2014年10月22日

軽井沢住民のスケール

 嬬恋村でペンションやレストランをやっているオーナーさんの中には、小諸や軽井沢に住んでいる人がいる。理由は、子供の教育のためである。嬬恋村は、受験勉強するには、よい教育環境ではないらしい。レベルの高い進学高校が近くに無いのだ。だから遠くの高校に受験しに行き、高校は渋川や前橋にして下宿させる人が多いらしい。て、
「佐藤さんも、いずれはそうする事になるよ」
と言ってきたから
「まさか?」
と笑ってしまった。

「嬬恋村に、嬬恋高校があるのに、なんで渋川や前橋の高校に通わせなきゃならないのよ。全くアホらしい」

 すると、熱心な教育家たちは、哀れそうな目で私をみつめるのである。
 それにしても、教育熱心な方は、どこにでもいるのに感心した。
 よく、こんな田舎の嬬恋村にもいるものだと。

 誤解をされては、かなわないので、最初に言っておくが、息子が生まれると同時に数百万の学資保険にはいっている。その他に、毎月、4万円の積立もおこなっている。医学部以外なら、どの大学にも入れるように準備しているし、仮にもう一人息子が生まれても何の問題も無い。5人くらいまでは、息子を大学にやれる準備はある。だからケチで言ってるわけではない。

 と、書くと私が金持ちのように思われるかもしれないが、そうではない。タネをあかすと「なあーんだ」と思われるが、児童手当をそのまま学資保険にあてがうと、300万くらいは簡単にできてしまうのだ。具体的に言うと、子供が生まれると児童手当が、毎月1万5000円でる。年間18万円である。これを15年間貯めると270万である。もちろん児童手当は、三歳以降から1万円に減額されるから、実際はもっと少ない。その分の5000円を親が負担すれば、15年で270万。一番利率の悪い学資保険でも300万円になる。利率の良い学資保険なら270万の支払いで330万になるのもある。だから親の懐は、みんなが考えるよりは痛まない。

 それに子供が生まれると出産祝いをもらった。それらも使わずに学資保険にした。出産祝いは子供が受け取ったということにして、手をつけなかった。どこの家庭でもそうしているということを聞いたので、うちも全額を子供の学資にした。なので次に双子が生まれても余裕で学資は用意できる。だからケチで
「なんで渋川や前橋の高校に通わせなきゃならないのよ」
と言ってるわけではない。本気でアホらしいと思っているのだ。前橋に下宿するくらいなら北海道や鹿児島でも大してかわらんとも思っている。その方が、こっちが遊びに行けるから楽しいかなあとも思ってみたりする。だいたい、そこまでして受験勉強が必要なのか?とも思っている。もちろん本人がやりたいなら止めはしない。どうぞ、どうぞだ。

 話しが大幅にそれたが、本題に入る。

 軽井沢は観光の町である。代々、店や宿を経営しているところが多い。そういう親御さんの教育方針は、「勉強はそこそこでいい」らしい。と、これだけ聞くと「うちも同じです」という御家族もいるかもしれない。しかし、軽井沢はスケールが違うらしい。

 まず、冬になると、ハワイなんかに家族で1ヶ月滞在するらしい。
「あれ? 学校は?」
と素朴な疑問をもったら、当然のことながら休むらしい。
「勉強は遅れないんですか?」
と聞いたら
「遅れる」
とのこと。

 しかし御両親は「勉強はそこそこでいい」らしいので、長期で学校を休ませることなど気にしないみたいなのだ。

 いやー軽井沢はスケールが違う。
 さすが商売人の家は、やることが違う。
 学校の先生も真っ青だ。
 明治時代の庶民ような感覚だ。

 だから軽井沢在住の人も、サラリーマンの家庭は、軽井沢高校には行かせないで、小諸とか佐久あたりの進学高校に電車で通っている。軽井沢高校に行く人たちは、夏は家の手伝いをさせられる商人の子弟たちが多いと聞いた。

 私も息子に対しては「勉強はそこそこでいい」という気分だが、そこまでは徹底できない。いや「大丈夫かよ」と問い詰めてみたい。いずれ家業を継ぐにしても、今は学校に行って、経済や簿記やマーケッティングを学ばなければ、駄目なのではないか?と他人事ながらハラハラする。

 しかし、そういう考えも余計なお世話なのかもしれない。彼らは、机上の学問よりも、海外に長期滞在することによって、体験的に独自のマーケッティングを学んでいるかもしれないし、帝王学というものは、元来そういうものかもしれない。普通の学生生活をおくっていたら、突飛な発想もでてこないだろうし、ビジネスの嗅覚も発達しないだろう。

 ちなみにペンションオーナーの息子さんたちだが、不思議なことに、みんな頭が良い。誰も彼もがスーパー進学校に通っている。夏は宿の手伝いをして勉強するどころではないのに頭が良い。うちから一番近いペンションの息子さんも、そうである。将来の夢はペンションの跡継ぎと言っているのに超有名私立高校にトップで合格してしまった。「勉強はそこそこでいい」という環境なのに、どうしてそうなってしまうのか、ちょっと不思議である。でも、まあ、あとを継ぐんだろうなあ。東大を卒業したとしても。

 しかし、うちの息子には、そういうのは望まない。というか、超高齢出産なので、生まれてくれただけで儲けものみたいなものだから、正直言って、勉強とか運動とか跡継ぎとか、どうでもいい。健康でいてくれて、時々、親と仲良く遊んでくれたらそれでいい。ふつーが一番だわ。



つづく。

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2014年10月21日

6人兄妹

 先日、一家8人の御客様が泊まりに来られた。
 この中に、祖父母はいない。
 お父さん・お母さん・子供6人の計8人である。
 しかも3人添い寝にしたいという。

(実は、うちの宿は、幼児の添い寝は1名まで無料なのだ。それを3名にしたいと言ってきた)

「部屋が狭くなりますよ」

と言ったが、御客様のほうで、それでかまわないというので、オーケーした。

 昔なら消防法の関係で定員以上を泊めるの断っていたケースだが、最近は、添い寝に寛大になっている。自分が子育てしてみて、御家族の気持ちがわかったからだ。子育てで頑張ってるひとを見ると、どうしても手助けしたくなってくるというのもある。しかも6人を生んで育てているということを思うと、それだけで尊敬してしまう。なんとか力になりたいと思うので、食事面などで、できるだけの配慮をした。

 で、御客様に話しを聞いた驚いた。
 祖父母と同居で無いというのだ。
 つまり夫婦2人で6人を育てているのである。
 しかもお母さんが外で働いている。
 頭が下がった。

 しかし、それ以上に驚いたことは、6人とも、みんなよい子であるということだった。御家族をつれて星空観察にいったときも、みんな真剣に私の話しをきく。お兄ちゃんは、小さい子の面倒をよくみていた。私は、何度も子育ての秘訣を聞こうとチャンスをうかがっていたが、途中で、その必要がなくなった。聞かなくても分かってしまった。

 6人も子供がいたら、いちいち教育なんかしてられない。親の背中が教育なのだ。で、お父さんと、お母さんの背中が、子供の教育なのである。というのも、みんな、お父さん・お母さんによく似ていたからだ。星の解説をするとき、御両親が真剣にきいてくれた。その真剣さが、子供さんの真剣さとそっくりなのだ。そして一事が万事なのだ。

 これは兄弟間にも見られるらしい。御長男が宿題やっていると、あとの弟妹たちもみんな真似して勉強するらしい。子供は大人のまねもするが、兄姉のまねもする。これは一つの真理でもある。だから、これについては私も体験上知っていた。

 知らなかったことは、兄弟喧嘩についてである。私は3人兄弟であるので、兄弟喧嘩については多少知っているつもりだった。しかし、3人と6人は世界がちがっていた。6人兄妹の兄妹喧嘩は、私の想像をこえた世界だった。

 たとえば、小さい子供さんどうしの喧嘩は、大きい子供さんは無関心らしい。ところが長男と次男の喧嘩になると、大きい子供さんたちは、小さい子供たちを味方につけ多数になった方が勝つらしい。つまり全員を巻き込んで世界大戦になる。

 で、2人だけ年子の兄弟がいて年が近いこともあって、特別仲が良いらしく、年子の一人を味方につけると、自動的に二人が味方になるらしい。年子の兄弟の争奪戦が勝敗を決めるということだった。三国志じゃないけれど、すごいなあ・・・と思ってしまった。一般的にいって年子の兄弟は、小さいうちは仲が悪いと言われているが、6人兄弟の中では違うらしい。そのへんが面白いところでもある。何人兄弟かによって、微妙ににパワーバランスが違うのかもしれない。

 それにしても6人も兄妹がいるというのはうらやましいかぎりである。「大変でしょう?」と聞いたが、思ったほど大変ではないらしい。むしろ大変だったのは最初の一人の時で、今は、兄姉が下の子をみるので、むしろ楽なのだそうだ。一人だけを公園に連れて行くときは、最初から最後まで目が離せなかったが、兄妹が多くなると、子供たちにまかせてボーッとしてられるので、むしろ楽なのだそうである。事実は小説よりも奇なりというが、そういう事もあるのかもしれない。

つづく。

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posted by マネージャー at 20:44| Comment(0) | TrackBack(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月16日

きみたかあーなかれ

 昔、一億総白痴化という言葉がはやった。
 大宅壮一が
「テレビばかり見ていると、人間が白痴になってしまう」
といったのだ。

 その意見に、私は半分だけ賛成する。
 だから私は、ほとんどテレビを見ない。

 ただし、私がテレビを見ないのは、大宅壮一が正しいと思って見ないのでは無い。逆である。大宅壮一と真逆の意味でテレビを見ないのだ。大宅壮一が、一億総白痴化を言い出した原因は、テレビを低俗なものと決めつけたからである。よーするに馬鹿馬鹿しい内容のバラエティ批判から始まっているのだ。あまりにも低俗であると。

 しかし、私は、低俗なバラエティを支持する。低俗と批判されるバラエティが、ストレス解消になり、人間の健康によいとされるからだ。同じ理由でドラマも支持する。感動的なドラマによって流される涙には、長寿の効果があることは医学的に証明されている。だからテレビは素晴らしいとも言える。

 では、なぜ大宅壮一の一億総白痴化に半分だけ賛成しているかというと、テレビは、ニュース番組・ワイドショーの偏向報道によって世論を操作する危険性があるからだ。松本サリン事件をみれば、よくわかると思う。テレビの先走った報道によって、一億総白痴化がおきて、無実の人をバッシングしてしまっている。こういうことは、昔からよくあった。だから私は、テレビを見ないし新聞もよまない。

 しかし、バラエティは大好きだし、ドラマもアニメもよく見る。といってもリアルタイムで見ることは無い。全て録画して後日見る。そのためにBlu-rayデッキを5台用意している。なんでも録画する。スカイパーフェクトテレビに加入しているので1日に60時間録画することもある。ドラマの場合には面白いモノは、最終回までみるし、つまらないものは、2回くらいで切っちゃう。もちろんコマーシャルは全部飛ばす。これは貴重な作品だと思ったらハードデスクに永久保存する。なのでドキュメンタリーだけで五千タイトルくらいもっている。ドラマも合わせれば、もっとすごいことになる。

 前置きは、ここまでとして本題にはいる。

 1歳6ヶ月になる息子が、最近、おかしな言葉を口走るようになってきた。意味が分からない言葉である。こういう事はかってなかった。どんな赤ちゃん語でも、ある程度は理解できたのだ。しかし、最近の息子の言葉ときたら全く理解できない。

 といってもデタラメを話しているわけではなさそうだ。意味のある言葉をしゃべっているらしい。何故ならば、同じ単語を繰り返しているからである。ただし、その単語は、すごく長い単語なのである。ある日、こんな事を言っていたことがあった。

「きみたかあーなかれ」
「きみたかあーなかれ」
「きみたかあーなかれ」

 全く意味が分からない。いつも、この調子なのであるが、その日だけは、思い当たることがあった。この「きみたかあーなかれ」を話す直前まで、テレビを見ていたのだった。「もしや」と思って、息子が見ていたテレビ番組を巻き戻して、最初からみてみた。

 前置きでも書いたが、私は全てのチャンネルの主な番組を録画している。息子の見る番組も全て録画してあるのだ。だから息子が、どんな番組のどの部分に影響されたか、番組を再生して調べることができる。で、調べてみて驚いた。息子が好んでみていた番組は、NHK教育テレビの『にほんごであそぼ』という番組で、日本語の名文句を述べながら次々と画像が変わっていく番組だった。そして、その日のテーマは、与謝野晶子の

「君死にたまふことなかれ」

だった。与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」を延々と述べる番組で、意味を解説するわけでもないし、文学論を述べるわけでも無い。ただひたすらに「君死にたまふことなかれ」という日本語で、遊んでいるだけである。つまり、番組タイトルの『にほんごであそぼ』そのものであった。



それをジッと見ていた息子が、「君死にたまふことなかれ」をきちんと発音できなくて「きみたかあーなかれ」と話していたらしいことに気が付いた。

 ちなみにNHK教育テレビでは、午前中に3時間程度の幼児番組を放送している。息子は、それら全てを見るのが日課になっているのだが、どんな番組に、どんな影響を受けるか興味が湧いたので、1日中、観察してみた。幼児番組は、朝6時45分の「にほんごであそぼ」から始まって、9時半まで3時間近く14番組もある。並べてみると

にほんごであそぼ
キッチン戦隊クックルン
シャキーン!
アニメ はなかっぱ
デザインあ
ピタゴラスイッチミニ
フックブックロー
みいつけた!
おかあさんといっしょ
パッコロリン
いないいないばあっ!
えいごであそぼ
てれび絵本
銀河銭湯パンタくん
考えるカラス

となるが、NHK教育テレビは、幼児番組の宝庫であることに気づいた。で、全ての番組が素晴らしい作品の質をたもっている。特に、

にほんごであそぼ
デザインあ
ピタゴラスイッチミニ
フックブックロー
みいつけた!
てれび絵本
考えるカラス


は、大人が見ても充分に面白いし、内容もかなり高度である。そして1歳6ヶ月の息子を番組の虜にしてしまう何かがある。息子は、体操もするし歌も一緒に歌うくらいだから、NHK教育テレビが子供に与える影響ははかりしれない。現に、うちの息子は、一日中、「君死にたまふことなかれ」を叫んでいたのである。

 それにしても「君死にたまふことなかれ」は、どうにかならないか? どうせ日本語で遊ぶなら、百人一首か、論語にしてはどうだろうか? 四文字熟語で遊べないものか? 格言で遊べないものか? 挨拶で遊べないものか? 敬語で遊べないものか? NHK教育テレビも、せっかく良い番組を作っているのだから、宮沢賢治や与謝野晶子だけでなく、もっと漢文・古文・熟語で遊べないものだろうか? 少し惜しい気がする。


つづく。

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2014年10月13日

毎日が睡眠不足

 ことしは、大雪や大型台風でさんざんですね。
 ただ、連休中はなんとか降らなかったので良かったです。

 ここのところ晴れが多かったので、愛犬コロの散歩をかねて息子と毎日、浅間牧場にいっていました。生後18ヶ月の息子も、少しづつ歩けるようになったのではありますか、去年の今頃は、どうだったのか?と思って昔の動画で確認してみたら、その頃は立ち上がることさえできなかったんですね。ある意味、子育ては楽だったような気がします。今は、歩く練習をしなければいけないので、毎日、牧場を散歩しなければならない。なので、今の方が手がかかるんです。

生後6ヶ月


 しかし、どうしてだろうか? 手がかかるのに、今の方が楽しい。なぜか考えてみたのですが、息子の知能が発達してきたので、野生動物の子育てとの比較が出来て、私の知的好奇心が満足されるという側面があるのに気が付きました。私がトシとりすぎているために、ある意味、冷めた目で息子を観察できるんでしょうね。

 で、今、昔、録画した大量の野生動物のドキュメンタリービデオを見入っています。全部で1200本くらいありますが、全てハードディスクに保存してあるので、検索が簡単。動物の子育てシーンと息子の動画を比較するのに夢中にんなってしまう。気が付くと、夜明けになってしまうんだな、これが。そのせいで、毎日が睡眠不足です。

1歳6ヶ月


 しかし、おかげで発見することも多かったです。
 その発見については、いずれおりをみて此処に書き込みたいとは思います。
 息子が出来ると、いままで不思議に思っていたことが、
 非常によくわかってくるから面白いですね。







つづく。

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2014年10月04日

二つの生物

 今年は紅葉が早い。
 北軽井沢は、もう紅葉がはじまってしまった。

 こうなると私も嫁さんも大忙しで、寝る間を惜しんで秋支度・冬支度をしなければならない。具体的に言うと、断熱材の設置とカメムシ対策である。

 この時期の高原のペンションやホテルに泊まる予定の人が、絶対に選んではいけないのが、白いペンション・白いホテルである。白は、虫をよせつける。もちろんカメムシをよせつける。その性質を利用して植物は白い花を咲かせて虫たちに受粉させている。つまり、白い建物は、「虫さんいらっしゃい」と大声で叫んでいるのと一緒なのだ。

 このくだりは、北軽井沢ブルーベリーYGHのハイキングツアーに参加したことのあるひとなら、耳にタコができる聞いているはずだ。白い色(黄色も)は虫を呼び寄せると。カメムシがやってくると。

 ただし、春も夏もそれほど白い建物にやってこない。やってくるのは秋からで、紅葉が終わると大量に民家に侵入してくる。つまり紅葉の直前までは、樹木の葉っぱなどにとりついているのだが、紅葉が終わって落ち葉が落ちると、すみかを失ったカメムシが、民家にもぐりこんでくるのだ。だから

「紅葉がはじまったみたい」
「やばい、すぐに秋支度・冬支度の準備だ!」

となる。

 実は、2000年に北軽井沢ブルーベリーYGHを買ったとき、壁はもっと白っぽい水色だった。その年の秋はカメムシの大群に襲われた。なので、壁を濃い群青色に塗り直し、窓のサッシに薬剤を塗って始末した。ゴキブリなんかでもそうなのだが、こういう昆虫は腹が一番弱い。カメムシの9割はサッシの隙間から進入してくるので、そこに薬剤を塗れば、9割は駆除できる。

 が、しかし、できるだけ薬剤を使いたくは無い。それが人情であるし、小さな息子が産まれたから余計にそう思う。なので最近は薬剤の代わりに木酢・竹酢を壁に噴霧することにしている。これだとあらゆる昆虫がよりつかなくなる。そして、トドメとして落ち葉焚きをする。うちには、落ち葉を燃やす焼却炉がある。これで宿の壁をいぶすとカメムシは、全くいなくなる。こうして北軽井沢ブルーベリーYGHは、カメムシのいない宿になるのである。

 おっと、長い前置きになってしまった。

 今年は紅葉が早い。
 北軽井沢は、もう紅葉がはじまってしまった。

 こうなると私も嫁さんも大忙しで、寝る間を惜しんで秋支度・冬支度をしなければならない。具体的に言うと、断熱材の設置とカメムシ対策である。この作業は、例年なら10月の連休後に行っているが、今年は、9月末に行う羽目になった。紅葉がはやいために、仕事が前倒しになるのである。

「それにしても何だろう? この目まぐるしい忙しさは?」

 忙しさの原因の一つに1歳6ヶ月の息子の相手と、愛犬コロの散歩もある。この2つの生物を毎日運動させなければならない。

 まず息子を背負って愛犬コロを引き連れ小浅間山に登る。息子に免疫力をつけさせるためである。息子は夏の間に巨大化してしまっているので、ザックやミルクなどの重さも加えると20キログラムもある。これを担いで山に登るのは、さすがにきつくなってきた。嫁さんは留守番である。紅葉シーズンのためか、毎日御客さんが絶えないので宿を空けるわけにはいかない。

IMG_0420.JPG

 下山後は、浅間牧場にいく。浅間牧場の芝生で息子を歩かせるためである。息子は大喜びで芝生を駆け回るが、1時間に30回くらい転んでいる。約2分に1回は転んでいる計算になる。当然のことながら血まみれになる。しかし全く動じない。

 それはいいのだが、困ってしまうのは愛犬コロ。息子が倒れるたびに駆け寄ってペロペロなめようとする。まあ母性からきていることだし、悪気はないのだろうが、迷惑なことである。それを止めさせるのに、こっちが慌ててしまう。

 ちなみに浅間牧場には、おおぜいの観光客がおとずれる。中高年のご婦人が、息子をみつけては可愛がってくれる。そして「そして可愛いですね」と言ってくれるのだが、その言葉を聞く度に私は、自分の幼児時代を思い出して複雑になる。そして我が息子の未来が見えてしまうのだ。

 一歳児までは、どんな赤ちゃんでも可愛がられる。けれど保育所や幼稚園に行ったらそういうわけにはいかない。可愛がられる順位というものを体験してしまう。たとえば重くて大きい幼児は、軽い幼児よりダッコしてもらえない。もちろん大人は「重いから」と理解できるが、幼児にはそこがわからない。小さい頃に巨体だった私が、まさにそうであった。息子も巨体なので同じ体験をするに違いない。

IMG_0410.JPG

 なので、せめて父親だけは、どんなに重くても軽々と持ち上げられる体力を今のうちからつけておかなければならない。しかし、残念なことに私は歳をとりすぎている。腰を痛める可能性があるのだ。『自分の腰を労らなければ』と思い、マッサージ器を衝動買いしてしまった。これが安い割に、じつによく働いてくれる。



 そこで御客さんにも使えるように出しておいた。まだ若い嫁さんは、おしゃれじゃ無いと渋い顔をしていた。しかしマッサージ器をみつけると嬉しそうに使っていた御客さんが多かったところをみると、やはりみんな腰や肩が疲れているようだ。嫁さんがいうように宿は、みてくれも大切なのだろうが、腰や肩を痛そうにしているのを黙ってみているのもなんだし・・・・。まあ、その、みんな、身体を労ってほしいものだ。


つづく。

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2014年10月01日

さすが牧羊犬

 子供が産まれて1年6ヶ月になった。

 1歳6ヶ月にもなると、かなり歩けるようになった。しかし先日、軽井沢の公園でママ友とばったり会ったら、娘さん(1歳6ヶ月)は、靴をはいて公園を颯爽と歩いていた。いつ幼稚園にいってもおかしくないような凛々しい姿をしていた。

 その娘さんは、うちの息子とほぼ同じ頃に産まれている。つまり同じ1歳6ヶ月なのである。うちの息子は、そこまでは歩けない。夏の忙しい時期にベビーサークルに入れっぱなしなので、そこまで体ができてない。おまけにブクブク肥っている。そのうえストローも使えないし、スプーンも使えない。

「これではまずい」

 と思った私は、嫁さんが1日出かけているときを狙って、息子と軽井沢の湯川公園で遊ぶことにした。湯川公園には、広い面積の芝生がある。転んでも怪我しないところなのだ。おまけに犬猫の立ち入り禁止なので衛生面でも安心できる。

 私は息子に生まれて初めて靴を履かせ、湯川公園の芝生に立たせた。最初の10分は、ベンチから離れなかった。ベンチに手をついたまま怖がって離れなかった。無理も無い、生まれて初めて公園の芝生に立っているのだ。完全にフリーズしてしまっている。仕方が無いので、私がベンチからどんどん離れていった。すると息子は私を追いかけてきた。ようやく歩き始めた。

 しかし、歩き始めると倒れそうになる。本人も倒れては拙いと思ってるようで、必死になって前に足を出す。しかし、また倒れそうになる。そのために必死になって足を前に出す。この繰り返しで、息子は走り出してしまった。走り続けないと倒れてしまうのだ。そして、ものすごい勢いで走るのである。

 倒れそうで倒れない。
 猛牛のように一直線に走り出す。
 親の私は、ハラハラしながらみていたが、
 一挙に30メートル走って倒れた。

 わが息子は、倒れたくらいでは泣かない。
 たんこぶができても血まみれになっても泣かない。
 飯が足りないと泣く。
 そういう性格なので、倒れた後は、自分ですくっと立ち上がって、また突進しだした。

「うむ、よくやるわい!」

と感心していると、どこぞの御家族が親子で弁当を広げているところに息子は突進していた。ものすごい速度で突進していた。あきらかに他所様のサンドイッチを狙っている。息子はサンドイッチが大好物なのだ。

「これはまずい!」

と突進する息子を抱きかかえ、方向を変えさせた。しかし、3メートルも歩いたかと思うと、また、どこぞの御家族のサンドイッチを狙って猛ダッシュをかけた。慌てて息子を押さえたが、あと2メートルというぎりぎりセーフだった。天気が良かったせいか、湯川公園の芝生には、あちこちに親子が弁当をたべていた。

 どこに息子を連れて行っても、息子は他所様のサンドイッチをめがけて猛ダッシュしていた。あきらかにレジャーシートの他所様の弁当にタッチダウンしようとしていた。それをすんでの所で私がタックルしてブロックしているのである。まるで親子ラクビーである。

 仕方が無いので、公園の隅っこに息子をつれていった。ここなら親子がレジャーシートを広げてない。大丈夫だろうと思ったが、甘かった。息子は猛ダッシュしていった。はて?と思いつつ、息子の後を追いかけたら息子の進行方向にカップルが居た。カップルが、なにやらモゾモゾやっている。そこに息子はロックオンした。そして猛ダッシュしている。

「やばい!」

 すんでのところで、私は息子にタックルした。
 カップルは驚いて私たちを睨んだ。
 バッタのように私は謝った。
 そして後ろをふりかえったときカップルの小声が聞こえてしまった。

「ジジイが、こんなところに孫連れてくるなよなあ」
「しーっ、聞こえるよ」

 この時、ジジイに見られて心底よかったと思った。不審者に見られなくてよかったと思った。それほど変な光景を皆さんに見せていることは、自分でも理解できていた。公園での私たち親子のラクビーもどきは、はてしなく怪しかったと思う。なんせ息子は、猛ダッシュで他人が座っているレジャーシートに突進し、カップルに突進するのだ。それを1時間くらいくりかえしたのだ。

「そうだ! 飯を食わせればいいのかもしれない」

と思った私は、スーパーに行ってジュースを買って飲ませた。

 ちなみに息子はストローが使えない。
 生まれてこの方、何度やっても飲まなかった。

 しかし、この時は、よほど喉が渇いていたらしく、
 生まれて初めてストローを使ってジュースを飲んだ。
 ゲホゲホ言いながら飲んだ。
 そしてサンドイッチを私の分までペロリと食べてしまった。

 その顔をよくみてみると、傷だらけになっていた。何度も倒れているので、とうぜんといえば当然かもしれない。夜、嫁さんが息子と対面したら驚いていた。息子は、見違えるように逞しくなっていたのだ。もちろん、その日は、死んだように眠っていた。

 この日から息子は、外に出ることを楽しみにするようになった。靴や靴下をはかせようとすると、外に出ることがわかるらしく、とても協力的になる。よい子になって何でも言うことをきく。今では、愛犬コロと一緒に散歩までしている。

 愛犬コロも息子を気遣って、5メートルごとに後ろをチラチラと見ながら、まるで盲導犬のように、ゆっくりと歩いてくれる。車が通ると、私と一緒に息子をブロックしてくれる。しかし、この愛犬コロだって、まだ2歳になってない。まだ大人ではないのだ。それなのに、非常にきくばりしてくれる。さすが牧羊犬である。雌のシエルティーを選んで本当に良かったと思った。

 いまでは、息子と愛犬コロは、大の仲良しである。散歩でないときは、ガラス越しにテラスで息子と愛犬コロは会話をかわしている。私は、息子の世話を愛犬コロにまかせて、その他の業務をコツコツと行っているのである。


つづく。

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2014年09月10日

息子の考えたゲーム

息子が1歳5ヶ月になった。
子供は、育てたようにしか育たない。
これが、歩けるようになって、ますますハッキリしてきた。

客室を掃除しつつ、館内をウロウロしていると
息子も一緒にウロウロし出す。
私がバタバタしているものだから
息子もバタバタしている。
そして親の後を追いかけている。

で、座ってタオルをたたんでいると、
息子も床に座って大人しくなる。
私が静かだと息子も静かである。

クイックルワイパーで床を拭いていると、
息子もリネン室から、クイックルワイパーをとりだして
一緒に掃除をはじめる。
もちろんワイパーに紙が付いてないので掃除なんかになってない。
はっきり言って邪魔なだけであるが、
癒やされるので、放置しつつみている。

そんな毎日が続いていると、嫁さんが不思議そうに言ってきた。

「ベビーサークルの外に、オモチャがたくさん捨ててあるのは何故だろう?」
「ああ、なるほどな」

 これも親の真似であることが、すぐに分かった。息子が何か危険なもの(鉛筆や口に入れそうなゴミ)をもっていると、私がすぐに取り上げて、ベビーサークルの外に放り投げているからである。それを真似して、自分もオモチャをベビーサークルの外に放り投げているのだ。

『息子の行為の全ては、親に原因がある』

と考えて息子の行動パターンを観察していくと、息子の行動の原因の9割以上は、解明可能である。解明できない1割は、テレビなどの影響であろう。

 ある日、息子が変な動きをしていたのだが、しばらく原因がわからなかった。スクワットを繰り返したり、倒れたりである。なんだろう?と不思議に思っていたら、NHK教育テレビの体操の真似であった。まだろくに歩けない1歳5ヶ月の子供がスクワットをするわけだから、テレビの影響も捨てた物では無い。なので、我が家では、はやくからNHK教育テレビの番組をかたっぱしから録画して、息子に見せている。

 子供が産まれるまでは、NHKには言いたいことがいっぱいあった。受信料は高すぎると思った。しかし、子供が産まれるとNHK教育テレビの素晴らしさがわかった。NHK総合テレビは、今でもいらないと思っているけれど、NHK教育テレビは、幼児番組に限って言えば、すばらしいの一言につきる。最強のベビーシッターである。

 まあ、そんなことは、どうでもいい。

 NHK教育テレビで、フラダンスの番組があった。見た目と違ってフラダンスというのは、すごいハードな踊りであり、プロレスラー顔負けの肉体改造が必要な、過激な踊りである。飛んだり跳ねたり動いたりで激しく肉体を酷使する。奇声もあげる。その番組をみた息子は、同じように奇声をあげつつ飛んだり跳ねたり動いたりする。

『テレビの影響も、そうとうなものだな』

と呆れてしまった。

 長い前置きになってしまったが、本題にはいる。
 夏休み中、いろんなお母さんたちから、

「どうして子供を放置して、宿業が出来るのか?」
「親が離れて子供は泣かないのか?」
「おんぶしながら、仕事しなくてよいのか?」

という疑問をいただいた。正直いって、最初は、この質問の意味をよくわかってなかった。うちの息子は放置したら一人遊びをするからだ。私は、発達心理学の研究者の書いた本を何冊か読んでいたので、生後6ヶ月あたりから、オモチャをガンガンあたえていた。

 といっても、市販のオモチャでは無い。オタマとかシャモジとか、味噌汁茶碗とか、フライかえしとか、口に入れても問題なさそうな厨房用品はらはじまって、いろんなものを与えまくった。赤ちゃんは好奇心のかたまりで、脳が科学者のように反応するようにできているので、新奇な物をみたら、ひたすら観察する傾向がある。そして観察が終了したら見向きもしないのだ。その性質を利用して、次から次へとオモチャを与えて一人遊びするようにしつけた。そして、ベビーサークルの中で放置した。

 といっても9ヶ月くらいになると、放置を嫌がるようになる。しかし、あえて放置して、オモチャを与えつづけると泣かなくなって一人遊びをするようになる。これは、宿仲間から聞いた話しを自分なりに応用した方法である。親しくしてもらっているレストランのオーナーも、他のペンション仲間も同じようなことをしたらしい。だから、いろんなお母さんたちから、

「どうして子供を放置して、宿業が出来るのか?」

と聞かれても、イマイチ、ピンとこなかった。

 逆にどうして子供を放置できないのか?
 と不思議に思ったくらいである。

 しかし、今なら分かる。なぜ、お母さんたちが、放置できなかったのかがわかる。住んでいる家という環境の違いであることがよくわかる。マンションやアパートなら赤ちゃんが泣いたら、隣家の迷惑を考えて泣き止ませようとするに違いない。とすれば、赤ちゃんにしてみたら、泣けばかまってくれるという事を学習してしまうわけで、一人遊びする機会を失ってしまうかもしれない。そう考えると、ますます赤ちゃんの生育が環境に影響されると思ってしまった。

 環境と言えば、宿屋という環境は、1歳5ヶ月の息子にとって、かなり広い空間である。しかも、赤ちゃんが触ってはいけないものがたくさんある。ガラスのコップ・湯飲み・急須・魔法瓶・ビデオソフト・リモコン・パソコン・ゴミ箱・トイレ・スリッパなどである。これらを触らせないようにするには、一々見ているか、駄目なものは駄目と教え込むしかないが、当然のことながら私は、『駄目なものは駄目』と教え込むことにした。宿屋やレストランの諸先輩方が、みんなそうしていたからである。

 もちろん発達心理学者の書いた本にもかいてある。1歳から2歳児の赤ちゃんは、何が駄目で、何が駄目で無いかを学習するために、ありとあらゆるものに触りたがると書いてある。多くの生物学者も同じようなこと書いてある。誰でも知っている有名な人で言ったらムツゴロウさんも、犬が子犬を教育するときに、何が駄目で何が良いかを教えると言っている。その一番最初が断乳である。2ヶ月を過ぎたら母犬は断乳する。しかし、子犬は飲みたがる。そこで母犬は『ウウーッ』と吠えて駄目だと教える。子犬は、そこで母犬の『駄目』という指示を覚える。まず、断乳で『駄目』のサインを教えて、それからあらゆる『駄目』を教えるのだ。

 私は、これを知っていたので愛犬の子犬選びに成功した。ペットショップで子犬をだかせてもらう。すると、どんな子犬も甘噛みするのだが、その時に耳元で『ウウウーッ』と唸ってみると、母犬によく躾けられた子犬は、一発で甘噛みをやめる。それを知っていたから、子犬選びの時に、とても躾けやすい子犬を選ぶことが出来たのだ。北軽井沢ブルーベリーYGHの愛犬コロは、とても大人しくて従順なのだが、それは、母犬の躾が良かった子犬を選べたからである。これは、人間の赤ちゃんにも言えることであることは、私も体験的に確信していたから、わが息子にも『ウウウーッ』にあたる『駄目』を連発してみた。

 で、これは駄目。あれは駄目と教え込む内に非常に興味深いことがおきた。息子がゲームをするようになったのだ。こちらの様子をうかがいながら、いろんなものに触るようになる。駄目と言われれば、すぐに手をひっこめるけれど、他に触れるものは山ほどあるので、なんでもかんでも触りだす。そして、駄目を言われないものをみつけだして、それで遊びだすのだ。

 と言っても息子の興味は長く続かない。あれほど触りたがったテレビのリモコンも、1時間もさわると、あとは見向きもしない。しかし、別のビデオのリモコンや、エアコンのリモコンは触りだす。そのうち駄目と言われるリモコンと、そうでないリモコンに気づきだして、親の顔色をうかがうのであるが、それは息子にとってゲームとなっている。『駄目』を発見するゲームである。

 私が、リネン室を大掃除していると、息子はドタバタと走ってきて、どこから持ってきたのか殺虫剤のスプレーを持っている。私が駄目と叫ぶと、キャッキャッと笑いながら逃げる。それを私が追いかけて殺虫剤をとりあげる。すると息子は、反抗することも無く、どこかに消えてしまい、今度は、チラシかなんかもってくる。チラシだから危険は無いので放置していると、それが息子にとっては面白くないらしく、今度は、私の前にきて
『ハイ!』
とチラシを手渡す。仕方が無いので、チラシをもらう。こんなことを繰り返す毎日なので、リネン室の掃除をしたくても、なかなかすすまない。しかし、ついつい息子のゲームにつきあってしまうのである。


つづく。

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2014年08月11日

台風が来なかったので花火大会

昨日は台風が来なかったので3家族合同で親子花火大会をやった。
(うちの宿では子供に花火をプレゼントしている)

お子さんたちの嬉しそうな顔に安堵した。
これで星が出ていれば言うこと無しだったが、贅沢はいうまい。
雨が止んだだけでもラッキーというべきだろう。
とにかく子供たちの喜ぶ姿は見ていて楽しい。

お茶会にも子供たちが出てきた。
どの御菓子を食べようか迷っていた。

うちの息子は、まだ子供たちの輪にははいれない。
まだ生後16ヶ月だからだ。
しかし、だいぶ言葉を覚えてきた。

NHKの『おかあさんといっしょ』を見ながら体操もする。『幸せなら手を叩こう』の曲にあわせて、手を叩いたり、足を踏みならしたりもする。もちろん私も家内も『おかあさんといっしょ』を見ながら一緒に手をたたく。
NHKの教育テレビは、本当に便利なツールで、これをみせるだけで息子は大人しくなる。まさにベビーシッターそのものである。
前置きは、このくらいにして、うちの嫁さんが変なことを言い出した。

NHKの『おかあさんといっしょ』には、着ぐるみの人形劇があるのだが、ムテキチ・ミーニャ・メーコブという3匹の動物が主人公である。その動物のことで、嫁さんが変なことを言い出した。

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「メーコブっていう牛がいるでしょ?」
「メーコブは羊だよ」
「牛でしょ、どうみても牛だよ」
「はあ? どこを見てるの? ちゃんと角をみた? 羊だよ」
「角は見てないけれど、どうみても牛でしょ」

確かに牛のようにも見える。
しかし、羊の角であって、牛の角では無い。
肝心なところを見落としている。

実は、こういうことは、よくある。
御客様を自然ガイドに連れて行くとき

「ウサギが走っているときは、ウサギの耳はどうなっているでしょうか?」

と御客様に質問する。

 もちろん御客様の大半は答えられない。
 迷ったあげく「耳が後ろにたれている?」と答える。
 もちろん正解では無いが、問題はそこではない。
 すぐに答えられないことが問題なのだ。

 なぜ、すぐに答えられないか?

 ウサギが走っている絵本が日本にないからである。
 ようするにウサギが走っている絵を見た記憶が無いことに問題がある。
 しかし、英語圏の子供たちはすぐに答えられる。
 ウサギが走っている絵をたくさん見ているからだ。
 ピーターラビットは、走っているとき、必ず耳をたてている。
 英語圏の子供たちは、それを小さいときから見ているのである。

(良くも悪くも狩猟の国・英語圏では、ウサギは走って逃げるイメージがある。つまり走って逃げているウサギを観察する機会があり、リアルに絵本に描けたということであろう)

 で、話しが戻るがメーコブを牛と思っていた嫁さんも、メーコブの角を見ていなかった。というか、そこに関心がなかった。パッとみて牛と思ったのは、角に関心が無かったからだろう。つまり、それだけ一般人は、動物に関心が無いと言える。どうしてそうなったのか? やはり子供たちが動物とふれあう機会を失ったためかもしれない。


つづく。

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2014年08月04日

大五郎

昔、子連れ狼という時代劇があった。
乳母車に三歳児の息子を連れて、幕府の刺客(殺し屋)から逃げつつ放浪する浪人侍の話である。
話しのストーリーは、毎回、ワンパターンなものが多かった。

1.父親が3日間分の食事を3歳の息子に用意する。

2.そして、3日間、無人の神社の境内で待てと命令する

3.父親は、幕府の刺客と3日間戦うつもりであったが、ピンチとなって5日間も捕らわれてしまう。

4.父の帰りを待っていた3歳の息子の食事は無くなり、飢えでフラフラになって、町に出る

5.すると村の小さな女の子に出会い、その子の親に食事をめぐんでもらう。その親切な人達に、いろいろお世話になって、なんとか生き延びる。

6.そこに父親(子連れ狼)が、牢屋から脱出して戻ってくるが、3歳の息子はいない。で、さがしてみたら親切な人達に、保護されていた。しかし、保護していた人達は、父親(子連れ狼)の敵のボスだった。

7.父親(子連れ狼)は、敵のボスを倒してしまう。そして3歳の息子を助けてくれた女の子が孤児になってしまう。

まあ、こんなストーリーが毎回つづいていました。


この時代劇の歌詞(橋幸夫)も、こんな曲です。

小高い丘の城跡の崩れかけた東屋で、
その子は父を待っていた。
この日の朝には帰るはずの父であった。
それが三つ目の朝となり、
四つ目の夜が来て、
五つ目の朝が雨だった。





 長い前置きは、このくらいとして
 息子が生後16ヶ月になった。
 で、ますます巨大化している。
 ちょっと肥満気味なのである。

 あきらかに食べさせすぎなのであるが、嫁さん曰く、きちっと計量してマニアルどうりに規定量を食べさせているらしい。しかし、私は、そのマニアルとやらを疑っている。本に書いてあることには、嘘が多いからだ。まあ、そんなことはどうでもいい。

 今年の夏は、9割りが新規の御客様である。
(例年なら新規は3割くらいで、大半がリピーター)

 そのせいか、いつもの年と勝手が違っている。道が分からなかったり、軽井沢の混雑などで、予定より大幅に遅れて到着する御客様が多い。チェックインが、遅れ気味なのである。当然のことながら、夜8時・夜9時といった時間帯に夕食を用意するケースが増えてきた。というか、それが当たり前になってきた。

 そうなると生後16ヶ月の息子も夕食をとれなくなってきた。子連れ狼の大五郎みたいになってきたのである。せいぜいミルクの入ったほ乳瓶を与えて放置するしかない。最初は、嫁さんは、この状況に発狂しそうになっていたが、

「これで、いいんだよ。うちのは太りすぎだから、1食抜くくらいでちょうどいいの」

と強引に押し切った。もちろん子連れ狼の話しもした。

 現に息子からは文句は出ない。むしろ調子が良いくらいである。やはり栄養過多だったのだ。今までは、寝ているのを無理矢理起こして、きっちり定時に、それもマニアルどうり定量を食べさせていたのだ。眠いのに起こされた息子は愚図るし、寝起きで胸焼けしているのに無理矢理食べさせられて、ぶくぶく太るはで、息子の機嫌が悪かった。しかし、御客様の対応に追われて、それが不可能になると、逆に息子はぐっすりと眠れるようになって調子が良くなった。

 そもそも人間の体は、飢えに対応している。だから、たまに飢えることによって健康を維持できる。その逆に全く飢えないと不健康になるのだ。生後16ヶ月の赤ちゃんを飢えさすわけにはいかないが、食べさせすぎはどうかと思う。

 ところで、今年は、子連れの御客様も多くなった。先日も息子と同じ生後16ヶ月のお子さんが泊まっていた。そのたびに、お母さんが、不思議そうに質問してきた。

「生後16ヶ月のお子さんがいて、どうして宿の仕事が出来るんですか? 赤ちゃんは泣かないんですか?」
「うちの子は、空気を読むので」
「え?」
「仕事が忙しいと、空気を読んで、一人遊びをしてくれるんです。または寝てくれます」
「普通は逆ですよね。忙しいと、駄々をこねるのが赤ちゃんですよね」
「え? そうなんですか?」
「そうですよ。暇なときは良い子でも、忙しくなると愚図るのが一般的だと思いますが」
「うちは逆ですね。忙しい時は、空気を読んで、静かにしてくれます。こっちが休憩タイムになったり、御客様が全員チェックアウトすると、かまってくれと言ってきますね。そういう時間も知っていて、親が対応できる時間と、そうでない時間を理解できているようです」

 御客様は、驚いていたようだが、なんのことはない。赤ちゃんは、大人が思っているより頭が良いのである。うちは、どんなに泣いても忙しい時には、無視するしかない。それを息子は学習しただけなのだ。昔は、こういう対応を「抱き癖をつけない」と言っていたのだ。

 現に、こういう赤ちゃんは、うちだけでない。ペンション・貸別荘といった宿屋仲間の御両親に聞いても、うちの息子と同じであったようである。どんなに泣いても忙しい時には、無視するしかないと、赤ちゃんは、それを学習するのである。といっても生後16ヶ月だと、もはや、赤ちゃんとは言えないか。立派な幼児ですね。


つづく。

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2014年08月02日

光あるところに影がある

今年もたくさんのファミリーが泊まりに来てくれた。
ありがたいことに、どの御客様も、とても良い人達だった。
新規の御客様が9割を占めながらも、その大半が人徳者であり、
気遣いのある御客様だったのには驚いてしまう。
これは日本人に限らない。
そうなると宿側もはりきってしまう。
100パーセントの予定が、120パーセントに割増しして
もてなしてしまう私の悪い癖が出てしまう。

そんなことは、どうでも良いとして、今年の夏もいろいろなドラマがあった。
数多くのドラマの中で、今回は愛犬コロについて語ってみる。

愛犬コロは、みんなの人気者になった。
今年は去年より、犬小屋を小さくしたためである。
そのために愛犬コロは、御客様に愛嬌をふりまくった。
で、たちまち子供たちの人気者になった。
うちのコロも子供たちが大好きなので、相思相愛になってしまった。
帰り際に多くの子供たちが、

「コロちゃんとはなれたくない」
「コロちゃんを飼いたい」

と涙を流して去って行った。
コロも、そんな子供たちにクンクンと鳴いて、別れを惜しんでいた。
コロの方も、かまってくれる子供たちと離れたくないのだ。
しかし、出会いあるところに別れがある。
光あるところに影がある。
これが世の定めなのだ。
これが一期一会というものであろう。
お子さんたちも、こうして少しづつ大人への階段を登っていくのかもしれない。

つづく。

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2014年07月31日

赤ちゃんは、どんな夢をみるのか?

例年だと夏の御客様は、7割りがリピーターで占められていた。
つまり新規の御客様は、3割りしかいなかった。
ところが今年の予約は、真逆だった。
リピーターは、7割りから1割りに激減し、
新規の御客様が、3割りから9割りに増加した。
もちろん御客様の年齢も低下した。
いったい、何がおきたというのだろうか?

心当たりがあるとすれば、うちに息子が産まれたことしか思いつかない。
しかし、新規の御客様が、我が家の家庭状況など気にするだろうか?
そんなの知ったこっちゃ無いのではないだろうか?
そもそも新規の御客様が、たいして面白くも無い、このブログを読むとは思えない。
やはり、それだけ暑かったということだろうか?

そんなことは、どうでもいいとして、
泊まってくれた数少ないリピーターさんから絵本をいただいた。
息子さんが大きくなったために必要が無いからと言って下さったのだ。
で、この絵本がよくできているのに舌をまいた。
息子が、釘付けとなっているのだ。
特に虫の本なんか、じーっと見ていて全くあきない。
そういえば、これを下さった御家族の息子さんは虫マニアだったことを思い出した。

『そうか、この本で虫マニアになったのか』

考えてみたら、お下がりの絵本は、もとの持ち主の人生が凝縮しているのかもしれない。どういう絵本を見て育ったかによって、その人の人生が決まるのかもしれない。というのも、赤ちゃんは、すぐに大人の真似をするからだ。つまり、どんなことにも影響されやすいからだ。ということは、絵本は、持ち主の人生を方向づけたものの一つかもしれない。

 話しは変わるが、赤ちゃんが産まれるまで、赤ちゃんが『夢をみる』とは思っても居なかった。しかし、生後2ヶ月の息子に対面して、もう夢を見ていることに愕然とした。寝ながらおっぱいを飲んでいる夢をみているからだ。寝ながら寝言のように飲む仕草をしている。

 息子が、この夢をみなくなったのは、離乳食がはじまった生後7ヶ月頃である。
 生後12ヶ月くらいになると、起こすと泣き愚図るようになってきた。
 そこで、とある実験をしてみた。
 起こす前に、耳元でケラケラ笑ってみせるのである。
 すると、寝ながら笑い出した。
 どうやら笑っている夢をみているようだ。
 私は、次第に笑い声をおおきくしていった。
 すると息子は笑いながら目覚めるようになった。
 こうして、息子の寝起きは、笑いからはじまるようになってきた。
 
 
つづく。

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2014年07月25日

8歳の双子の可愛い姉妹たち

 ついに息子に「イヤイヤ期」がやってきた。
 何でも無いことに、ぐずるようになってきたのだ。
 よーするに自我をもちはじめ、
 自己主張するようになったが、
 なまじ言葉が通じないので、泣いたり愚図ったりするようになってきたのである。

「やっと来たか」

と内心ほっとしした。

実は、うちの息子には「イヤイヤ期」は来ないのではないかと心配していたのである。根拠もあった。私が息子の欲することを察知する能力が高いために、息子がイヤイヤ言うまでも無かったからである。しかし、イヤイヤ期は、私に対して出なく嫁さんの方にやってきた。

 うちの嫁さんは、規則正しい。どんなに寝てようが定時に御飯を食べさそうとするが、イヤイヤと泣き出してとまらない。ちゃぶ台返しのような真似までする。

「だから寝かせておけばいいじゃない」
「一食くらい抜いてもいいんだよ」
「無理に食べさせることはないって!」

と言ってもきかない。マニアル通りキチンと食べさそうとして、イヤイヤ期の息子と格闘している。嫁さんは、昔から育児本のマニアルに忠実である。御飯も栄養素別にグラム単位で計って食べさせている。それを息子が完食しないとキリキリしてしまうタイプなのだ。で、結局、便が出なくなったりして、私がヨーグルトやバナナを食べさせて、大きなウンチを誘ったりする。そういえば嫁さんは、息子の塩分過多にも神経質である。いくら私が

「豆腐やバナナで塩分は排除できる」

と言ってもきかない。とにかく嫁さんは子育てに対して真面目なのだ。マニアル重視なのである。何でも規則正しくやらないと気が済まないらしい。考えてみたら、これでイヤイヤ期が来なかったら逆に変である。息子のイヤイヤ期は、来るべくして来たのであろう。しかし、このイヤイヤ期を密かに私は歓迎している。赤ちゃんが自己主張できるようになったから、また一歩、大人の階段を歩んだのである。こんな喜ばしいことはない。

 長い前置きを書いてしまった。
 ここからが本題である。

 夏休みになると、ファミリーの御客様が毎日のようにやってくる。幼児3人連れの御客様とかやってくると、息子は大はしゃぎで暴れ回る。5歳児から3歳児くらいの子供が遊んでいるのをみているだけで、息子は大はしゃぎである。誕生以来、一番はしゃいだというくらいにはしゃぐ。それが毎日続くものだから、息子は徐々に人見知りしなくなってしまった。いろんな人にだっこしてもらっている。たくさんの子供たちと遊んでもらっている。

 で、不思議なことに、その瞬間の息子には、イヤイヤ病が発症しない。
 というわけで、昨日は一つ実験をしてみた。

 イヤイヤ病で食事をとらない息子を、みんなの前で食べさせてみたのだ。
 するとパクリと食べ始めた。
 その瞬間8歳の双子の可愛い姉妹がやってきて、
 彼女たちが、ままごとのように息子に食べさせはじめた。
 
 息子は、パクパクと食べ始めた。
 
 こうして実物の赤ちゃん(生後15ヶ月)を使ったままごとがはじまった。
 嘘のようにイヤイヤはでてこない。
 残念なことに、その光景の動画を撮影し忘れてしまっていた。
 返す返すも惜しいことをしてしまった。

 それにしても、小さな女の子たちの多くは、赤ちゃんに興味津々でよってくる。
 持って生まれた母性本能だろうか?
 赤ちゃん相手に優しく遊んでくれる。
 息子は、そういう優しさにふれて、少しづつ成長しているようでもある。
 私にも優しく頭をなでるようになってきた。

 逆に息子は、男の子と出会った直後は、少し乱暴というか腕白になっている。
 しかし、女の子に出会った後は、優しくなっている。
 つまり親以外の人間にも、子供の人格形成に影響していることがわかって面白い。


つづく。

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2014年07月17日

谷川岳ラズベリーYHの娘さん、まーるちゃんがやってきた

谷川岳ラズベリーYHの娘さん、まあるちゃんがやってきた。

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 息子もまあるちゃんも照れまくっていた。
 お互いに意識しつつも、照れまくって、一緒に遊ばなかった。
 驚くべきことに、天真爛漫だったまあるちゃんに大きな変化があった。

 まあるちゃんは、三歳になる。
 最近、保育所に通い始めたらしい。
 そのせいか、人が変わったように変化していた。

 保育所に通う前のまあるちゃんは、神のようだった。地球の中心にいるがごとく、振る舞っていた。しかし、保育所に通ってからのまあるちゃんは、まったく別人になっていた。一言で言うと、大人になっていた。
恥ずかしがり屋になり、自由気ままさもなくなり、赤ちゃん帰りしたように、お母さんにだっこされていた。

『大人になったな』

と思った。保育所に行くことによって、世界を相対的に見られるようになったのだろうか? だとしたら保育所というところは、偉大な教育施設であると思う。

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 あとこれは、まあるちゃんが、6月生まれであることと関係があるかもしれない。3月生まれのうちの息子は、まあるちゃんほどの保育所ショックはうけないかもしれない。保育所にいっても、訳が分からないままでいるかもしれない。

 しかし、6月生まれのまあるちゃんは、ある程度、大きくなっているので環境の変化を敏感に察知してしまった可能性が大きい。世界が自分中心に回ってないことに本能的に気づいてしまったのだ。そのために赤ちゃん返りがおきてしまった可能性が高いように思う。

一方、わが息子にも変化がおとずれた。

 まあるちゃんと対面した息子は、人間が変わったように、その日からスクッと立ち上がって歩くようになった。おそらく、体格的に差の無いまあるちゃんがスタスタ歩いているのを見てしまったからだと思う。まあるちゃんへ会う以前と以後では別人のように違うのには驚いた。兄弟のいる赤ちゃんが成長が早いと言われている意味が分かった気がした。

 ちなにみに息子は来年から保育園になる。3月生まれなので、人よりはやく保育園にはいることになる。それにしてもはやいものである。もう保育園なのだ。2歳の誕生日になった10日後に保育園なのだ。

 ラスベリーYHの曽原氏によれば、保育園にいくようになると、いろんな病気をもらってくるようになるらしい。まあるちゃんも、保育園に行く前は病気一つしなかったのに、行き始めてからよく病気をするようになったとか。しかし、そのように病気をすることによって抵抗力がましていくのだから、これは必要悪で仕方が無いのかもしれない。

つづく。

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2014年07月12日

息子が、ガールフレンドと御対面

息子が、ガールフレンドと御対面。

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わが息子が、こんなに照れ屋だとは思わなかった。
最初から最後まで照れっぱなし。
照れまくって、照れまくって、
すごいシャイなところを見てしまった。
これは意外であった。

逆にいうと生後15ヶ月の赤ちゃんは、照れ屋知っているということなのか?
生後10ヶ月のアキナちゃんは、悠然としていましたね。

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おしむらくは、アキナちゃんが夜7時に寝ちゃったこと。
うちの息子は、夜11時に寝ますから、
夜7時以降は、元気はつらつ。
アキナちゃんがいないと、とても元気でしたね。

つづく。

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2014年07月07日

煩悩より強い欲求

息子は生後15ヶ月になっている。
生後15ヶ月となると、さらなる知能の向上に驚くばかりだ。
もう親の言葉は、たいてい理解している。
オムツを替えるときも、着替えるときも、
しっかり語りかければ以前のように暴れなくなってきた。
逆に、それでも暴れるときは、なにか特殊な原因があるケースである。

食事もホークやスプーンで食べるようになってきた。
それもきれいに食べる。
ご飯粒を一粒のこらずきれいに食べてこぼした一粒も残らず食べる。
テーブルは、いつもきれいである。

嫌いなものは今のところ無い。
なんでも食べる。
なんでも食べさせた結果である。
1日60品目はたべている。
宿屋だからできる技である。
御客さん用に作ったおかずをあげているのだ。

最初、嫁さんは、これを嫌った。
「味の濃いもの(肉や魚やカレー)はあげないで」
「甘いもの(桃やイチゴやメロン)はあげないで」
と叫んでいたが、最近はあきらめたようだ。
なので、辛口のカレーライスなんかも食べる。
というか大好物である。
コロッケや鮭も大好物。
もちろん大量には食べさせてない。
ほんの少しづつ、多品種を食べさせている。
リスク分散のためである。

粉ミルクだって、全メーカーのものを飲ませてきた。
これもリスク分散のためである。

お風呂に入るのだって、嫁さんと交代で入っている。
これもリスク分散のためである。
人によって洗い方に違いがあるはずなので、
洗い残しのリスクを避けるために交代で入っている。

食事も一緒である。さいわい、うちは平日大歓迎の宿屋なので毎日、御客さんの食事を作っている。だから食品の品数も一般家庭より多い。さのために生後15ヶ月の息子は、ものすごい品数のおかずを食べられる。もちろん、赤ちゃんが食べても安全な食品(国産)を常日頃から御客さんに出してないとできない技ではある。だから何でも息子に食べさせられる。主食も朝はパン(もちろんマーガリンとショートニングは混入してない)、昼は麺類(国産)、夜はご飯(減農薬)というふうにチェンジするので、そのせいか好き嫌いが全くない。もちろん食事で遊ぶことなどしない。

実は、ここまでが前置き。
以後、本題に入る。

生後15ヶ月になると息子の知能が上がったことはすでに述べた。
どういうふうに上がったについて述べたい。

嫁さんは、いつも息子に「あーん」と言って食べさせていた。
ところが生後15ヶ月になると息子はスプーンやホークや箸をもちたがる。
自分で食べたがる。
で、実際にスプーンを持たせると、
「あーん」
と言って、母親に御飯を食べさそうとするのである。
これには、私も嫁さんも目が点になった。
この現象は、いったい何を意味するのだろうか?と。
考えられることは3つある。

1.単に母親の真似をした
2.母親を他人と認識しはじめた(母親に配慮する思考した)
3.食べたくないものを母親に食べさそうとした。

一番考えられるのは、1の単に母親の真似をしたことであるが、実は単なる真似なら生後3ヶ月のころからしている。しかし、こと食事となると、真似するまえに食べるという本能が勝ってしまうのが、煩悩だらけの赤ちゃんの本質である。
特に、うちの息子は食い意地がきたない。なんでもペロリと食べるし残さない。目の前に食事が置いてあったら、食い意地だけが全力疾走するタイプなのだ。だから単なる真似というのは考えにくい。
逆に、3の食べたくないものを母親に食べさそうとしたというのも考えにくい。なにしろ息子には好き嫌いがないのだ。
そうなると消去法で、2の母親を他人と認識しはじめた(母親に配慮する思考した)ということになるが、これも怪しい。一般的に子供と母親は一心同体な期間が何年か続くといわれている。生後15ヶ月の息子が、母親を他人と認識できるはずがない。ということは、いったいどういうことなのだろうか?

 妥当なところを探れば、やはり真似をしたというところだろうか?
 とすると食欲という煩悩より真似の欲求が勝ったと言うことだろうか?


つづく。

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2014年06月27日

赤ちゃんの記憶

赤ちゃんの記憶

今日で息子が1歳3ヶ月になった。
生後15ヶ月である。
生後15ヶ月の記念に赤ちゃんの記憶について書いてみる。

私は嫁さんに、親孝行するようにさせている。
具体的にいうと月に1回以上、赤ちゃんを連れて里帰りさせている。
私は、宿で留守番である。

で、里帰りから宿に戻ってくると、たった一晩で息子が私の顔を忘れていることに気がついた。
最初は、「赤ちゃんの記憶って、そんなものなのかな?」と勝手に思っていた。
ところが息子は、よく泊まりに来る御客さんを覚えていたりする。
2週間ぶりだったりするのに覚えていたりする。
「親の私の顔は、一晩で忘れるのに、どういうことなのか?」
と、不思議におもったことがあった。

で、息子が忘れないでいる御客さんの行動を、よく観察してみると意外な事実が分かった。その御客さんは、息子に対して特色あるスキンシップをしているのである。そのスキンシップ方法を息子は記憶しているようなのだ。

「はは〜ん」

と思った私は、さっそく会議で東京に行くときに試してみることにした。

 別れ際まで、さんざん足をさすって一緒に遊んだ。
 で、軽井沢駅で別れるときには、息子は泣いていた。
 ここまでは、毎回のことである。
 しかし、不思議なことに、たったの1泊分かれるだけで息子は親の顔を忘れる。
 「こんにちわ」
 と顔をのぞかせても
 「だれだろう?」
 と不思議そうな顔をする。
 そのうち思い出すのではあるが、多少のタイムラグを生じるのが毎回のパターンだった。このタイムラグを全くなくすのが今回の作戦であった。
 久しぶりに息子に会ったとき、顔をのぞくのではなく、スキンシップからはじめた。
 すると、息子はすぐに笑顔になった。
 
 「あ、父親を覚えている!」
 
 この実験は、非常に興味深い結果になった。赤ちゃんの記憶は、視覚だけではなく触覚などが合わさって作られている可能性が高いからだ。視覚だけでは記憶力が弱く、触覚や聴覚や臭いや体験とあわさって記憶されている可能性がある。
 
 考えてみたら、これは犬などの他のほ乳類も一緒である。視覚だけで記憶が維持できるのは、人間だけであるから、まだ脳の発達が完璧で無い人間の赤ちゃんの記憶は、維持されがたいのかもしれない。
 
 


つづく。

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2014年06月12日

手のかかる時代が訪れたのかもしれない

 久々に晴れたので、息子と軽井沢の公園に遊びに行ったら。娘さんと一緒にいたママ友(女性)と出会った。娘さんは、生後14ヶ月で、うちの息子と、ほぼ誕生日が一緒である。顔も似ていて、体格も同じくらいだった。なので、生後3ヶ月くらいのころから、ずっと公園で仲良させてもらっていた。とにかく、お互いによく似たタイプの赤ちゃんを背負っており、そのうえ犬連れであるところも一緒だった。山好きなのも一緒である。

 しかし、冬になると大雪が降り公園に行く機会も無くなって、ほとんど会う機会が無いまま、5ヶ月近くすぎた。

 で、先日、久しぶりに軽井沢の公園で再会したわけだが、お互いに息子と娘の成長ぶりに驚いていた。まず、ママ友さんは「おおきくなったわね」と驚いていた。確かに息子の体格は大きい。以前は、ママ友さんの娘さんの方が大きかった。いまでは息子の方が大きいし体重もある。

 こちらは、ママ友さんの娘さんの成長ぶりに驚いていた。女の子が、男の子より成長が早いことは頭では理解していたが、実際を見てみると驚嘆せざるをえない。こっちは、ろくに歯が生えてないのに、ママ友さんの娘さんは、きれいに、ほぼ出そろっている。それ以前に靴を履いていた。もう立って歩けるのである。こっちは、掴まり立ちが精々である。言語に至っては、もっと大きな開きがある。あちらは、はっきり発音できる。日本語を話せるのにたいして、息子の発音は、あいかわらずである。

 しかし、一番驚いたのは、注意力と社会性である。

 注意力。うちの息子は、10秒くらいしか好奇心を持続させないのに対し、あちらは1分くらい集中できる。社会性も大きく差が開いていた。あちらは各種の犬の違いを認識していたが、うちの息子は、それができていない。あきらかに、うちの息子は成長が遅れている。あまりにテンプレートどうりの男女の成長速度の違いに感心してしまった。

 もっとも、成長が遅いことにたいして悲観してない。
 逆に喜んでいる。
 男の子の成長は遅いくらいの方がよいのだ。
 毎日「ゆっくり、じっくり育て」と祈っている。
 しかし、そのように祈っても子供の成長は急激にやってくる。

 息子が生後14ヶ月までの息子の成長は、遅々たるものだった。基本的に親の真似が多かった。親以外だと、車の真似もした。車に乗せてバックしていると、ピッ、ピーッ、バックします。という音声が流れるが、その時は、その音声をまねた。愛犬コロの泣き声も真似した。野鳥のさえずりの真似や、テレビの体操の真似もした。私が、ペットボトルの御茶を飲むと、自分もペットボトルを飲む真似をした。もちろんフタをしてあるので飲むことはできない。しかし、真似だけはする。生後14ヶ月になるまで、そういう真似が続いた。真似によって物事を学習していった。

 しかし、生後14ヶ月をこえると、単なる真似から、もう一つ上のレベルの真似をはじめた。具体的に言うとペットボトルを飲む真似をしたあとに「うめえええ」と言い出したのである。動作の真似に、音声の真似が加わっている。複雑な真似ができるようになったのと真似の意味も理解しだした。それも突然に。と同時にあらゆることが出来るようになってきた。

 で、面白いことに人間に対する接し方が変わってきた。前は、女性が好きだったのに、今は男性の方を好きになりつつある。はて? どういうことだろう? と細かく観察していたら、息子が好きなタイプの人間は、息子を無視する人であることがわかった。逆に「あら、かわいい」と寄ってくる人は、怖がって泣き出すしまつ。

 あれ? 人見知りが再発したのかな?

 と不思議に思っていたが、どうも違うらしい。人間には興味があるが、それを遠くで眺めて観察したいらしい。そのために自分に無関心な人間を好むようになったのだ。で、10分くらい観察したあとに、少しずつ接近していく。で、さらに10分後に、ちょっと触って逃げる。これを繰り返した上で、最後にベタベタ触って確認するようになった。御客さんとのお茶会で、この繰り返しを目にした。子供に全く興味の無い御客さんも、さぞ驚いたことだろう。
 
 それにしても、いつの間に息子は、対人関係で主導権を握りたがるようになったのだろうか? 能動的になったということなのだろうか? 生後14ヶ月になると自分の距離を欲しがるようになったということなのか? どちらにしても、強烈な自我に目覚めたことにはちがいない。このへんのことは、専門化に詳しく聞いてみたいところでもある。
 
 手のかかる時代が訪れたのかもしれない。


つづく。

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2014年06月09日

無限つみき

 息子が生まれたとき、いろんな人達からプレゼントをいただいた。
 たいていは、すぐ使えそうなものばかりだったが、
 ある人からは3歳になってから使えるオモチャをプレゼントでいただいた。

 中身は「無限つみき」という積み木である。

 さっそく私が使用してみたら、恐るべき精度で加工された積み木であった。3センチ×9センチ×1センチの形をした長方形の積み木であるが、驚くべきは1ミクロンの誤差も無い。したがって2メートル近くの高さに乱雑につみあげても、倒れないのである。こういう積み木は、かなり高度な技をもった職人さんしか作れないだろう。

 まあ、そんなことは、どうでもいい。

 無限つみきを生後4ヶ月くらいの息子に渡してみたが、息子は全く興味が無かった。そっぽをむいた。それから毎週1回のペースで息子にわたしてみたが、息子は、いつまでたっても興味をひかなかった。で、箱をみたら3歳からと書いてあった。

 どうりで興味がないわけである。
 知能が積み木を使うまでに発達してないのである。
 で、考えてみた。
 そして思いついた。
 
 この積み木を定期的に与えて反応をみることによって、
 息子の知能の発達ぐあいが分かるのではないか?
 という簡単な仮説を思いついたのである。で、

「3歳からと書いてあるから2歳くらいから積み木に反応するのだろうなあ」

 と思いつつも、念のために定期的に積み木をあたえて様子をみていた。
 で、驚くべき事がわかった。

 まず積み木に反応をしめしたのは、生後7ヶ月くらいからだった。
 しかし、口の中に入れるという反応だった。
 最初は積み木を口で確認していた。

 変化が起きたのは、生後12ヶ月くらいからだった。
 手で積み木で遊ぶようになった。
 と言っても積み木で何かを工作するわけではない。
 積み木を箱から出して散らかすだけである。
 私は、それを徹底的にしまうようにした。
 散らかす息子と、しまう私。
 これを延々とくりかえした。
 すると息子は、積み木を散らかした後に自分でしまうようになった。
 生後13ヶ月のことである。

 ただ、この時点で積み木で何かをつくるという発想は息子にはなかった。
 そこまでの知能は無かった。
 私が、何かをつくってみせると、それをキャッキャと破壊して遊んだ。

 変化がおきたのは、生後14ヶ月からである、
 つまり、ここ1週間くらいからである。
 私が、何かタワーのようなものをつくると、息子は積み木を積み始めた。
 やっと積み木の使い方をマスターしはじめた。

 ここから本題にはいる。

 息子が積み木の使い方をマスターしたと同時に、息子は本の読み方をマスターした。もちろん字は読めない。本も逆さに見ている。ただ、以前は、本を乱雑に放り投げたり、口に入れてでろでろにしていたのに、大人と同じように本を読むスタイルをみせるようになったのだ。

 本だけでない。
 ありとあらゆる事を同時にマスターしだした。
 ボタンを閉めようとしたり、チャックの上げ下げをしたり、
 今までできなかったことをするようになった。
 自我まで目覚めた。
 具体的にいうと、餌で釣れなくなった。
 自分の意思を主張しだした。

 で、ここが肝心なのだが、みんな、ほぼ同時だったということだ。
 つまり、あきらかに息子の脳に何かの変化が起きているということなのだ。
 その「何か?」については、後日、ここに書くことにする。

 結論を言うと、赤ちゃんは、ある日、突然覚醒するということである。
 なぜ、そう思ったかというのは、後日述べる。

つづく。

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ラベル:無限つみき
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2014年06月06日

環境破壊の手助け

今日、古い友人から子供服が届いた。
本当にありがたいことである。
明日にでも、お礼の手紙と、軽井沢の名産でも送ろうと思っている。

 届いた子供服は、もちろんお下がりではあるが、高級ブランド物である。新品で買えば1万円くらいするやつだ。なので、お下がりであっても新品同様である。

 私が西松屋あたりで買った子供服は千円だったけれど、1回洗濯しただけで毛玉ができるしろものなのに、ブランド物の子供服は、そんな気配は全くない。最低でも3人が着古している服なのに新品同様である。なぜ、そんなことが分かるかというと、名前が縫い付けてあるからである。だから最低でも3人目であることがわかる。安物ならマジックで名前を書くか、全く書かないかのどちらかであろう。しかし、ブランド物のためか手間暇かけて名前を縫い付けてある。それを家内が、ハサミで切っていた。

「なにも切ることはないだろうが」
「所有者が変わったので」

 このへんあたりの感覚は私とは違う。私は、手間暇かけて息子の名前を縫い付けた前所有者のぬくもりは消しがたい気がする。しかし、うちの嫁さんは、はやく息子の名前を縫い付けたいのか、さくっと切ってしまった。
 
 そんなことはどうでもいい。何が言いたいかというと、ブランド物の子供服があまりに丈夫なのに驚いているということだ。
 
 しかし、よく考えてみれば、まともに作っていれば、元来、服という物は丈夫なはずなのだ。私は3人兄弟の長男なのだが、私が着た服は、すべて弟のお下がりになった。あの頃の子供服は決してやわではなかった。しかし、現代の格安の子供服は一代限りで消耗する。これは服に限ったはなしではなく、家電でも一緒である。いったい、どういうことになっているのか?
 
 すぐゴミになる子供服。
 すぐゴミになる家電。
 どうして、こんな時代になったのか?
 
 消費者に半分は問題があったことも確かである。ブランド物の子供服を買えば、ゴミにならないことは知っている。しかし、ついつい安い方を買ってしまう。家電もしかりである。しかし、これでは環境破壊の手助けをしているようなものである。せめて自分だけは、ゴミにならないようなものを買い、必要なくなったら友人や親戚にまわすなりたいものである。
 

つづく。

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posted by マネージャー at 23:09| Comment(3) | TrackBack(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月29日

子は親の鏡とは言うけれど

 息子が生後14ヶ月になった。

 生後14ヶ月になると、今まで分からなかったことが分かってくる。
 息子の話し言葉や態度が、しだいにハッキリしてくるからだ。
 そして、自分が犯した子育ての失敗も見えてくる。
 明確に見えてくる。
 今日は、その失敗談を書く。

 私は、叱らない躾けに懐疑的だったので、じゃんじゃん叱る。
 おかげで息子は聞き分けの良い子供になったが、
 一つだけ大失敗をしている。
 叱り方で、致命的なミスを犯してしまった。
 そのミスとは、怒鳴ることである。
 叱り方として「怒鳴る」行為は最低であったことに気がついた。

 賢明なる皆さんは、お気づきかもしれないが、
 息子を怒鳴れば、息子も怒鳴るようにぐずり出す。
 私の前では大人しくても、母親の前で怒鳴るようにぐずり出す。
 これに気がついたので、怒鳴るをやめた。
 笑顔で、粛々と注意するようにした。
 効果は、すぐに現れた。

 子は親の鏡とは言うけれど、本当である。
 子供は、親が教育したようにしか成長しない。
 すくなくとも生後14ヶ月までは。

 これは、分かっていた。
 分かっていたから、なんどもこのブログに書いた。
 何度も書いたにもかかわらず、この失敗を犯した。
 へこんだのなんのって・・・・。
 まあ、早いうちに気がついて良かったと、前向きに考えることにする。

 実は、ここまでは前置きである。
 ここから本題に入る。

 息子が生後12ヶ月をこえた頃、ある不思議な光景をみかけるようになった。クマやウサギのぬいぐるみに頬ずりしたり、可愛がるようになったのである。
 最初は、「ぬいぐるみが好きなのかな?」ぐらいに思っていた。
 しかし、生後12ヶ月までは、全くそういう傾向は無かった。ある日、突然に、ぬいぐるみに頬ずりし、ぬいぐるみに語りかけるようになったのである。

「ひょっとして、愛犬コロのモフモフしたのをまいにちみているからかなあ?」
「愛犬コロに語りかけるように、ぬいぐるみに語りかけているのだろうか?」

 などと、勝手に納得していた。
 しかし、どうも違う。
 愛犬コロに対する態度と、ぬいぐるみに対する態度が全く違う。
 息子は、あきらかに、ぬいぐるみに癒されている。
 ここで不思議に思った。

「生後12ヶ月くらいで、赤ちゃんが、ぬいぐるみに癒されるだろうか?」

 そんな話は聞いたことが無い。
 しかし、息子を観察する限り、
 どうみても息子はぬいぐるみに癒されている。
 ぬいぐるみの目を見つめ合って
「ああああああああああああああああああああああああああ」
 と、なま温かい言葉をかけながら抱きかかえている。
 どうみても、癒されているように見える。

「おかしいなあ? 赤ちゃんでもストレスがたまるのかなあ? そんなことないよなあ。どうみても煩悩(=生命力)のかたまりだからなあ」

 こういう疑問をもちつつ、2ヶ月がたち、
 息子は生後14ヶ月になった。
 生後14ヶ月にもなると。息子の言語がはっきりしてくる。
 発音も正しくなるので、何を言ってるか聞き取れるようになる。

 そして、ぬいぐるみを抱きかかえて癒されているかのように見える息子の姿も、どういうことかが、次第に明確となってきた。そして驚いた。

 息子は、母親や御客さんに可愛がられるように、
 ぬいぐるみを可愛がっていたのだ。
 またしても、親の真似をしていたのだ。
 いや、自分をかわいがってくれていた御客さんの真似をしていたのだ。
 ぬいぐるみに対して。

 子は親の鏡とは言うけれど、本当である。
 子供は、親が教育したようにしか成長しない。
 すくなくとも生後14ヶ月までは。

 やさしい子に育てるには、まず親が優しくなってなければ。
 息子をみるたびに、反省すべき点がたくさんでてくる。
 これを奇貨として、精進していくしかない。


つづく。

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posted by マネージャー at 14:22| Comment(0) | TrackBack(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月26日

テレビ番組で料理のアップが写ると手をあわせて「いただきます」をする息子

はやいもので、今日で息子が生後14ヶ月になる。

 どのお子さんでも一緒だと思うが、生後14ヶ月ともなると、非常に知能が高くなる。かしこくなる。具体的に言うと、親の言葉を理解するようになる。食事前になると、手を合わせて「いただきます」を言うし、食後は「ごちそうさまでした」を言う。

 それだけでなくて、テレビ番組で美味しい料理のアップが写ると手をあわせて「いただきます」をする。これだけ聞けば、ははーん、テレビの料理を食べたいのかな? それで手をあわせて「いただきます」をしているのかな?と、『ほほえましい一光景』で終わるエピソードに思えるかもしれないが、そうは問屋がおろさない。

 息子は、フレンチや中華など、本人が全く食べたことも見たことも無い料理に対しても手をあわせて「いただきます」をするからだ。どんなに見たことの無い料理でも手をあわせて「いただきます」をする。つまり、生後14ヶ月の赤ちゃんには、料理という概念が理解できているということである。体験して無くても、初めて見る料理でも、それが

『料理である』

と判別できる能力があるということなのだ。これは、恐るべき知能である。赤ちゃんは、私たち大人が思っているより、かなり高度な能力をもっている証拠でもある。

 ここまでが前置き。
 ここから本題に入る。

 今日は、ママ友ならぬ、孫友が尋ねてきた。
 親しくしている貸別荘オーナーの奥さんである。

 私の世代(52歳)だと、子供は大人になり、そろそろ孫が生まれてくる。なので1歳の孫をもつ友人がいっぱいいる。そういう人たちの集まりは、ママ友ではなくて、孫友という。孫だから直接子育てはしない。たのまれたら面倒をみるくらいである。あくまでも子育ての主役は、息子のお嫁さんだったりする。なので、あまり口出しはできない。そういう立場の人と、私は気が合う。育児に関して気が合う。

「自分が子供を産んだときは、いっぱいいっぱいで、分からなかったんだけれど、この年になって孫を客観的に見るようになったら、まるで違うんだよね。赤ちゃんというのは、本当に賢いんだよね」
「そうですよね。私もそう思います」
「赤ちゃんは、頭が良いんですよ。そのうち親をためしますよ」
「ああ、そうそう。うちの息子も私を試し始めています」
「わざと、困らせて親に怒られる」
「うんうん」
「親の顔色をみて物事の判断をつけるようになるんですよ。これはしてよい。これはダメと。それをね、最近は怒らない親がおおいから・・・・大人になってから大変でしょう」
「そうそう」

 こういう話でもりあがった。実は、このことは最新の発達心理学でよく言われていることなのだ。赤ちゃんの脳は、優秀な科学者の脳と同じであることが、発達心理学で常識となっている。赤ちゃんは、毎日さまざまな実験をしているというのだ。それも主として親を対象にして。メルツォフ博士は

「赤ちゃんは、何が良くて、何が悪いか? それを解明すべく、さまざま実験をしている。特に親を相手に」

と言っている。他の発達心理学の先生たちも、この理論を裏付ける実験結果をだしている。

 しかしね、そんなもの実験しなくても日本では昔から言われていたことですよ。赤ちゃんは、親を試すって。今日、尋ねてきた孫友の人だって自然に見破っていますよ。赤ちゃんは、大人を試すんです。わざとコップを放り投げたりする。それを叱ってあげることで、赤ちゃんに善悪の分別がつく。

 これは、もう、わざわざ研究する余地の無い常識だと思っていたが、そうではないらしい。こういうことも、発達心理学の学者が研究してデーターを残しておかないと「叱らないしつけ」という不思議な理論が世間にはびこってしまう。どうして蔓延るか?という話題になったのだが、若いお母さんは、赤ちゃんの能力を過小評価しずぎるのではないか?という話になった。

 孫友の一人は、「私も若いときは赤ちゃんを過小評価していた。けれど、孫をみていると、ものすごい能力をもっているのに気がついた。客観的に冷静に孫をみると、本当にすごい」と言った。しかし、お嫁さんは、それに気がついているかどうかは分からない。おそらく気がついてないのではないか?

 しかし、それは無理も無いのである。
 若い人は、いっぱいいっぱいなのだ。
 何が何だか分からない中で、無我夢中なのだ。
 ずーっと肩に力が入ったまま子育てしているんだと思う。

 よく「うちの子は成長が遅くて」という話をきくが、実際に赤ちゃんを拝見すると、すごい能力を発揮していることが即座にわかる。お母さんと、同じ発音で何か言語を発しているからだ。

「この子、お母さんの言葉を復唱していますよ」
「え?」

 発達が遅いどころか、うちの息子より早いくらいに見える。しかし、それに気がついてない。こういう例は多いと思う。過小評価しすぎている人は、おおいのではないだろうか? 逆に言うと、過大評価する人も多いかもしれない。赤ちゃんを客観的に観察できる人は、赤ちゃんのあまりの天才ぶりに、
「うちの子は天才なのでは?」
と思っている人もいるかもしれない。しかし、もともと赤ちゃんは、天才科学者のような脳をもっているわけだから、それも一種の幻想でしょうね。けれど「うちの子は天才なのでは?」と思い込むのは、それだけ赤ちゃんをよく観察している証拠でもありますから、きっと良いお母さんになるだろうなあ。


つづく。

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posted by マネージャー at 22:00| Comment(4) | TrackBack(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月24日

息子に仕返ししてやることにした。

 息子が、あと2日で生後14ヶ月になる。

 生後14ヶ月ともなると、もはや赤ちゃんとはいえない。
 親の言葉を正確に理解しているからだ。
 鉛筆などの危険な物を触っているとき、
「危ないから元に戻して」
 と説明すると、きちんと元に戻す。
 
 やってはいけないことも注意すると即座に止める。
 非常に聞き分けが良い。
 駄々もこねないし、ぐずりもしない。
 
 ただし、何をやってはいけないかが分かってない。
 なので、その辺にある物を手当たり次第に投げたり落としたりする。
 
 1000本もある御客さん用のビデオ。
 本棚にある数百冊もの本。
 湯飲み・コップ・珈琲カップ。
 食器棚にあるシュガースティック。
 陳列冷蔵庫にある缶ビールなど。
 
 これらを放り投げたりした。そのつど
「こら! ダメ!」
 と大声で怒鳴ったら2度と悪さをしなくなった。
 たいていの場合は、1回でやめた。
 非常にききわけがよい。
 信じがたいくらいに、親のいうことに素直に反応する。
 
 その原因は、犬を飼っていたことにあると思われる。
 愛犬コロが悪さすると「コラ!」と怒鳴って尻を叩く。
 (もちろん頭は叩かない。尻である)

 息子は、生後2ヶ月の頃から1年間おんぶされながら、それを見ていた。愛犬コロを散歩に連れていくときは、かならず息子を背負っていたからである。だから私が「コラ!」と愛犬コロを叱っているのを息子は、ずっと見ている。なので、息子は「コラ!」の意味は分かっている。そして、「コラ!」と言われたら愛犬コロのような態度をすべきだということも学習している。なので、息子は非常に聞き分けが良くなった。
 
 さて本題に入る。
 
 聞き分けが良い息子ではあるが、大人しいわけでは無い。日々、私に対して実験を繰り返している。いろんなものを破壊したり、無茶苦茶にして親を困らせる。ただしむ「コラ!」と叱ると二度としなくなる。そういう意味では聞き分けはよい。

 コップを放り投げて「コラ!」と叱るとコップは放り投げなくなる。しかし、マグカップは投げてしまう。こっちを試すように投げてみせる。そして「コラ!」と叱ると、マグカップは投げなくなる。しかし、次に湯飲みを投げてくる。

 よーするに、息子は私を試しているのである。
 で、そのつど「コラ!」と叱るのも芸が無いという気がしてきた。
 ちょいと疲れるが、
 息子に仕返ししてやることにした。
 
 まず息子をじっくり観察した。
 何か良いことをするたびに褒めた。
 褒めまくった。
 すると、さかんに褒められようと同じ事を繰り返した。
 ハイハイして運動しているときや太鼓を叩いて遊んだ時も褒めた。
 散らかしたオモチャをかたづけたときも褒めた。
 すると、わざわざオモチャ箱をひっくり返して、オモチャをしまうようになったりした。
 息子は、少しずつ私の罠にはまりつつある。
 ざまーみろである。
 今日は、机から落としてしまったペットボトルをわざわざ拾ってくれた。
 やたらと褒めたら、いろんなところからペットボトルをもってくるようになった。


つづく。

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2014年05月18日

「ハイ」と「ハーイ」は、違う意味

「ハイ」と「ハーイ」は、違う意味

 日本語とは、不思議な言語である。「ひや」と「おひや」では、全く意味が違う。居酒屋でバイトした人なら知っていると思うが、一般的に「ひや」といったら冷や酒のことである。「おひや」なら水のことである。「先生」と「大先生」も違う。「先生」と言えば教師か医者か議員。「大先生」となると、飲み屋で大声をはりあげる親父に対する総称になってしまう。

 前置きは、このくらいにして息子が生後13ヶ月になった。

 生後13ヶ月になると知能が格段と発達する。そのために母親を困惑させてしまう。ぐずりまくって食事をたべなくなるのだ。茶碗やらなにやらを辺り構わず投げ飛ばし、ワンワン泣き叫ぶ。困っている嫁さんに対して助け船をだした。イチゴとかバナナを小さく切って、それをフォークで刺して息子の手に持たせた。すると息子の愚図りがピタリと止まった。楽しそうにフォークでイチゴを口に運ぶ。これを応用して、御飯を大豆くらいの小さなおにぎりにして、いろんなフリカケをまぶし、これをフォークにさして持たせた。すると息子は楽しそうにフォークで御飯を口に運ぶようになった。あれほど愚図っていたのが嘘のようにピタリと止んだ。よーするに生後13ヶ月の息子は、自分でフォークやスプーンを持って食べたかったのだ。

 まあ、そんなことは、どうでもいい。
 これからが本題である。

 息子に「タケル君!」と呼ぶと、息子は「ハーイ!」と手をあげる。これは、2ヶ月前の生後11ヶ月の時に仕込んだ。親が一生懸命に覚えさせたのだ。 しかし、息子が生後13ヶ月になると、親が一生懸命に言葉を覚えさせなくとも、勝手に自分から言葉を覚えていくようになる。それも予期しない覚え方をして親を驚かす。その一つが「ハイ」である。意味は「ハーイ!」とは違っている。

 「ハーイ」は呼ばれたときの返事だが、「ハイ」ものを差し出す時の合図である。

「醤油とって」
「ハイ」

 赤ちゃんは、こんな何気ない日常会話を一番良く聞く。
 なので、こういう言葉を真っ先に覚える。
 そして手を差し出して「ハイ」と言ってみせる。
 もちろん「ハーイ」の意味とは違う。
 言葉は似ているが、全く違う意味なのだ。

 ここで、面白いことがおきた。苦労して教え込んだ「ハーイ」よりも、自分から覚えた「ハイ」の方が、息子は親しみをもっているようなのだ。日常的に使っているからである。

 で、思い当たることがあった。
 なぜ、息子は母親に対してだけ愚図るのか?
 ということである。

 うちの嫁さんは、息子に教育しようとしているから息子は反発するのだ。たとえば、食後に歯を磨かせようと、歯ブラシをもたすが、息子は叫きながら歯ブラシを放り投げる。13ヶ月の赤ちゃんに歯磨き教育なんて無理もほどがあるのに、育児本に書いてあるらしくて、それを実行しようとして大失敗している。

「あのなあ、そんなことしたって無駄!」

 赤ちゃんは、真似をしたがる生物であるということなのだ。だから教育しようとしてはだめ。目の前でやってみせて真似をさせる。息子の前で歯をみがいてみせる。すると、その光景をジーッとみていた息子は、見よう見まねでスプーンを口に入れる。その瞬間をねらって歯ブラシととりかえるのだ。

 この手法で、「いただきます」も「ごちそうさま」も生後11ヶ月でマスターした。しかし、それはあくまでも自主的に覚えたのであって、教育したわけではない。教育しようとしたら絶対に失敗する。必ず愚図るのである。教えなくても赤ちゃんは親の真似をする。

 しかし、生後13ヶ月になると、新しいタイプの真似をするようになった。
 テレビの真似をするのだ。
 教育テレビの『おかあさんと一緒』の体操のお兄さんの真似をして、一緒に踊るようになってきたのである。もちろんキメポーズもする。

 さらに歌も歌うようになってきた。
 まだ、音程は滅茶苦茶であるが、音楽に合わせてうたう。

 音楽も好きなようである。風呂上がりの着替えのときなどは、水前寺清子の歌を歌うと、ピタリと暴れるのをやめる。特に365歩のマーチが好きなようで

「パンツー、パンツー、パンツー、パンツー」

と歌いながらオムツを替えると大喜びである。服を着るときは「いっぽんどっこ」の歌を歌うと、また大喜び。

「おさがり着てても、心の錦
 咲いたチューリップより、綺麗だぜ
 若いときゃ、二度ない、どんとやれ
 男なら、人のやれないことをやれ♪」

 まさか歌詞の意味は判るまいが、なぜか息子は大喜びである。



 そんなことは、どうでもよい。
 生後13ヶ月にもなると、
 もはや赤ちゃんとは言えなくなっている。

「駄目、もとに戻して」

というと、元にもどすようになるからだ。聞きわけがよくなってくる。もうこうなると赤ちゃんというより、子供に近くなってきている。


つづく。

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2014年04月28日

スタッフ土井君の娘さん(生後7ヶ月)がやってきた。

今日は、ほとんど御客さんがいなかったので、
スタッフ土井君の娘さん(生後7ヶ月)が泊まりに来ました。
土井君いわく、『朝青龍に似ている』ということでしたので、
どんな子だろう?と構えていましたが、
このとうりの美女。
おめめが大きい女の子。
うちの息子も目が大きいですが、
アキナちゃんは、それ以上でしたね。
次は、いつ会えるのだろう?

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つづく。

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2014年04月25日

スタッフ土井君が、赤ちゃんを連れてきて泊まりにくることになった。

 スタッフの土井君が、嫁さんと赤ちゃんを連れてきて泊まりにくることになった。

 残念ながら今年のゴールデンウィークは、閑古鳥が鳴いている。こんなことは、オープン以来はじめてである。カレンダーが悪いのか、消費税のせいなのか、ガソリンの高騰のせいなのか、原因はわからない。ただ平日は、それなりに入っているので本当に不思議である。この音なしの構えには落胆した。

 そこでスタッフの土井君が、嫁さんと赤ちゃんを連れてきて泊まりにくることになった。もちろんゴールデンウィークの4月にである。嬉しいことに土井君の娘さんのアキナちゃんに会えることになった。生まれた直後、病院でしか会ってないので、本当に楽しみである。どうせ暇なので、土井家と一緒に森を散歩したい。アキナちゃんは、生後、何度か体調をくずしているので、このさい森林浴で、免疫力をつけてもらいたいと思っている。

 2005年の実験では、2泊3日の森林浴によってNK細胞活性が52.6%向上したことが確認され、同時に抗がんタンパク質の濃度も上昇していることが確認されている。森林の環境が免疫機能の向上に特異性を持つことが実証され、その30日後もNK細胞活性が一定レベルで継続していることが判明したている。

 つまり、2泊3日の森林浴は、1ヶ月も効果が持続することがわかっている。きっとアキナちゃんの体も北軽井沢で健康になるに違いない。

 まあ、そなことは、どうでもいいとして、3日後には土井君の赤ちゃんがやってくる。はやくアキナちゃんに会いたいものだ。


つづく。

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2014年04月24日

観察と受けいれ

息子も、あと2日で生後13ヶ月になる。

 子育てを終えた御客さんの話によれば、そろそろイヤイヤ期がやってくるらしいのだが、私が接しているかぎり、その気配は無い。というかイヤイヤ期なるものを知らなかった。御客さんに教えて貰ってはじめて知ったくらいである

「イヤイヤ期? それなんです」
「とにかく何をするにもぐずるんですよ」
「はあ?」
「そのうち必ずきますから」

 不安になったのでインターネットで調べてみたら書いてあった。一歳になるとイヤイヤ期がではじめ、二歳絶頂期になる。つまり行動範囲が広くなり、危険も増えるので、だめ出しが多くなり、駄目だよ。と言われることでと泣きだす。ということらしい。そういえば、心当たりがあった。私に対してはイヤイヤ期らしきものはないのだが、母親の嫁さんに対してはイヤイヤ期らしきものがみられる。

 例えば、夜寝るときなんかは、なかなか眠ってくれない。母親の体にのっかったりして遊んでいる。無理矢理に寝かせようとすると絶叫するので、1時間くらい嫁さんは息子と格闘している。

 私なら電気を消して放置している。一緒には寝ない。もちろん泣きわめくが3分したら疲れて寝てしまう。そしてはじめて添い寝するのだが、この方法を嫁さんにすすめるのだが、嫁さんは採用しない。

「私のイチャイチャタイムを奪わないで!」

と逆ギレする。私にしてみたら「わざわざ、なんで自ら苦労を背負うのか?」と思うのだが、嫁さんにしてみたら、それは苦労ではなく楽しみであるらしい。全くわけがわからん。なので、なぜ寝る前に1時間くらい嫁さんは息子と格闘しているのかを原因を探るために観察してみた。原因はすぐに分かった。

 睡魔に襲われて寝落ちする寸前の嫁さんの顔に、息子は何度も自分の背中を押しつけて、こすっていた。そのつど嫁さんは無抵抗で「タケちゃん止めて」と哀願している。絶対に息子にやめさせない。全ての息子の暴力をうけいれている。それを見た私は「もう・・・・勘弁してよ」と息子を引き離した。このままでは暴力息子になると思ったので、息子を引き離した。当然のことながら泣きわめくが、次の瞬間、息子はすぐに静かになり、5分後に息子は熟睡してしまった。

 私がやったことは一つ。
 息子の背中を掻いただけである。
 息子は痒い背中を嫁さんの鼻あたりに押しつけて擦っていたのだ。
 まさに間寛平の「かゆいの」だった。
 間寛平のギャグそのままなので、
 冷静になれば誰でも原因はわかったはずだ。
 しかし嫁さんは気がつかなかったようだ。
 というか、むしろそれを楽しんでいた。

 その後、風呂上がりに息子の背中に保湿クリームを塗ることによって、このような原因で息子が嫁さんを困らすことはなくなった。少なくとも1週間くらいは簡単に寝落ちしてくれた。しかし、現在は別の原因で就寝前に格闘しているようである。しかも、その格闘の原因を探って解決すると「私のイチャイチャタイムを奪わないで!」と言われかねないので放置している。

 それにしても母親というものは、一般人と別の論理で生きているらしい。息子がどんなに迷惑をかけても嬉しがるからである。息子にかまってもらっていると感じてしまうらしい。最初は、それではダメだと説教したこともあったのだが今は放置している。息子のイヤイヤ期を簡単に解決しすぎると、嫁さんは「イチャイチャタイムが無くなる」と淋しくなるらしい。

 さて、ここからが本題である。

 私は、息子のイヤイヤの原因をとりのぞく。背中のかゆみも含めて、息子の深い原因をとりのぞくのは、全て私である。嫁さんは、とりのぞかずに、ひたすら息子のイヤイヤ期を受け止める。それも楽しみながら受け止めている。論理的に考えれば、私が圧倒的に息子の役にたっているはずだが、親子三人で川の字になって寝ると、息子は母親の方に向かっていくのである。父親は息子に放置されたままなのだ。何か心の中がモヤモヤするのだが、これも太古から続いた人間の宿命だとおもってあきらめている。母は子供をうけとめ、父は子供を観察し、陰から手助けをしてあげる。そういうものなんだろうな?

つづく。

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2014年04月23日

文法的理解と情緒的理解

息子も、あと3日で、1歳1ヶ月になる。
生後13ヶ月にもなると、知能がぐんと発達した。
まず、親の言葉を正確に理解するようになった。
手に危険なものをつかんでも
「危ないからテーブルに置いて」
と御願いするとおいてくれる。

最初に覚えた言葉は
「おいで」
だった。

 生後7ヶ月くらいから「おいで」というと、嬉しそうにキャッキャと笑いながら一生懸命に這いつくばってやってきた。

 なぜ「おいで」に最初に反応したかは容易に推察できる。
 息子をおぶって愛犬コロを散歩させていたからである。

 人の居ない山の中で愛犬コロの首輪からリードをはずして自由にした。愛犬コロは、喜んで野山をかけずり回った。そして「おいで」というと愛犬コロは走ってやってくる。それを見た息子は大喜びである。私は何度も愛犬コロに「おいで」と呼びかけ、そのつど愛犬コロは走ってやってきた。それを息子は毎日みていた。私の背中におぶさって見ていた。

 当然のことながら「おいで」の言葉の意味も簡単に覚えた。私が息子に「おいで」というと息子は、キャッキャと笑いながら一生懸命に這いつくばってやってきた。ここまではいい。問題は、息子が言葉を話し始めた2ヶ月前。つまり生後11ヶ月くらいの頃である。いつものように私は、「おいで」を言うとと笑いながら這いつくばってやってきたのだが、そのときに何か話ながらやってくるのだ。

「なんだろう? 何を言ってるのだろう?」

と私は耳をすませた。すると息子は

「おいで、おいで・・・・」

と話ながら私のところにやってきているのが分かった。

 「おいで」は、私が息子に発した命令語である。しかし息子は私に対して「おいで、おいで、おいで・・・・」と言いながらやってきている。つまり「おいで」の命令語としての意味をわかってないということである。「おいで」の意味は何となく分かっていても、それが誰が誰に対する命令語なのかはわかってない。つまり、まだ日本語の文法を理解してないということである。

 これは重要な発見だった。

 考えてみれば、生後12ヶ月くらいの赤ちゃんが文法を理解するわけがない。しかし、意味は分かっている。意味は分かっているけれど、文法まで理解するには、あと数年はかかるかもしれない。これは重要である。赤ちゃんが言葉の意味を知っていても、構文として論理的に理解しているわけではないということなのだ。つまり、赤ちゃんにメッセージを伝えるには、論理性よりも、感覚性に訴えないとだめだということである。

 と、言うことは、私が否定的だった「赤ちゃん言葉」で赤ちゃんと対話することもあながち無駄では無く、むしろメッセージを伝える武器としては、かなり強力なのかもしれない。

 実は、私は嫁さんと相談の結果、「赤ちゃん言葉」は使わない育児をしていた。理由は単純で愛犬コロとのコミュニケーションとの整合性をつけるためである。私は毎日、息子を背負って愛犬コロと一緒に山に行っている。愛犬コロとは、大人の言葉でコミュニケーションをとっている。愛犬は、シエルティーなので犬の中で最も頭が良く、人間以上に空気も読む。その愛犬コロとの会話を息子に聞かせるわけなので、「赤ちゃん言葉」は最初から論外だった。愛犬コロはコロであり、ワンワンではない。だから息子が真っ先に覚えた言葉が「コロ」だった。

 ところが息子の語彙が広がっていくと「ワンワン」と言うようになってきた。もちろん息子にとってワンワンとコロは、同じ意味では無い。息子にとって「ワンワン」は愛犬が吠える姿のことをさし、「コロ」は愛犬に指示をおくることをさしている。しかし、教えてもないのに自分から「ワンワン」と言い出したということは、「ワンワン」という赤ちゃん言葉は、赤ちゃんにとって普遍的で通じやすい言語であることの証しであるともいえる。つまり「赤ちゃん言葉」には、それだけの有用性があるともいえる。

 私は「赤ちゃん言葉」を使わずに「おいで」を息子に教えた。しかし息子は「おいで」を文法的には理解せず、経験的情緒的に理解している。息子に「おいで」というと、息子は大喜びでやってくる。私に対して「おいで、おいで、おいで・・・・」と言いながらやってくるのだ。


つづく。

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2014年04月20日

メタボ健診

 メタボ健診なるものに行ってきた。今年は、去年と比較して体重で7s。腹回りで11センチ小さくなっていた。他に、血圧を測ったり、採血をしたり、心電図を計ったりするのだが、夫婦で出かけたために、1歳の息子の置き場にこまってしまった。

 まず嫁さんが呼ばれた。尿の採集である。
 当然のことながら1歳の息子は私がダッコする。
 次に私が呼ばれた。
 息子をダッコしながら受付に行く。
 尿を入れる紙コップを受け取った。

 仕方が無いので、片手で息子をダッコしながら、もう一つの手でズボンのチャックをおろし、おもむろに紙コップを差し出して尿を採集した。息子は好奇心だけは強いので、この動作をじーっと見ている。採集した尿入りの紙コップを渡すと、私より遅れて嫁さんがやってきて、
「タケル君をみててあげる」
「いや、終わってるから」
「え?どうやって?」
「片手でダッコしながら、片手で採取したよ」
「不可能でしょ?」
「いや、可能だよ」
「絶対に不可能だよ」
「可能だって」
「どうやってやったのよ? 絶対に不可能でしょ? 片手で紙コップ持ってチャックをあけたわけ? 無理無理無理」

 笑うしかなかった。
 まわりのご老人たちも笑っていた。
 男なら不可能でないことは誰もが知っている。
 なぜ、女性は分からないのか?

 次は血圧の検査だった。尿の時は、私が息子をダッコしながら作業をしても問題なかったが、血圧の時は、正確な数字が出ないために息子を職員さんに預けることになった。息子は、つい最近まで人見知りしていたので、どうかな?と思ったが、全く泣かなかった。というか、誰にでも愛嬌をふりまいた。おかげで人気者である。

 都合がいいことに、すこし喋れるようになっていたので、時々「はーい」と手を挙げた。これは、名前をよぶと手をあげて答える練習をしていたのが、皆さんの前でたのだと思うのだが、「ハイ」という返事が英語の「hi(ハーイ)」に変換されて相手に伝わったようである。そのために会う人会う人に可愛がられている。どうも愛嬌をふりまく天才のようである。無愛想な私とは真逆の才能をもっているらしい。
 
 この後、採血や診察など、さまざまな検査を行ったが、いろんな人たちが息子をかまってくれた。ありがたいことである。もちろん誰にでも愛嬌をふりまく息子にも感謝である。

 本題にはいる。

 1歳になり6ヶ月にわたる人見知り期間が終わったとたん、息子は愛嬌をふりまく天才になった。まるで別人のようである。なぜだろう?と不思議に思っていたが、スーパーで買い物をしていたときに、その原因がわかった。

 うちの息子の成長は遅い。いまだにろくに歯が生えてない。そのために上手に発音ができない。しかし、知能だけは人並みに発達しているので、いろんな仕草ができる。御飯を食べ終わると、自分から「ごちそうさまでした」と言って手をあわせる。たまに「いただきます」
もいう。そのつど、親は笑顔で褒めまくるので、褒めて欲しいときは何度も自分から「ごちそうさまでした」と言って手をあわせる。かまって欲しいときは、自分から「ごちそうさまでした」と言って手をあわせる。

 誤解の無いように言っておくが、生後12ヶ月くらいなら、たいていの赤ちゃんは、「ごちそうさまでした」くらいは言ってのける。だから決して珍しいことではない。しかし、うちの息子は成長が遅い。歯もなければ、髪の毛も薄い。そのために典型的な赤ちゃん顔である。そのために多くの人たちから
「キューピーちゃんみたいだね」
と言われる。

 よーするに童顔なのだ。
 生後12ヶ月なのに、
 生後8ヶ月くらいのあどけなさをもっているのだ。

 その童顔な息子が、スーパーの中で、両手をあげて「ハーイ」と言うと、まわりの御客さんが
「あの子、私にハーイって言ったよ。英語で挨拶したよ」
と誤解して喜んでいる。その光景を何度も目撃した。

 最初は、それで終わっていたのだが、そのうち息子は無差別にいろんな人たちに「ハーイ」をやるようになった。すると、いろんな人たちが喜ぶ。かなり童顔なのに、他人に笑顔で語りかけるので、相手も喜ぶ。逆に、その反応を見て息子も喜ぶようになる。息子にとっては、かっこうの暇つぶしになっているのである。

 正直言って、こういう暇つぶしは助かる。その間に買い物に集中できるからだ。でないと陳列ケースにある商品をじられたりして、買い物に集中できない。陳列ケースの商品よりも、人間に興味をもってもらった方がありがたい。

 これも全て息子の成長が遅いせいだと思う。成長が遅くて童顔で実際よりも若く見られるわりに、人見知りせずに態度が大人びているので可愛らしさが際立ってみえるのだ。これは、他の赤ちゃんたちと比較すると一目瞭然である。

 ここで今回の話題の核心について述べたい。

 仮説その1
 赤ちゃんの成長の早さ・遅さによって、まわりの大人の態度がかわってくるのではないか?という仮説である。

 仮説その2
 仮に「仮説その1」が正しいとして、そのために赤ちゃんのその後の人生もかわってくるのではないか?という仮説である。

 息子を例にとると、成長が遅いために、可愛がられることもおおく、まわりの大人も引き寄せてしまう。その結果、はやく人見知りを克服してしまうのではないか? または、その他の赤ちゃんより笑顔が多くなるのでは無いか?という仮説である。もしそういう理屈がなりたつならば、赤ちゃん自身が、まわりの環境を変える。その環境によって赤ちゃんのキャラは、大きく変化もするということになるが、どうだろうか?

つづく。

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posted by マネージャー at 22:47| Comment(4) | TrackBack(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月18日

安物は、環境に悪い

 自営業をやると縁が無いのが、出張と御歳暮・御中元である。ずーっと縁が無いと思っていた。ところが最近、日本ユースホステル協会で会議をしたりするので出張なるものを度々することになった。そして、息子が生まれると、大量の御歳暮・御中元をだすはめになった。

 実は、高齢で子供ができたので、特典があった。多くの人たちからベビー用品のお下がりをいただけたことである。お祝いもたくさんいただいた。なので、何十人。それこそ百人近くからお祝いとベビー用品のお下がりをいただいた。もちろんいただきぱなしというわけでは拙いので、大量の御歳暮・御中元なんかをおくることになる。今まで、こんなに贈ったことはない。

 前置きは、ここまで。
 ここからが本題である。
 ベビー用品のお下がりについてである。

 実は、大勢の人から頂いたベビー用品のお下がりが、すごく丈夫で、頑丈なのだ。最初は気がつかなかった。なぜならば、自分で買ってなかったからである。もらい物で、なんとかなったので、気がつきようが無かった。しかし、息子を背負って買い物をしている最中に、息子がウンチをもらすことがある。で、運悪く着替えをもってなかったりすると、そのまま車を走らせて、西松屋あたりにかけこんで、新品の着替えの服を買って着替えさせる。西松屋などの赤ちゃん専門店には、授乳室があるので、そこで着替えられる。こうして、自分が買ったベビー服が増えていくのだ。

 すると衝撃的なことに気づく。
 自分が買った御ニューのベビー服は、すぐダメになる。
 しかし、もらったお下がりは、洗濯しても何ともない。

 で、調べてみたらベビー用品のお下がりは、ブランドものだった。私が買うベビー服は千円以下の安物。つまり、ベビー用品のお下がりは、祖父母かなにかのプレゼント品かなにかで、値段の張るものだったということである。

 普通、子供服に金をかけて買う親はいないだろう。子供はすぐに大きくなって着られなくなるからである。でなくとも、ウンチまみれにして黄ばみをっけてしまうかもしれない。それで漂白剤をつかったら服がすぐに傷んでしまう。第一、一日に何度も着替えることになるかもしれないので、数が必要である。そうそう高い物など買ってられない。

 しかし、孫にプレゼントする祖父母は、そうでないかもしれない。良い物を選ぶかもしれない。で、その良い物は、いつまでも痛まないで残ってしまうのだ。安物は、一代かぎりでぼろぼろになってしまう。当然のことながら、良い物だけがお下がりとして他人の手にわたっていく。下手したら、二代目・三代目・四代目というふうに、どんどん下がっていく。

 実は、「私も貰ったものなのだけれど・・・」とお下がりをくれた人がいた。最低でも三代目のお下がりであることは、はっきりしているのだけれど、これが新品同様に丈夫なのだ。それに対して、私が買った千円以下のベビー服は、5回くらい洗濯したら毛玉ができてきた。どう考えても一代限りである。これをお下がりとして、他人にあげる勇気は無い。うちの息子が着れなくなったらゴミになってしまうだろう。しかし、もらったお下がりのベビー服は、まだ他の赤ちゃんにあげられるなあと思ってしまう。つまり安物は、環境に悪いと言うことだ。

 これは、ベビー服以外のあらゆるケースにもあてはまるのではないかと思ってしまう。


つづく。

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2014年04月12日

大往生

また、一つ星が流れた。
私の伯父で92歳の大往生だった。
最近、こういう事が多い。
相変わらず私の息子は、生命力をもっている。
1歳2週間の生命力は眩しいくらいだ。

話は変わるが、うちの息子は、自他共に母親(嫁さん)似である。
どうみても嫁さんにそっくりだ。
私には似てない。

しかし、わずかに父親(つまり私のことです)に似ていると言う人が居る。
それが私の親である。
どういうわけか、息子のタケルが、父親の私に似ていると言っている。
おそらく現在の私の顔との比較では無く
幼児期の頃の私の顔との比較をしているのだろう。

私の子供の頃の写真と比較した画像をメールで送ってきた。
はたして、似ているのだろうか?

fcd2ad02.jpg

どっちが、どっちなのかは、伏せておきます。


つづく。

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posted by マネージャー at 20:57| Comment(4) | TrackBack(0) | グンマーで嫁が出産と育児 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする