上原一浩の病気は腎不全。
二日に一回は、透析をうけなければ死んでしまいます。
現に彼のお兄さんは幼くして死んでいます。
その彼が、三百名山の全山登山を完了しました。これは凄いことです。三百名山の中には、ふつうなら一週間かけないと登れない山があるんです。けれど彼は二日に一回は、透析をうけなければならない。ちなみに透析を受けられる病院は、都市部にしかありません。
例えば、北海道の北の果ての利尻山に登った場合、旭川まで行かなければ、透析は受けられません。つまり、何時間も船に乗って稚内に移動し、そこから車で三百キロ近くも走らなければならない。時間にして五時間ですよ。船の便も含めて往復十二時間の移動になるんです。それだけかけないと利尻に登れない。
利尻ならまだいい。日高のカムイエクウチカウシ山になると、途中、長い沢を渡渉しなければなりません。しかも、その沢は、すぐに増水するんです。もし帰りに増水したら上原一浩は透析を受けられない。死ぬしかないんです。
しかもアプローチが半端なく長い。
ふつうなら山中二泊の三日間の行程の山なんです。
二十四時間のタイムリミットのある上原一浩には無謀すぎます。
死にに行くような山です。
よく登ったと思いますよ。
北アルプスだって、健常者には何でも無い山でも、透析が必要な上原一浩にとっては地獄の一丁目。普通なら山小屋をベースに、簡単に縦走できる山々だって、上原一浩にはできないんです。彼は山小屋に泊まれない。次の日には病院に行かなければならな い。そして、その病院は、かなり都会に行かないといけない。山から離れたところにしかない。三百名山なんて、よくやったものだと思います。
そして三百名山の最後に残った浅間隠山。
参加者は、大人9名・子供6名。
最年少は、生後8ヶ月。
四歳・三歳・二歳が一人づつです。
ちなみに土井君は、お腹に赤ちゃん、背中に2歳児。
合計20キロを背負っていました。
朝10時に出発。幼児づれのために頂上に到着したのは12時44分。かなり遅い到着ですが、足を引っ張ったのは、うちの息子です。今まで、公表してなかったんですが、うちの息子は、昔から、おんぶも、だっこも、かたぐるまも絶対に受け付けません。特に、最近は、その傾向が強くて自分で歩きたがります。
親が手を貸そうものなら烈火のごとく怒り出して手がつけられません。手をつないで引き上げたりしようものなら激怒して泣き出します。それが不安で前夜祭の時に、みんなに話していたんですが、それがどんなに親を困らせることか、イマイチ、みんなにはピンとこなくて、
「自分で歩きたがるなんて偉くていいよ」
なんて言いますが、すなおにオンブに応じてくれる子供の方が、絶対に楽なんですが、これがなかなか伝わらなくてもどかしかったです。
で、当日、私の不安は的中しました。オンブとは言わない。せめて、手をつないで引っ張り上げることだけでも許してくれればありがたいんですが、それさえも激怒するんです。浅間山のようななだらかな登山道なら問題ないんですが、隠浅間山のような幼児には絶対に登れないような崖があると、酷く時間がかかってしまうんです。
私たち親子だけなら問題ないのですが、今回は団体登山だったので、かなり遅れてしまい、他の皆さんには本当に御迷惑をかけてしまいました。なんどか殴って、かたぐるましようとしたけれど暴れ回ってだめ。せめて手をつないで引き上げようとしたんですが、それさえ拒否。激怒して泣き出します。絶対に一人で歩くと行って聞かない。
頑固すぎる。
頑固すぎて手に負えない。
というか、うちの息子は団体行動が上手ではないです。
山ばかり連れて行ってしまい、子供園(保育園)を休ませすぎたかもしれません。
ちょっと反省しています。
今後は、できるだけ保育園に通わせ、山は午後からだけにします。
それはともかく、この日は、天気予報が外れて、最高の天気となりました。
まるで上原一浩の三百名山を祝うかのような快晴。
展望も最高でしたね。
本当によかったです。
私も胸をなでおろしました。
あと子供たちも山頂で楽しそうでした。
つづく。
↓ブログ更新を読みたい方は投票を
人気blogランキング