばかりだった。 15年間宿をやっていて、京都の人に対して、悪いイメージを持ったことがない。少なくとも私の体験は、京都に対するステレオタイプには当てはまらない。むしろ良い印象ばかりが残っている。温厚で、大人びていて、礼儀正しく、物腰が柔らかい人たちばかりであった。

 そう言って、他のお客さんに、私が京都に対する印象を語ると、それは騙されてるんですよと言われてしまう。私は笑ってしまう。騙されるも何も、私を騙して何の得があるというのだろうか? たとえ裏表があったにしても、それが私に伝わらなければ、騙したことにはならない。いや、温厚で、大人びていて、礼儀正しく、物腰が柔らかいことが騙していることになるとしたら、サービス業の人々は、みんなお客さんを騙していることになる。そんな訳はない。相手に不愉快を与えないのは、社会の常識だ。多分京都の人たちは、変なステレオタイプの印象に誤解されているのではないだろうか? 

 思えば、 15年間宿屋をやっていくうちに、いろいろなステレオタイプのうわさが、根拠のない間違いが多いことに気がついた。大半が都市伝説であったと思う。しかし、すべてが間違いというわけでもなかった。中にはステレオタイプの人たちもいるが、まぁそれは、人それぞれということだろう。

 さて、ここから本題に入ろうと思う。
 典型的なテレオタイプの話である。
 ドラえもんのことに触れたい。

 アニメのドラえもんは、究極のステレオタイプの人間関係を私たちに見せてくれている。人間のパターンを、何種類かに分けて見せてくれたのだ。それは、ジャイアン、スネ夫、静香ちゃん、のび太。この4つのパターンは、究極のステレオタイプである。まず乱暴者といえば、すぐにジャイアンを思い出す。それにとりいって弱い者いじめをする奴といえば、すぐにスネ夫を思い出す。あと優しい女の子といえば、静香ちゃんを思い出す。

 ところで、息子が1歳8ヶ月となり、児童館のイベントなどに参加するようになった。イベントには、大勢の1歳児が来ていた。何回かイベントに参加している1歳児たちは、慣れたもので、保母さんの紙芝居や、工作にどんどん加わっていく。うちの息子は、私たちの仕事の関係上、こういうイベントにあまり参加できなかったので、他のお子さんたちに比べて、いつもワンテンポ遅れてしまう。要するに、競争に負けてしまうのだ。

 それでも、部屋の隅に転がっている小さなおもちゃを見つけて、それで遊び出すと、ジャイアンみたいな他の1歳児がやってきて、取り上げてしまったりする。うちの息子は、呆然と見ているだけである。ジャイアンは、息子をこずいたりもしている。それに対しても息子は呆然とするだけである。何がなんだか、何が起きたのか分からないという感じである。要するに、のび太になっているのだ。

 これは仕方がないことだ。うちの息子が、こういうイベントに参加する機会を持ってないので、どうしようもないのだ。息子が、少しずつ人間に慣れていくことによって、自分で対処法を見つけるしかない。でないと、本当にのび太になってしまう。

 そもそものび太は、なぜのび太になってしまったかと言うと、ドラえもんがいたからである。ドラえもんがのび太を作っているのだ。ドラえもんが助けるから、のび太はどんどんドラえもんに依存していき、ダメ人間となっていくのだ。怖いのはここだ。親の私たちは、知らず知らずのうちにドラえもんになることがある。つまり余計な手助けしてしまうかもしれない。だが、それではダメなのだ。漫画のドラえもんを読んで育った親たちは、それをみんな知っている。だから誰も手助けをしない。

 ドラえもんに書かれてある事は、ステレオタイプの登場人物が、お約束のストーリーを展開させて、そしてのび太はどんどんのび太になっていく。つまりダメ人間になっていくという話だ。それはもう陳腐なストーリーばかりだが、それを知っているだけで、親として何をなすべきかが、頭の中に刷り込まれているから不思議である。

 結局、嫁さんと話しあった結果、月に1回か2回、 3時間くらい保育所あたりに預けてみることにすることにした。息子は、マイナス10度の雪山にも上るし、犬と一緒に浅間牧場を駆け回るし、牛やヤギとも遊ぶし、自然環境の中では無敵なのだが、人間とのお付き合いが、まだ上手では無い。別に今のままでも構わないのだが、少しだけ人間社会に入れてみることにしてみようと思う。

つづく。

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2014年11月22日

フィンガー5を踊る息子

 息子が、もうすぐ1歳8ヶ月になる。最近は、毎日のように息子を連れて軽井沢オモチャ王国に遊びに行っているが、足取りもしっかりしてきたし、他所のお子さんともからむようになってきた。私は、そんな息子を遠目に、パビリオンにあるマッサージ器を使って腰をマッサージしている。実は、腰を痛めたのだが、これが中々直らないのだ。理由は分かっている。息子を抱き上げる時に、腰を使ってしまうからだ。なので、最近は、ダンベル練習のように腕力だけで抱き上げるようにしていた。しかし、これが良くなかった。腰だけでなく肘も痛めてしまった。しかたがないので、息子の世話は嫁さんにまかせることになった。

 しかしである。そうはいっても、それを許さない状況もある。1歳8ヶ月にもなると、息子は親に甘え始めるからだ。何時間か私が息子に顔をみせないでいたら、息子は私を探し出す。そして私を見つけると、ダダーッと走ってきて抱きついてくる。そしてダッコを迫るのだ。母親には、それをしないのに、私には要求する。どうしてだろう?と不思議に思っていたが、よくよく考えてみたら、息子は重いので、嫁さんはダッコなどの力仕事は全て私にふっていた。そのために私は、腰を痛め、肘を痛めたのだが、もう限界である。

 ちなみに私は、息子を厳しく躾けている。日に、何度も叱りつけているが、そのたびに息子は泣きながらダッコまたはハグを要求してくる。そのつどハグしながら言い聞かせているのだが、理解力は素晴らしいので、少しづつ世間を知りつつある。ただし、その代償も大きかった。コップを割ったり、急須を割ったり、お金を破いたり、灯油をぶちまけたりした。

 もちろん、そういう事故を防ぐことは簡単だ。息子と一緒に仕事をしなければよい。仕事中にベビーサークルに入れて隔離すればよいのだが、そういう選択が、愛犬家の私にはない。そんなことをすれば犬だったら引きこもりになる。他の野生動物にしても同じである。ある時期に社会に出してやらないと、適応できなくなる。

 だからそれを知っている人間は、わざと1歳8ヶ月の赤ちゃんの前で、ストーブに灯油を入れてみせる。もちろん息子も真似をしたがるので、電動灯油ポンプのスイッチを押したがる。
「ダメだよ」
と何度も注意するが、押したがる。で、ほんの三秒くらい場所を離れていると、電動灯油ポンプのスイッチを押して、息子は灯油まみれになり、あたりは灯油の海となり、息子は泣きながら私のところに逃げてきた。

 もちろん大声で息子は叱りつける。すると例のごとく、泣きながらダッコまたはハグを要求してくるのだが、それをはねのけて、叱りつけた。それがショックだったようで、しばらくは部屋の片隅で落ち込んでいた。自分が悪いことをしたことは理解できたようで、それから二度と電動灯油ポンプのスイッチはいじらなくなった。

 ただし、その作業は、ジーッとみている。
 たぶん、真似したくてたまらないのであろう。
 近い将来、息子に、この作業を教えることになると思う。

 今、息子にやらせている仕事は、ルンバのスイッチを押させる仕事である。
 あと忘れ物を集めさせる作業である。
 これは喜んでやる。

 そのために軽井沢オモチャ王国に連れていくと、散らかっているオモチャの整理整頓を始める。親の仕事を自分なりに真似していると思われる。子供という生き物は、恐ろしいくらいに親の真似をする。最近は、教育テレビの体操も真似しだした。YouTubeの動画サイトの踊りをみせると、それも真似する。特にフィンガー5はお気に入りで、歌いながら踊り出す。



 かなり難しい踊りなのに、自分なりに真似している。



 親が使っている箸も使いたがるようになった。
 私が読んでいる本も読む真似をして読むようになった。
 ペットボトルをラッパ飲みする仕草も真似した上に
「あー」
という私の飲み終えた後の声まで真似する。

 丸いものをみつけると、自動車のハンドルにみたてて回してみせるし、車の運転席に座らせると、あちこちのスイッチをおしつつハンドルを回す。リモコンをみつけると、子機で電話している親の真似をして、さかんに誰かと会話している。

 酷いのになると厨房のガスのスイッチを入れてみたりする。何でもかんでも真似するのだ。それだけに恐ろしい。油断したら火事になりかねないからだ。だから厨房には絶対に入れないし、入ってきたら遠慮無く叱りつけることにしている。だから息子は絶対に厨房には入らない。そこが禁断の地であることは理解しているようだ。

 そういう理解力だけは素晴らしいのだが、まだ1歳8ヶ月なので「厨房から出てきて」とばかりに訴えてくる。仕方が無いので、1分だけ出て行ってハグしてあげなければいけない。時々、めんどくさい気分にもなるのだが、それでも子供の笑顔に癒されるので楽しんでいる。

つづく。

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2014年11月11日

ミカンとススキ

 今年の秋は、暖かい。
 そのせいか今年の信州産のフルーツの糖度が高い。
 甘いのだ。
 特に軽井沢JAの売り場のフルーツが美味しい。
 なので、毎日のように梨や林檎を買ってきて食べている。
 で、気がついたことがあった。
 家族で、好きなフルーツが違うことが。

 私が好きな果物は、桃・梨・渋柿であるが、嫁さんは、マンゴー・林檎・ブドウを好む。一歳7ヶ月の息子は、ミカンが大好物である。1日に5個くらいのミカンはぺろりと食べてしまう。私もミカンは嫌いでは無い。理由は、皮をむく手間が少ないからだ。もちろん桃は大好物ではあるが、皮をむくのが面倒なので、あまり買って食べない。嫁さんも嫌いでは無いとは思うが、値段が高いので買ってこない。結局、安くて食べやすいミカンを家族でほおばることになる。

 だから毎日のようにミカンを持って息子を背負って浅間牧場を散歩している。浅間牧場には、見渡す限りのススキの草原があるところがある。そこに到着すると、息子を下ろす。息子は、大喜びでススキの原っぱを走った。ススキは、太陽光線を反射して、キラキラと光る。それを息子は不思議そうに眺めるのである。

 私は、ススキの1本を折って息子に渡した。
 息子は、キャッキャとススキを太陽にかざした。
 日光を反射するススキを不思議そうにながめている。
 そして動かない。

 仕方が無いので、ミカンをむいてさしだす。
 すると、ミカンにつられて息子は私のところに駆け寄ってくる。
 私は、ミカンで息子を釣るように、ゆっくりと浅間牧場を移動している。
 そうしないと息子は、いつまでもススキの草原を動いてくれないのだ。
 よほどススキが好きらしい。



 こんな散歩を毎日していた。
 今月は、晴天続きだったので、
 いつもススキの原は、海のように光を反射していた。

 そして今日も、ポケットにミカンを5個ばかりいれ、息子を背負って浅間牧場を一周した。
 しかし、ススキの草原に到着すると、大きなトラクターが動いていた。
 トラクターは、ススキを根こそぎ刈り込んでいた。
 息子は、驚いて凍り付いていた。
 トラクターをじっと見つめていて動かなかった。

 私は、いつものようにススキを1本折って息子に渡した。
 息子は、それを受け取って、5分ばかり、じーっと見つめ、ススキを放り投げた。

 デジャブーを見た気がした。

 北軽井沢も軽井沢も、ある日突然、何万坪もの木が切られている。そして、太陽光発電ができつつある。そんな光景が、過去にあったことを思い出した。今、軽井沢には莫大な薪が山積みで売られている。例年にない多さである。

 話がそれた。
 ススキのことである。
 息子は、なぎ倒されたススキと
 自分が放り投げていたススキをみつめていた。
 そして動かなくなっていた。

 しかし、ぼーっとしてはいられない。
 トラクターは、刻一刻と、こちらに近づいてくる。
 私は、ポケットからミカンをとりだして、息子に渡した。
 息子は、やっと笑顔になった。
 すかさず抱き上げて、その場を立ち去った。
 息子は、その一時間後に、嫁さんの実家に向かって旅立っていった。
 別れ際に、息子は悲しそうな顔をしていた。

 しかし嫁さんの実家、館林(大湿地帯)には、ススキがたくさんあるのだ。


つづく。

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2014年11月06日

1歳7ヶ月

 息子が1歳7ヶ月になった。
 2歳まで、あと5ヶ月を切った。

 一般的に言って、赤ちゃんにとって2歳までの育児が、その後の人生に決定的に影響すると言われている。その2歳まで秒読み段階に入ったのである。赤ちゃんの骨の数は成人よりも多いことは有名である。だから2歳までは、転んでもあまり怪我をしない。奇跡の回復力をみせる。しかし、2歳以降は、そうはいかない。身体が完成するにしたがって怪我をしやすくなる。と同時に自我も芽生えてくる。

 今日、その兆候を体験した。
 昨日までの息子と、違う息子になったのを発見した。

 昨日までは、息子はミルクを飲み終えると哺乳瓶を放り投げた。中身が無くなったら放り投げていたのだ。ところが、今日、息子は驚くべき行動をおこした。ミルクを飲み終えた後、すくっと立ち上がって、スタスタと哺乳瓶を私のところにまで持ってきて、「はい」と私の手に空の哺乳瓶を握らせたのである。

 驚いた。
 と同時に、1歳7ヶ月の赤ちゃんの学習能力に感心した。

 私は、ミルクを飲ませるときに必ず、「はい!」と空になりつつある哺乳瓶をもらう仕草をしていた。もちろん放り投げられることもあるし、大人しく渡されることもある。今日は、たまたま息子に対して何もせずいた。すると、その行為に不満があったのかどうかはしらないが、すくっと立ち上がって、私の所に歩いてきて、
「ほら受け取れよ」
と言わんばかりに、私の手をとって「はい」と、空の哺乳瓶を握らせたのである。

 おそらく息子は、自分と他人の違いを認識しはじめたと思われる。
 大人への階段に近づいた。
 前兆はあった。
 最近、よく言葉を話すようになっていた。
 歩くたびに「1、2、3、4・・・・」と数字を数えはじめていた。

 これは私がお風呂で教えた言葉である。
 他にもいろんな言葉を教えたが、数字を一番はやく覚えた。
 ある意味、想定内のことだったが、やはり驚いた。

 もし、数字をお風呂で教えてなかったら、この結果は無かったと言える。一般的に言って赤ちゃんは、話し言葉を耳で覚えるのでは無く、目で覚えると言われている。目で、口の動きを確認し、それを真似して、言葉を発すると言われている。だから手話の出来る聴覚障害者の親から生まれた子供は、普通の子供より早く言葉を覚えることが知られている。これについては、以前にも書いた。

 狭い御風呂だと、親子の顔の距離がちかいうえに、他に目移りするものがないために、親の口の動きしか見えない。つまり私が、御風呂で数字を教える場合、息子は私の口の動き真似しやすい環境があったわけである。だから息子が最初に覚えた言葉が数字だったのは、ある意味当然ともいえる。だから「想定内」と書いたが、いくら想定内であっても驚いたことは確かだ。

 こうなると、大人の赤ちゃん言葉を否定していた私は間違っていたことになる。あれは意味があったのだ。大人の赤ちゃん言葉は、大人の口の動きを赤ちゃんが真似しやすいからだ。現に、息子が次に覚えた言葉は大勢の大人たちがしてみせた
「いないいないばあ」
だった。あれも顔を近づけて口の動きを見せるために真似しやすい。

 もし、神様が私に二人目の赤ちゃんを授けてくれるなら、次は、数字出来なく別の言葉を御風呂で教えて、さらに裏付け手みたい気がする。が、そう上手く赤ちゃんが授かることはないだろう。

 まあ、そんなことは、どうでもいいとして、1歳7ヶ月ともなると心が、かなり発達してきている。といっても他人と比べると成長は遅い。何度もおもちゃ王国に行って同じ1歳7ヶ月のお子さんと会わせているが、うちの息子の成長は遅れ気味である。これは、決して悪いことではないので心配は何もしてない。

 しかし、どうして、このような個人差がでるのか興味があったので、成長の早いお子さんの御両親を観察してみた。で、面白いことが分かった。御両親がスマホをいじっているケースが多いのだ。子供を放置しているのだ。で、聞いてみたら、児童館や公園などに連れて行って、多くの子供たちと一緒に遊ばせているらしい。つまり、こういう場所に連れて行くことに慣れているのだ。だからスマホをいじっている。

 逆に言うと、そういう家庭のお子さんは、はやくから社会を体験しているともいえる。同じ年頃の子供たちを目で見て、真似ることを日常的にしているのだ。だから成長が早いのかもしれない。これは、私が御風呂で数字を教えたのと一緒である。

 赤ちゃんは、話し言葉を耳で覚えない。口の動きを真似ることで、言葉を覚える。赤ちゃんは、真似の天才であるから、真似るべき手本がそばにないと、真似しようがないのだ。大人の動きは、赤ちゃんが真似するにはハードルが高すぎる。だから小さな子供たちが手本として最適なのだろう。

 ここで話しをもどす。

 息子の成長のことである。息子は、最近になってやっと言葉を少しづつ話すようになってきたのであるが、実は、もっと早くから言語は理解していた。生後8ヶ月くらいから、いろんな言葉を理解していた。ただ、それを話し言葉にできないでいた。厳密に言うと、生後4ヶ月くらいに一時的に話し言葉を正確に真似できていたけれど、8ヶ月くらいから、その能力は退化していった。代わりに、いろんな意味不明な音声をあげて楽しんでいた。

 今思えば、あれをどうして録音しておかなかったかと悔やまれてしかたがない。きちんと録音していたら「赤ちゃん語」を解明できていたかもしれない。よく言われていることに、不快で泣く赤ちゃんは「あああーーー」と泣き、腹が空いて泣く場合は「えええーーー」と泣くと言われるが、実は、もっといろんな泣き声があったことを思い出したのだ。それを感覚的に私は処理してしまっていたが、今思えばもったいないことをしてしまった。きちんとデーターをとって、法則化して、嫁さんに教えていれば、嫁さんの負担は、もっと減っていたかもしれない。

 しかし、世には、そのあたりの法則を研究している学者たちが大勢居るはずだから、私が知らないだけで、どこかの本に、それが書かれてあるのかもしれない。


つづく。

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posted by マネージャー at 01:37| Comment(4) | TrackBack(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月22日

軽井沢住民のスケール

 嬬恋村でペンションやレストランをやっているオーナーさんの中には、小諸や軽井沢に住んでいる人がいる。理由は、子供の教育のためである。嬬恋村は、受験勉強するには、よい教育環境ではないらしい。レベルの高い進学高校が近くに無いのだ。だから遠くの高校に受験しに行き、高校は渋川や前橋にして下宿させる人が多いらしい。て、
「佐藤さんも、いずれはそうする事になるよ」
と言ってきたから
「まさか?」
と笑ってしまった。

「嬬恋村に、嬬恋高校があるのに、なんで渋川や前橋の高校に通わせなきゃならないのよ。全くアホらしい」

 すると、熱心な教育家たちは、哀れそうな目で私をみつめるのである。
 それにしても、教育熱心な方は、どこにでもいるのに感心した。
 よく、こんな田舎の嬬恋村にもいるものだと。

 誤解をされては、かなわないので、最初に言っておくが、息子が生まれると同時に数百万の学資保険にはいっている。その他に、毎月、4万円の積立もおこなっている。医学部以外なら、どの大学にも入れるように準備しているし、仮にもう一人息子が生まれても何の問題も無い。5人くらいまでは、息子を大学にやれる準備はある。だからケチで言ってるわけではない。

 と、書くと私が金持ちのように思われるかもしれないが、そうではない。タネをあかすと「なあーんだ」と思われるが、児童手当をそのまま学資保険にあてがうと、300万くらいは簡単にできてしまうのだ。具体的に言うと、子供が生まれると児童手当が、毎月1万5000円でる。年間18万円である。これを15年間貯めると270万である。もちろん児童手当は、三歳以降から1万円に減額されるから、実際はもっと少ない。その分の5000円を親が負担すれば、15年で270万。一番利率の悪い学資保険でも300万円になる。利率の良い学資保険なら270万の支払いで330万になるのもある。だから親の懐は、みんなが考えるよりは痛まない。

 それに子供が生まれると出産祝いをもらった。それらも使わずに学資保険にした。出産祝いは子供が受け取ったということにして、手をつけなかった。どこの家庭でもそうしているということを聞いたので、うちも全額を子供の学資にした。なので次に双子が生まれても余裕で学資は用意できる。だからケチで
「なんで渋川や前橋の高校に通わせなきゃならないのよ」
と言ってるわけではない。本気でアホらしいと思っているのだ。前橋に下宿するくらいなら北海道や鹿児島でも大してかわらんとも思っている。その方が、こっちが遊びに行けるから楽しいかなあとも思ってみたりする。だいたい、そこまでして受験勉強が必要なのか?とも思っている。もちろん本人がやりたいなら止めはしない。どうぞ、どうぞだ。

 話しが大幅にそれたが、本題に入る。

 軽井沢は観光の町である。代々、店や宿を経営しているところが多い。そういう親御さんの教育方針は、「勉強はそこそこでいい」らしい。と、これだけ聞くと「うちも同じです」という御家族もいるかもしれない。しかし、軽井沢はスケールが違うらしい。

 まず、冬になると、ハワイなんかに家族で1ヶ月滞在するらしい。
「あれ? 学校は?」
と素朴な疑問をもったら、当然のことながら休むらしい。
「勉強は遅れないんですか?」
と聞いたら
「遅れる」
とのこと。

 しかし御両親は「勉強はそこそこでいい」らしいので、長期で学校を休ませることなど気にしないみたいなのだ。

 いやー軽井沢はスケールが違う。
 さすが商売人の家は、やることが違う。
 学校の先生も真っ青だ。
 明治時代の庶民ような感覚だ。

 だから軽井沢在住の人も、サラリーマンの家庭は、軽井沢高校には行かせないで、小諸とか佐久あたりの進学高校に電車で通っている。軽井沢高校に行く人たちは、夏は家の手伝いをさせられる商人の子弟たちが多いと聞いた。

 私も息子に対しては「勉強はそこそこでいい」という気分だが、そこまでは徹底できない。いや「大丈夫かよ」と問い詰めてみたい。いずれ家業を継ぐにしても、今は学校に行って、経済や簿記やマーケッティングを学ばなければ、駄目なのではないか?と他人事ながらハラハラする。

 しかし、そういう考えも余計なお世話なのかもしれない。彼らは、机上の学問よりも、海外に長期滞在することによって、体験的に独自のマーケッティングを学んでいるかもしれないし、帝王学というものは、元来そういうものかもしれない。普通の学生生活をおくっていたら、突飛な発想もでてこないだろうし、ビジネスの嗅覚も発達しないだろう。

 ちなみにペンションオーナーの息子さんたちだが、不思議なことに、みんな頭が良い。誰も彼もがスーパー進学校に通っている。夏は宿の手伝いをして勉強するどころではないのに頭が良い。うちから一番近いペンションの息子さんも、そうである。将来の夢はペンションの跡継ぎと言っているのに超有名私立高校にトップで合格してしまった。「勉強はそこそこでいい」という環境なのに、どうしてそうなってしまうのか、ちょっと不思議である。でも、まあ、あとを継ぐんだろうなあ。東大を卒業したとしても。

 しかし、うちの息子には、そういうのは望まない。というか、超高齢出産なので、生まれてくれただけで儲けものみたいなものだから、正直言って、勉強とか運動とか跡継ぎとか、どうでもいい。健康でいてくれて、時々、親と仲良く遊んでくれたらそれでいい。ふつーが一番だわ。



つづく。

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2014年10月21日

6人兄妹

 先日、一家8人の御客様が泊まりに来られた。
 この中に、祖父母はいない。
 お父さん・お母さん・子供6人の計8人である。
 しかも3人添い寝にしたいという。

(実は、うちの宿は、幼児の添い寝は1名まで無料なのだ。それを3名にしたいと言ってきた)

「部屋が狭くなりますよ」

と言ったが、御客様のほうで、それでかまわないというので、オーケーした。

 昔なら消防法の関係で定員以上を泊めるの断っていたケースだが、最近は、添い寝に寛大になっている。自分が子育てしてみて、御家族の気持ちがわかったからだ。子育てで頑張ってるひとを見ると、どうしても手助けしたくなってくるというのもある。しかも6人を生んで育てているということを思うと、それだけで尊敬してしまう。なんとか力になりたいと思うので、食事面などで、できるだけの配慮をした。

 で、御客様に話しを聞いた驚いた。
 祖父母と同居で無いというのだ。
 つまり夫婦2人で6人を育てているのである。
 しかもお母さんが外で働いている。
 頭が下がった。

 しかし、それ以上に驚いたことは、6人とも、みんなよい子であるということだった。御家族をつれて星空観察にいったときも、みんな真剣に私の話しをきく。お兄ちゃんは、小さい子の面倒をよくみていた。私は、何度も子育ての秘訣を聞こうとチャンスをうかがっていたが、途中で、その必要がなくなった。聞かなくても分かってしまった。

 6人も子供がいたら、いちいち教育なんかしてられない。親の背中が教育なのだ。で、お父さんと、お母さんの背中が、子供の教育なのである。というのも、みんな、お父さん・お母さんによく似ていたからだ。星の解説をするとき、御両親が真剣にきいてくれた。その真剣さが、子供さんの真剣さとそっくりなのだ。そして一事が万事なのだ。

 これは兄弟間にも見られるらしい。御長男が宿題やっていると、あとの弟妹たちもみんな真似して勉強するらしい。子供は大人のまねもするが、兄姉のまねもする。これは一つの真理でもある。だから、これについては私も体験上知っていた。

 知らなかったことは、兄弟喧嘩についてである。私は3人兄弟であるので、兄弟喧嘩については多少知っているつもりだった。しかし、3人と6人は世界がちがっていた。6人兄妹の兄妹喧嘩は、私の想像をこえた世界だった。

 たとえば、小さい子供さんどうしの喧嘩は、大きい子供さんは無関心らしい。ところが長男と次男の喧嘩になると、大きい子供さんたちは、小さい子供たちを味方につけ多数になった方が勝つらしい。つまり全員を巻き込んで世界大戦になる。

 で、2人だけ年子の兄弟がいて年が近いこともあって、特別仲が良いらしく、年子の一人を味方につけると、自動的に二人が味方になるらしい。年子の兄弟の争奪戦が勝敗を決めるということだった。三国志じゃないけれど、すごいなあ・・・と思ってしまった。一般的にいって年子の兄弟は、小さいうちは仲が悪いと言われているが、6人兄弟の中では違うらしい。そのへんが面白いところでもある。何人兄弟かによって、微妙ににパワーバランスが違うのかもしれない。

 それにしても6人も兄妹がいるというのはうらやましいかぎりである。「大変でしょう?」と聞いたが、思ったほど大変ではないらしい。むしろ大変だったのは最初の一人の時で、今は、兄姉が下の子をみるので、むしろ楽なのだそうだ。一人だけを公園に連れて行くときは、最初から最後まで目が離せなかったが、兄妹が多くなると、子供たちにまかせてボーッとしてられるので、むしろ楽なのだそうである。事実は小説よりも奇なりというが、そういう事もあるのかもしれない。

つづく。

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